101通目の手紙
巴雪緒
101通目の手紙
「さてと、準備するか」
再来月、上京することにした。
進学や就職といった理由ではないが、そろそろ実家を出るべきだと思ったからだ。家を出ることに対して両親は揃って賛成しており、有難いことに引っ越し費用も負担すると言ってくれた。早速本棚からお気に入りの小説本を取り出すと、次々に段ボールの中へと収めていった。少し前に下見に行った物件には、家具や電化製品はあらかじめ備え付けられていたため、荷物はそこまで多くはならない予定だ。
折角なのでこれを機に断捨離を行おうと思い、学生時代の教科書置き場に手を伸ばした。すると教科書やノートがなだれ落ちてきたため、慌てて拾うと、ノートの切れ端で作られた手紙が2通ほど挟み込まれていることに気がついた。中断して読んでみると授業が退屈だの、昼飯は何を食べるだのとやりとりが書かれていた。誰がこんなことをしていたかは、言われなくてもわかっていた。
それは高校時代の自分自身と隣の席の少女、白咲梨花(しらさきりか)である。
いつも屈託の無い笑みを浮かべており、ロングヘアの毛先を指先にくくり付けては遊んでいるような人物だった。高校を卒業してもう三ヶ月になるが、互いに連絡先を交換していなかったため、今頃どうしているのかはわからない。
少し気になったため、クラスメイトや友人に聞いてみようと思いSNSを開いた。
『久しぶり、突然だけど白咲の連絡先ってわかるか?』
この文をコピー&ペーストすると、何人にも送りつけた。
『知らない』
『悪いけど、他をあたって』
返信が早いのはとても助かるが、その分通知音が連続で流れてくるため、あれよあれよと画面はSNSの通知でいっぱいとなった。
しかしどのメッセージを読んでも返ってくるものは皆同じ内容であるため、一度マナーモードに設定し作業を再開することにした。
しかし作業を続ければ続けるほど、至るところから手紙が出てくるばかりだった。まとめるために作った箱は底が見えなくなっていた。
「いったい何通入っているんだ?」
1枚1枚を取り出して数えていくと、99通入っていることがわかった。思い返してみれば彼女はサプライズや人を喜ばせることが好きだと言っていた為、もしかしたらまだ何通か見つかるのではないかと思った。しかし隅から隅へと探してみても、今度は中々見つからない。
ふと時間を確認しようと携帯を見ると、予想通り通知は溜まりに溜まって件数が大変なことになっていた。
『どうして、卒業前に聞いておかなかったの?』
『もしかしてお前、白咲のことが好きなのか?』
送られてきた文を読んで、今となってははっきりとわかる。
自分自身が白咲梨花に淡い恋心を抱いていたことを
放課後や休日に遊びに出かけることも無ければ、お互いに連絡先を交換することも無い。ただ席が後ろであっただけで、授業中に手紙をまわすだけの仲。
本当はもっと先の関係を望んだ時期もあったが、気まずくなって関係が崩れることは避けたかった。だからこそ、どうしても口に出すことは出来なかったのだ。
「馬鹿だな……連絡先を聞くことなんて、そんな大層なことでもないはずなのに」
ふと彼女の顔が目に浮かんだ。記憶の中の彼女はいつも笑っているが、今はどうかわからない。会ったところで話題に困ってしまうが、それでも可能なのであれば会いたいと思ってしまった。
そこで手紙に何かヒントが隠されているのではないかと考え、1通ずつ端から端へとじっくり読見返していくことにした。ノートの切れ端と言っても99通という数は思っていたよりも多く、読むのには時間がかかってしまい、気づけば夜になっていた。
作業を始めた時はまだ昼間だったが手紙に夢中となってしまい、部屋は片付くどころか更に散らかっていた。彼女の行方、部屋の散乱状況が気になって仕方がないが、ひとまず寝床へつくことにした。
しかし中々寝付くことが出来ず、携帯を手に取り液晶を見つめた。だが皆はもう眠っているからなのか連絡は来ることはなく、気が付けば眠っており朝を迎えていた。
通知音が鳴ると同時に目が覚めた。
眠気眼で画面を見ると友人の一人から、高校時代のクラスチャットに招待されていた。開いてみると個別にメッセージも届いていた。
『もしかしたら知っている奴がいるかもしれないし、お前も入っておけよ』
『ありがとう、助かる』
友人に返信するとチャットグループに参加し、昨日送れていなかったメンバー全員を友達欄へと追加した。それから同じ段取りで個人へとメッセージを送り、待っている間はまた作業を再開させた。
「ふう……これで半分は片付いたかな」
見渡すと昨日まで散らかっていた面影はなく、人が呼べるくらいには片付けることができた。古紙回収の袋やごみ袋を廊下へと持っていこうとすると、本棚の端っこに忘れ去られていた卒業アルバムが目に入った。
一度袋を床に置くと、携帯を片手にアルバムを取り出し見ていくことにした。卒業してから一回も開くことがなかったため、表紙が思っていたよりも重く感じた。すると、そこにも手紙が1通だけ挟み込まれており、開くと可愛らしい字で『卒業おめでとう!』とだけ書かれていた。
「いつの間に……」
他にも何かあるのではないかとページをペラペラとめくったが、あとがきになければ寄せ書きにもなかった。頼みの綱としていた携帯も見てみたが、内容は皆同じであった。
落胆しアルバムをケースにしまおうとすると、中々入ってくれなかった。何かが挟まっているのでないかと思い、ケースを逆さにしてみるとそれは一冊のノートであった。
曲がっているのを整えて開けてみると、そこには彼女の言葉が綴られていた。クセは強いが、丸っこく可愛らしい見慣れた彼女の字が懐かしく、愛おしく感じた。
『101通目のこの手紙が私の想いです』
読み進めていくと、最初に出会った時のことや授業中に手紙を交換していた時の彼女の心境が書かれており、同時に思い出が脳裏に蘇ってきた。
次のページをめくると押し花の栞が挟まれており『あなたが好きです』と書かれていた。
驚きと同時に嬉しさと、悔しさが込み上げてきた。
「……両片想いだったのか」
その次のページをめくると、彼女はミュージシャンになるために上京すると書いてあった。
ひと呼吸をおいて、決意する。
「彼女に会いに行こう」
引っ越しを半月ほど早め、無事に上京した。
移動中のバスの中では、ライブハウスのことや出演者情報について調べていた。流石に数が多すぎるため骨が折れそうだ。
未だに彼女が好きでいてくれているかもわからなければ、もう既に恋人がいるかもしれない。
他人からすれば、気持ち悪いだのストーカーだの言いたいことは沢山あると思うが、そんなもの今となってはどうだって良かった。
彼女に会うことが出来るのであればそれで良いからだ。
引っ越し業者が帰った後、ご近所への挨拶回りへ行こうと手土産を片方にインターホンを鳴らしていく。
ふと表札を見ると『白咲』と書かれており、一瞬動揺したが別人だと考え、落ち着きを取り戻した。
足音と共にドアが開いた瞬間、お互いに目を見開いた。
何故ならば相手が彼女、白咲梨花だったからだ。ロングヘアはバッサリと切られ、ショートカットとなっていたが、彼女の面影は確かに残っていた。驚きのあまりそのまま固まっていると、彼女は笑みを浮かべており、そんな彼女を見て、緊張がほぐれ自然と笑顔となった。
お互いに笑いあった後、同時に言葉が出た。
「「久しぶり!!」」
101通目の手紙 巴雪緒 @Tomoe_Yukio
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