第6話
『……町で起きた大学院生殺人事件では、容疑者の女性がいつも世間話に学歴自慢や茶化した下品な話題を出すのが限界だったと言われており――』
「それで? お前は何をした、玄霞」
兄さんの言葉に私はにっこり笑って、『何も』と答えた。
「隣のお兄さんに勉強教えてもらいに行ったり、お茶会に邪魔しに行ったり、ごく普通の近所付き合いをしていただけだよ、私は。私は何もしていない。精々清楚なお嬢さんの振りをしていたぐらいだよ」
「もー、玄霞ちゃんはいっつもそうやって誤魔化すー。僕と一緒なら、君の『細菌』の増殖だって止められるのにー」
「うるさい黙れやかましい、あんたと一緒に居ると煩わしいのよ。あれこれ話し掛けて来て。その点隣のお兄さんは普段からPC弄ってばっかりだったから楽だったわ。勉強も大分進んだし」
「僕にも教えてー」
「あんた足し算も出来ないでしょ」
「あうー。環境の問題だよー」
「それなら私だって環境の問題だわ」
ぷーっと頬を膨らます靂巳に、私はツンとそっぽを向く。
「それで? どうしてお前は、隣の人間を訪ねた?」
くっく、笑いながら兄さんは自分のカップに入れられたコーヒーを飲む。まだ熱かったのかすぐに離した。可愛い、と言ったら怒られるかもしれないけれど、私の兄さんは世界で一番強くて可愛くて格好良い。
「窓から死体の口を切ってるのが見えてね。人殺しなら良いかと思って、犠牲になって貰った。あのおばさんも私達の事を詮索するのが鬱陶しいから、一緒に片付けちゃおうって。精々清純なふりして来たから、肩が凝って大変だったよ」
「でも玄霞ちゃん僕が狙われた時は助けてくれたもんねー。やっぱり愛!? 愛の力!?」
「馬鹿じゃないの。あんたの死体調べられたら厄介だから仕方なく助けたに決まってるじゃない。大体そうしなくても、あんたは死なないでしょ。それがあんたの、ありえない幸運を作り出す『力』なんだから。二人揃って転んだ時には笑いをこらえるので大変だったわよ」
「ぶー……玄霞ちゃん冷たい。霧玄くーん、お姉ちゃんがいじめるよー」
「……そう言えばお前、そろそろ四歳か」
「細胞分裂でこの歳格好だからね、そろそろかも」
「何か用意しなくてはな。玄霞、お前も横着せずに何か選んでやれよ。もっとも俺達は一緒に出歩かなくては意味がないから、サプライズ性はないが」
「今どきはネットで買えるよ、兄さん。着払いだけど。兄さんクレジットカード持ってないし」
「仕方あるまい、こんな生まれだ」
「だけどね。クマの着ぐるみパジャマとかで良いんじゃない? 無駄に喜び」
「わー何それ、そんなのあるの!? 欲しい欲しい、でもちゃんとトイレ間に合うか不安!」
「…………」
「喜んでいるようだな、玄霞」
「不愉快だわ……」
隣の家はごった返したマスコミで囲まれている。まあ、ほとぼりが冷めるまでの食糧はあるから、巣ごもりは出来るだろう。うちにも記者やテレビが時折来るけれど、私の『細菌』や兄さんの『ツバサ』と言った物騒な能力は靂巳の『白蛇』で無効化される。殺意を増殖させる『細菌』。ありえない悲劇を起こす『ツバサ』。ありえない奇跡をもたらす『白蛇』。すべてが児増局前身黒白鳥機関で研究されていたものだ。
今は総理大臣が突然SPに殺されて混乱している時期だから、こっちの事件はすぐに忘れら去られるだろう。何故SPは総理への不満を我慢しきれなかったのか。それは私が毎日その傍にいたからだ。殺意の増殖。細菌感染のように、増悪していくそれ。
しばらくはこの町にいる予定だけれど、靂巳がいつも私の傍にいれば今回のような事件は防がれてしまうのだろう。それはちょっと面白くないな、と、私はコーヒーに口を付けた。
まだ熱いから口を離す。
さて、今度兄さんが出張の時は、どんな事件を起こそうかな。
黒白鳥の愉快な遊び ぜろ @illness24
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