懐古の繭
@koko_natuiro
邂逅
その夏は暑かった。
自分の住んでいた地域では記録的な猛暑が続き、
昨年から頻発した災害の影響も併せて大勢の死人が出た。
街を包む活気も以前の面影もなく、
どこか暗く、澱んだ顔をした人ばかりであった。
そうしてそれは、自分だけは例外とはいかないらしく、
11歳の春、棲家だった瓦礫だけを残して、僕は天涯孤独になった。
まだ幼かった自分には、家族を失った喪失感というのは、ただただ受け止めきれず、
どこか他人事のような、縁起の悪い夢を見ているような感覚さえあった気がする。
それほどまでに、日々の光景や日常が豹変したのであった。
その日は特に暑かった。
住む場所も家族もいない自分には、その日の暑さは大変に堪え、ただ彷徨っていた。
行き先は公園。そこは自分にとっては思い出深い、特別な場所であり、
災害後でも依然と変わらない様相を保った唯一の居場所であった。
子供ながらに、そこにいけばどこへ行ったかとと心配した家族が迎えにきてくれる。
今目の前に広がる現実が、全部全部悪い夢で、誰が作った酷い駄劇なのだと。
そういったありもしない期待と妄想を込めて、足を運んでいたのだと思う。
思えば出会いはその日だった。
8年前のその日、
いつもの変わらない公園の、
いつもと変わらない光景の中、
あなたに出会った。
積雲のような白練色の髪の毛と
透き通るような純白の肌
季節に合わないセーターとジャケットを着て
葉巻の紫煙を燻らせながら
どこか憂いを帯びた、切ない表情をしたまま
その、夏空のような
深い、深い紺碧の瞳で
僕を見つめてきた
目が合った瞬間、先ほどの哀愁を漂わせるような顔が嘘だったかのように、
にぱっと笑って、肌を撫でるような優しい声で話しかけてきた。
「・・・ごめんね、煙くない…?」
そう言った後、落ち着いた声のまま、さらに続けて
「少し…人肌が恋しくてね、火、消すから…少し…そばにきてくれる…?」
と目を合わせたまま、爪で葉巻の火口を切り落としながら、そう笑いかけた。
葉巻の残り香が漂う
鼻を摘みたくなるような甘ったるい匂いの中で
自分は何も言い返せず、立ち竦んでいた
・・・今思い返せば笑える話だ
どれだけ心を閉ざそうと、どれだけ現実に絶望しようとも
自分の心は、側から見れば滑稽なほど正直で、
ただ見惚れていた。
それから少し話しをした。
お姉さんは普段は目的もなく、世界中を放浪しているらしく、
大規模な災害が起きた地域の復興のお手伝いをするのが趣味なのだと。
この地域に来たのも、それが理由だと語った。
その後も、いくつかの話をしてたと思う。
僕のこと、この地域のこと、・・・家族の事。
それを話したこと以外、何も覚えていなかった。
ただボーっと、半ば狂ったように、ずっと、お姉さんのことを
目に焼き付けるかのように見ていた。
自分の鬱屈とした日々が壊される。
そんな予感がした。
そこから記憶が途切れ、
次に目を覚ましたのは、知らない人の家であった。
どうやら熱中症で倒れたらしく、
お姉さんが、地域の家中を駆け回って、看病してほしいと頼んで回ったと、
その家に住む父母に聞かされた。
何度いらないと言っても、看病代として大金を押し付けてきたと、
大笑いしながら付け加えて。
会ったばかりの見ず知らずの子供を…である。
服にはまだ、微かに葉巻の煙臭さが残っていた。
その時からきっと始まった、始まってしまったのだろう。
一生涯こびりついて離れない
呪いのような
初恋が。
懐古の繭 @koko_natuiro
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