【全3話】だって、お金は欲しいでしょ?

二八 鯉市(にはち りいち)

01 金欠

 「んぁー、マジでカネ足りねぇ……」

ATMの簡素な画面。バイトの給料がつい昨日振り込まれたばっかりなのにこの残高。俺はため息をつきながらATMコーナーを出た。


 俺、瓜原うりはら サトルは大学生になってからずっと、アパート近くのファミレスで働いている。で、週末とかに時間が空いたら単発のイベントスタッフとかもちょっとずつ入れてる。

 でもなあ、なんか思った金額に届かない。

 先月のシフトは、体感結構大変だったわりに「まあこんなモンかなあ」って金額だった。なんだろうな、社会ってこんなモンなんかな。


「あーあ、なんかいいバイト無いかなぁ」

信号が青に変わるのを待ちながら、ぼんやり呟いた。


 今日は珍しく、学校もバイトも無い休日だ。まあ、たまには休みたいよな。

 俺は一人でぶらぶらと街を歩いていた。シンプルなTシャツにジーンズという上下3000円ぐらいで揃いそうな服ばっかり着てる俺だけど、ヘッドフォンだけは音質とか服の色に合わせて10個以上持っている。今日も、別に買うわけじゃないけど家電量販店をぶらぶらする予定だった。


 その時だった。

「ん?」

 電話がかかってきた。

 俺はジーンズのポケットからスマホを引っ張り出した。


 電話は、大学の友達の半田 柚樹はんだ ゆずきからだった。前みたいに急にキャンプに誘われたりしたら、今度こそ断ろう。まだ夏も始まってないのに日焼けした半田の強引な笑顔が思い浮かぶ。


 悪い奴じゃないけど何もかも強引なんだよな。やれやれ。振り回される側の気持ちにもなってほしい。

 俺は電話に出ると、開口一番ビシリと言った。

「もしもし半田? キャンプなら行かないからな」

「おい瓜原、助けてくれ」

「えぇ?」

切羽詰まった声。俺は思わずクスッと笑った。

「どうしたんだよ。トイレ入ったら紙無かったのか?」

「ちげぇよ!」

半田の声にいら立ちが混じる。俺は人通りの多い道から外れ、静かなビルの下に避難した。

「なんだよ、一体」

「いいか、俺は今、〇県の×村にいる」

「え?」

「〇県の×村だよ!」

「え、なんでそんなところに」

×村なんて名前は聞いたことないけど、〇県に関して言えば、最寄り駅から新幹線とか使わないといけないような場所だ。

「とにかく俺たちの家に向かってほしいんだ。橘のやつ、あいつ全然電話通じないんだよ!」

「え、ごめんわかんない一体どういう」

「説明は後でするから! くっそ、あんな情報信用するんじゃなかった」

「えぇ?」

「とにかく、俺今やばいんだ」

「やばいって?」

「命狙われてるんだって」


 俺は思わず、またちょっと笑いそうになった。いや、笑うしか選択肢が思い浮かばなかった。


 「え、どういうこと?」

「いいか、とにかく聞いてくれ」

半田は荒い勢いで言って、それからすぐに声を潜めた。

「橘が、バイト先の知り合いから『身内にしか絶対に教えない』っていうやっべぇ金儲けの情報を教えてもらったんだって」


 橘、というのは半田の同居人だ。ひょろひょろしたモヤシみたいな見た目で、実際俺たちの仲間の間では腕相撲が1番弱い。


 「金儲けの情報? なにそれ」

「最近アイツがなんかめちゃくちゃカネ持ってたんだよ。ブランド品とかドカドカ買っててさ。おまえも見ただろ?」

「あ、ああ」

そういえば。半田の言葉を聞いて、橘の姿を思い浮かべる。言われてみると橘の近況には、1ヶ月前ぐらいから妙な違和感があった。

 俺は頷きながら答えた。

「確かにこの前の講義で一緒になったけど、あいつめちゃくちゃ高いイヤフォン使ってたな。正規品だったら1個10万とかする奴。でもアイツって別にイヤフォンにこだわりとか無いって思ってたから、俺の見間違いか安い偽ブランドかなって思ったけど」

「多分本物なんだよ。あいつ、カバンも靴も突然ブランドものになっててさ。で、最近休日に必ず出かけてたから、なんか俺に教えてない方法でカネもうけしてるんだろ、って思ってあいつを問い詰めたんだよ」

「うん」

「でも、絶対言わないんだ。言っちゃだめだ、って。でも絶対普通の儲け方じゃないからさ。だから俺何度も問い詰めたんだよ。そんな情報、同居人の俺に内緒で独り占めなんてズルいもんな。そしたらさ、吐いたんだ」

「吐いたってそんな容疑者みたいに」

「アイツは言ったんだ。〇県×村に知り合いがいるんだって。バイト先の先輩に紹介してもらって行ったんだ」

「その村で、割のいいバイトがあるってこと?」

「洞窟なんだってさ」

「はぁ?」

いよいよ分からない。ちょっと疲れてきた俺は、ビルの壁に背中をもたれさせた。

「洞窟、って何。埋蔵金?」

「宝石の鉱脈だ」

「えぇ?」

「翡翠によく似た石の鉱脈がそこにあるんだよ。で、それを好きに採掘できるんだ。見つけたら、めちゃくちゃ高い価格で買ってもらえるって」

「なんかめちゃくちゃうさんくさいけど」

「俺もそう思った、でも気になったからさ。アイツに教えてもらった通り、×村に来てみたんだよ」

「う、うん」

「村自体はめちゃくちゃ普通の村なんだ。で、アイツに教えてもらった、村長のじーさんに話したんだよ。俺も採掘に加わりたい、って。そしたら道具貸してもらえてさ、で、洞窟に入ったんだ。すっげーめんどくさかったよ。じーさんボソボソ話すし、アレはするな、コレはするなってさ。入っちゃ行けない場所があるから絶対に入るなって」

「あ、ああ。安全上入れない場所もあるんだろうな」

「いや、しめ縄なんだよ」

「え?」

「なんか多分しめ縄みたいな奴。草みたいなのでできてたから本当のしめ縄じゃないと思うけど、洞窟の1番奥がそれで立ち入り禁止になってたんだ。そこには絶対近づくなって言われた。でさ、分かったからとにかくやらせてくれって思って。で、作業始めたんだよ。最初は難しかったよ。洞窟の中なんて暗くって、大体全部ただの岩壁にしか見えないし。でも、よーく気をつけて見てみると、ちゃんと鉱脈があるんだ。でもさ、半日がんばって色々見つけてじーさんのところに持っていったけど、正直思ってた金額じゃなかったんだ」

「いくら?」

「2万、ぐらい」

「んーでもさ、現金でもらえるならいい方じゃない?」

「足りねぇよ。だってそれじゃ橘が儲けてる額に説明がつかないだろ」

「あ、そっか」

橘が突然ブランドモノを持ち始めたのは先月ぐらいからだ。1回のバイトで2万円だとして、土日全部使ってフルで働いても一ヶ月で大体16万。10万円以上のブランド品をぽんぽん買っている理由にならない。

 確かにまだ何かありそうだ。俺は心の中で頷いた。半田が電話の向こうで話を続ける。

「だから俺、じーさんに聞いたんだよ。もっと儲かる理由があるんだろ、って。俺にも橘と同じ仕事紹介してくれよ、って。あんな奴にできて俺にできない仕事なんてないんだからさ」

「う、うん」

半田から橘へのアタリの強さは今に始まったことじゃない。半田は構わず言葉を続ける。

「けどじーさんは絶対に教えてくれなかった。いいから寝ろってさ。だから、だから俺さ。仕方ないよな。教えてくれないのが悪いんだもんな」

「半田、一体何を」

「じーさんめちゃくちゃ早寝なんだよ。夜の9時とかには寝るの。じーさんの家族もさ、すっげー早寝。だから俺さ、一家全員寝たの確認してからさ、じーさんの家を出て、洞窟行ったんだ。でさ、入ったんだよ」

「え?」

「洞窟の、一番奥。入っちゃいけないって言われたところ」




<続>

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2024年7月8日 20:00
2024年7月11日 20:00

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