02 禁忌

 俺はビルの壁に背をつけたまましゃがんだ。足が痺れてきたのは、物理的にも、そして今電話越しに半田が話している話から感じる、冷たい不気味さのせいかもしれない。


 半田は早口でこう話した。


***


 じーさんの家は村の中でも1番でっかくってさ。玄関から門まで結構あるんだ。考えてみたらあのじーさんの家めちゃくちゃ豪華なんだよな。絶対、半日で2万円なんてバイト代ウソだろ。あのじーさん絶対もっと儲けてんだよ。


 俺、勝手口から外に出たんだ。昼間の間になんとなく道は分かってたからな。リュックに採掘のための道具とペットボトルの水だけ持ってさ。

 懐中電灯なんかつけなかったよ。だってバレるかもしれないじゃん。

 だから村の道に出て、村から離れて北側の山に行くまで月明かりだけで歩いた。ま、とはいえ村の中は誰も歩いてなんか無かったけどな。もちろんクルマなんか1台も通ってないし。ホントの田舎の夜ってガチの真っ暗になるんだな。


 で、北の山について、お粗末な階段を登って洞窟までついた。すっげー静かだったよ。ああ、虫の音だけめちゃくちゃうるさかったな。

 なんていうのかな、人工的な音が何も無いって奴。当たり前だよな。最寄り駅からバスで40分とかなんだもんな。


 で、俺はそこで初めて懐中電灯をつけて、洞窟の中に入っていった。

 洞窟の中は昼間より綺麗だったよ。懐中電灯で照らすとあの宝石の鉱脈がよく見えるんだな。


 洞窟の中はうねうねしてたけど、10分ぐらい歩いたらあの入っちゃいけない場所にいけたよ。

 だから俺、入ったんだ。

 その先はまだまだ続いてた。ちょっと道は狭かったな。でも、誰かが掘った跡はあった。つまり、自然のままの洞窟じゃない。誰かが手をつけた道だったよ。

 湿気がすごかった。匂いも、なんかひどかったな。あんまり普段嗅いだことない匂いだった。カビとかじゃなくって、もっと生臭い何かだった。

 なんだろな、みたいな匂いだったよ。


 何分歩いただろうな。あんまり覚えてねぇよ。


 でも、ずっと歩いて行った先にさ。

 本当に沢山の原石の塊があったんだ。鉱脈がどう、とかじゃない。馬鹿でかい原石がそのまま埋まってんの。

 ああこれだ、って俺思ったよ。

 俺みたいなでかい男が両手広げても抱きしめられないぐらいの原石。これをさ、見つけたんだな。

 そうやって懐中電灯で周りを照らして、俺びっくりして声出ちまったな。

 原石が一つじゃなかったんだよ。

 あっちにも、こっちにも。地面にも、壁にも。でっけぇ原石が埋まってた。

 昼間の簡単なバイトってのは、あれ完全にじーさんに騙されたなって思った。だってあんな欠片ちまちま掘ってたんじゃ、確かに知れた時給だよ。やってらんねぇ。

 でも、これだけあるなら。一体どれだけのカネになるんだろう。

 そう思って俺は、洞窟の奥に進んでいった。だって、手前にある奴なんてまだまだ小さいだろうからさ。もっと奥、もっと奥に行ったらきっともっとでけぇのがあるんだよ。

 それをさ、持って帰ってさ。で、じーさんなんかに見せやしねーよ。じーさんに見せたらそもそも俺が入っちゃいけない場所に入ったのバレるし、あいつ絶対中抜きしてるからな。そういうの騙されねーよ、俺。だから、原石そのものを家に持ち帰ろうと思った。

 そういうところが俺、他と違うだろ?

 この洞窟で一番でっけぇのをどーにかして家に持って帰ってさ。もっと高く売れる業者を俺が自分で見つけてやろうって思ってさ。


 気がついたら、湿気もあの燻製肉の匂いもものすごかった。

 だから俺、顔あげたんだ。


 洞窟の奥に、木が生えてた。


 不思議だよな。かなり歩いてきたのにな。もちろん狭い洞窟の中だ。3,4メートルぐらいの小部屋だし、日光なんて絶対に入らない。

 なのに、大きな木が生えてた。そこに、緑色のつやつやした果物がぶら下がってた。

 水が滴り落ちてたんだ。

 ぴちょん、って地面に落ちた。


 俺その瞬間、すっげー喉渇いてたって思い出したんだよ。だって、歩くのに夢中で何も飲んでなかったからさ。


 だから俺、その果物をとったんだよ。リンゴ、みたいな大きさだった。ずっしりしてて、でもすっげーみずみずしくて。

 とにかくそれが食べたかった。

 食べたくて食べたくて、おかしくなりそうだった。それを食べないと死ぬんじゃないかって思った。

 ゲホッゴホッ。


 で、俺食べたよ。その果実。ぶちゅってカンジだったな。すっげー甘かった。冷たかったし、ちょっと酸っぱかった。めちゃくちゃうまかった。果汁が水みたいで、飲むみたいに食ったよ。


 気がついたら、4個食ってた。


 だって目の前にぶらさがってるからさ。俺、手が止まらなかった。5個目食べたところで、我に返ったんだよ。


 人の声がするって思って。


 懐中電灯の明かりが俺を照らした。じーさんと、村の他の奴らが俺のことを照らしたんだ。俺、なんか言い訳しようとしたよ。

 うっかりしてた、とか。

 悪気は無かった、とか。

 でもじーさんは何も言わなかった。何も言わずに、俺のこと突き飛ばしたんだ。ひでぇよな。何すんだよって言う前に俺、縄で縛られたんだよ。

 で、担架みたいなものに乗せられて、運ばれた。捕まえた動物かよって思って。俺が何言ってもあいつら聞く耳もたねぇんだ。


 縄で縛られたまま、俺はじーさんの家に運ばれた。なんか離れみたいなところにとじこめられたんだよ。見張りとかいるの。


 マジでひでぇ。犯罪者扱いかよって。

 でも俺、なんとか逃げ出したんだ。尻ポケットにサバイバルナイフ入ってたんだよ。それで縄切って、裏口のめちゃくちゃ狭い窓からなんとか出たんだ。


***


 「それで今、じーさんの家においてあった俺の荷物の中から、どーにかスマホだけ見つけて山の中逃げてる。とはいえ最寄り駅までバスで40分とかだぜ。しかも地図に詳しい場所載ってないような村だしさ。せめてちょっと近くまでクルマで迎えに来てほしいんだよ」

長いハナシだった。俺は聞き終えて、はーとため息をついた。

「いやもうさ、完全に犯罪じゃん」

「ばーか、誤解だって。ぐッ、げほっ……俺何も悪いことしてねぇよ」

「そ、そうかなあ」

「俺のハナシも聞かずに、勝手に人を縄でグルグル巻きにする方がやべーやつだろ? なあ、とにかく……ごほッ、がっ……悪い。んでさ、とにかくクルマで迎えに来てほしいんだよ。バスは村から出る唯一の手段だし俺の乗ってきたクルマも絶対じーさんたちに見張られてるから、こっそり来てほしいんだよ。レンタカーでもなんでもいいからさ……ごほっ」

「こっそり、って」

「橘は何度もバスで来てるはずだから、とにかくあいつを助手席に積んでくれたらなんとかなるだろ。あんな奴でも道は分かるだろうし」

「え、っていうかさ。そもそもなんで俺に電話なの? 橘にかけなよ。あいつも車は無いけど免許持ってなかった?」

「いやなんか橘あいつさ、全然電話通じないんだよ。どうせ寝坊だろ。あいつ朝めちゃくちゃ弱いからさ。多分まだ寝てるんだって。頼む……ゲホッ」

「おい大丈夫か?」

「あ、ああ。平気だ。……いやなんかさ、ちょっとやばいかも」

「え、何?」

「ガッ……はっ……なんかさ、すげー腹痛いんだよな。あの果物もしかして食べるとやべーやつだったんかな、ハハ」

笑いごとじゃない。何か、半田が思っているより――或いは半田が大したことはないんだと見て見ぬふりをしている事柄よりも、事態は大きいんじゃないか。俺はそんな思いで、一息に言った。

「なあ、もうさ。こうなったら素直にじーさんたちに謝った方がいいって。橘が家にいたとしてもさ、今からレンタカーでも友達にクルマ借りたりでも、とにかく村に行くまでの間に、なんかお前倒れたりしそうじゃん」

「なんだよ。お前何もしてくれないのかよ」

ムッとする半田の声の凄みに俺は少し怯みそうになったけど、とにかく大変な状況だからこそ冷静であろうと思った。

「いや迎えとかじゃなくてさ、少なくとも橘は何度もあの村行ってそうなんだろ? 橘からその村長のじいさんに連絡してもらって、和解とか示談……なんて大層なことじゃないけど、とにかく橘を通した話し合いで許してもらうとかできないのかな」

「くっそ、アイツにそんな頼る事になるなんて」

「半田、迎えに行くのだって頼る事だろ。な? 村長に話つけてもらう方が絶対早いって」

「……いやもうでもどっちでもいいや。とにかく村の詳しい場所知ってるのも……じーさんと話できそうなのも、確かにあいつだ。なあ頼む、今ひとまず連絡ついて家の近くなのお前だけなんだって」

「分かった、分かったよ。なあ、けどお前体調ホントに大丈夫なのか? 最悪の場合救急車とか……いや救急車来れる場所か知らないけど」

「あーもうマジホントにありえねぇ。こんな事なるなら来るんじゃなかった。あの村の連中マジでやばいって。俺の身体に落書きとかもマジでありえねぇし」

「落書き?」

「ああ」

半田は電話の向こうでふーっと息を吐いた。

「ぐるぐる巻きにされた後、なんか体に太いペンで何本も線書かれた。腹とか首とかにさ。擦ったら消えたから普通のペンだと思うけど。ひでーよな。なんなんだよ一体、人の身体指して、って」



<続>

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