夜空の星は遥か遠く

まさかミケ猫

夜空の星は遥か遠く

 よく晴れた週末だった。

 婚約記念パーティの会場のすぐそばで、ふと妙な集団が目に入った。怪しいと思ってよく見てみると……腐敗したオークに似ていると評判の第二王子が、ガラの悪いお友達連中と一緒に武装して、ニタニタと笑っているところだった。嫌な予感がする。


 私が彼らの進路を塞ぐと、王子は不機嫌そうに一歩前に出る。


「おい、廃材女。邪魔すんじゃねえ」


 廃材女――それは、私の容姿を皮肉った呼称だ。

 というのも、私の身体はあちこちの欠損部位を魔導機械で補っているから。もちろん廃材スクラップなど使っていないから不本意だけれど、こういった揶揄はいつものことだ。


 王子は口元を醜く歪める。


「お前だって、この婚約は気に食わねえだろう」

「ん? どういう意味?」

「廃材のミシェナ。お前がアーランドの奴に懸想してんのは分かってる……本心では、こんな婚約ぶっ壊してえんだろう? なら、黙って道を開けろ」


 なるほど。王子バカの目的は、アーランドとエルミナータの婚約に水を差すことか。本当に救いようがない。

 確かに私は、アーランドに異性として好意を持っている。彼と男女の関係になれたらと、妄想したことは数知れない。それでも。


「今日の空には一点の曇りもない」

「ああん?」

「こんな気持ちの良い日に、人の婚約に無粋な横槍を入れるバカ共と……私が同類? 酷い侮辱だ」


 そうして私は、義足に魔力を込める。


――術式起動、鼠花火スピナー


 踏みしめた左脚から飛び出していった鋼鉄の回転体は、火花を散らしながら男たちの足元をビュンビュンと飛び回る。

 慌てている男たちの隙をついて、私はそのうちの一人に近づいた。


――術式起動、竜雷掌スタニング


 男の腹にあてた右の義手から、バチリと紫電が走り、その意識を一瞬にして刈り取った。


「悪いけど、ここは絶対に通さない」

「王族に歯向かう気かよ……!」


 身分なんてどうでもいい。

 良い人間は、相応に報われて、良い人生を送るべきだ。こんなクズどもに、二人の幸福を奪わせはしない。


   ◇


 私の両親は「当たり屋」を生業にする詐欺師だった。


 幼い頃は何も疑問にも思わなかった。私の役目は、馬車に撥ね飛ばされて、御者を加害者にすること。そうすると、両親が御者を脅して慰謝料を毟り取るのだ。

 無傷で生還すると親は褒めてくれたし、怪我をしても褒められた。たぶん死んでも褒められたんだろうけれど……そうして物心をつく頃には、私の身体はあちこち穴ぼこだらけになっていた。


 そんな私がアーランドに出会ったのは、九歳の冬だった。


「君、大丈夫? ひどい怪我だ……」


 その時は、彼が乗っている辺境伯家の馬車に撥ね飛ばされ、冷たい地面に転がっていたのだけれど。私はそんな自分の状況など一瞬で忘れてしまっていた。


――吸い込まれそうな黒髪黒目に、キラキラ光る魔力を纏った、星空のような男の子。


 アーランドは慌てた様子で駆け寄ってきて、服が汚れるのも厭わずに、ガリガリに痩せた私を抱え上げる。そしてそのまま、私を辺境伯家まで連れ帰ったのだ。


「私……両親……当たり屋で……」

「分かった。とにかく怪我を治そう。君の両親については、父上になんとかしてもらう。もうひどいことは絶対にさせない」


 そんな優しい言葉、生まれて初めて聞いた。


 治癒術師に怪我を治してもらった私は、辺境伯に懇願し、紆余曲折の末にどうにかアーランドの専属使用人にしてもらった。

 一方、彼は魔導工学を勉強し始めて、折れてしまった私の義足を魔導機械に作り替えてくれた。その後も、彼は様々なものを手作りして、私の欠損あなぼこを埋めてくれたのだ。


「アーランド。私も魔導工学を勉強したい」

「本当? ミシェナが興味を持ってくれるのは嬉しいよ。あんまり同好の士がいなかったからさぁ」


 実のところ、私は魔導工学を学びたいわけじゃなかった。ただ彼と一緒に並んで、同じことをしたかった。彼の好きなものを私も好きになって、熱中している横顔をずっと眺めていたかっただけなのだ。


 十五歳になると、私たちは王都の学園へ入ることになった。ただ、アーランドは嫡男だから統治科で学ぶことになって、その代わりに私が魔導工学科で勉強することになった。

 離れるのは寂しかったけれど、休日に魔導工学の授業内容を彼に教える時間は、私の密かな楽しみになっていた。


 その女の子と出会ったのは、入学してしばらく経った頃。


「ねぇ、そんなに端っこにいないでさぁ、隣においでよ。黒板見えにくいでしょ」


 私に声をかけてきたエルミナータは、学園一だと噂になるほどの美人だった。

 公爵令嬢なのに妙に気さくで、周囲から遠巻きにされる私にも気にせず話しかけてくる。私の身体を構成する魔導機械に興味を持ち、事細かに質問してくるような、少し変わった子だった。


「ミシェナの義眼は普通のじゃないよね。何か特別な機能でも付与されてるの?」

「うん。数瞬先の未来を予測できるんだ。辺境にいる夢魔羊の角を削ってレンズにしてて」

「あーそっか。飛猿の眼球との相互作用で――」


 私はエルミナータとよく話すようになり、自然な流れで、彼女とアーランドを引き合わせることになった。

 そして気がつけば、私たち三人はまるで昔からの友人のように仲良くなっていた。魔導工学の議論に熱中して、いつの間にか朝になっていたこともある。


「ねぇ、ミシェナの魔力はあんまり強くないよね」

「うん。貴族と比較されても困るけど」

「ふふ。あのね、家の書庫で、魔力吸収術式の資料を見かけたんだ。それを義手に仕込んで……いざという時に、私から魔力を吸い取るの。どう?」


 そうして盛り上がっているうちに、他にも友達が増えて、私の人生は昔からは想像もできないほど楽しいものになっていった。


 そして、十七歳の秋。

 アーランドとエルミナータが、こっそりキスしているのを目撃した。長年の恋の終わり。それを静かに受け止められたのは、相手がエルミナータだったからだろう。


「アーランド。エルミナータと結婚するの?」

「……うん。正式に婚約することになったんだ」

「良かった。私はアーランドほど優しい男の子を他に知らないし、エルミナータほど素敵な女の子も知らない。二人ならきっと幸せになれるよ。おめでとう」


 婚約記念パーティは、春の初めに開催が決まった。

 二人の晴れ姿は見たかったけれど、パーティは辺境伯家と公爵家の関係者が顔を合わせる大切な場だ。奇妙な廃材女が場を台無しにしてはいけないと、私は出席を固辞した。そして、小高い丘の上からパーティ会場をぼんやり眺めていたのだ。


 第二王子たちの一団を見つけたのは、そんな時だった。


   ◇


 お仲間が全員倒れ伏すと、事態を静観していた王子は、パチパチと手を叩いて目を輝かせた。


「ククク。廃材のミシェナがこんなに強えとは知らなかった。お前、俺の配下になれよ」

「絶対に、嫌」

「断れる状況か? もう魔力の限界だろう」


 そうして、王子の強烈な魔力が吹き荒れる。

 王侯貴族の魔力量は平民とは桁が違う。まして王族ともなれば、少し感情を露わにしただけで平民は本能的に恐怖し、どんな理不尽にも従いたくなってしまう。今も、私の背筋には悪寒が走っているけれど。


「私は、貴方には、従わない」

「そうか。じゃあ死ね」


 そうして、王子は一瞬で近寄ってくると、私の右の義手をぶちと引き千切った。

 私は急いで疑似神経回路を遮断し、距離を取る。さすがは王族。基礎能力だけでこちらを圧倒してくる。


――術式起動、兎歩ステップ


 空中を跳ねるように機動しながら、残った左手でナイフを構える。しかし、迂闊に攻めれば捕まるのは明らかで、私は再度距離を取らされてしまった。


「ほう……いいなぁお前。俺の配下になれば、こんなゴミみてえな義手じゃなくて、最新式のを買い与えてやるが」

「いらない」

「手作りに拘りでもあんのか? 分からねえなぁ。欠損を補うなら、高性能な方がいいだろうに」


 理由を言っても、きっと伝わらない。

 三人で夜通し語り合った魔導機械は、王子がどんなものを用意したって、代替できるわけがないのだ。だって、アーランドとエルミナータが埋めてくれた最も大きな欠落あなぼこは、私の――


「心だったから」


――術式起動、猪突猛進フルブースト


 身体に埋め込んだ全ての魔導機械を連動させ、王子に向かってまっすぐに駆ける。後先なんて考えない。死ぬ気で魔力を込めれば、一撃くらいは届くかもしれない。

 義眼が数瞬先の未来を予測し、王子の突き出した剣をすんでのところで躱す。そして、持ちうる魔力をナイフに一点集中し、王子の太ももに突き立てる。


――術式起動、虎喰いイーター


 ナイフを持った左手から、王子の膨大な魔力を奪い取っていく。そう、私はエルミナータに教えてもらった魔力吸収術式を、このナイフに仕込んでいたのだ。流れ込んでくる魔力量に、全身が焼き切れそうだけど。


「あ、が、ぎ、貴様ぁ!」


 何度殴られても、絶対にこの手は離さない。

 私はどうにか致命傷だけは避けながら、時が過ぎるのを待ち続けた。これだけ大騒ぎすれば、警備の騎士が気づくはず。そう考えて。


   ◇


 どれくらい眠っていたのか。気がつけば、私は学園の医務室で寝かされていた。あたりは暗く静まり返っている。今は真夜中だろう。

 記憶は曖昧だけれど、王子とはずいぶん長い時間、泥沼の争いをしていたと思う。全身の魔導機械が動作不良を起こしている。死なずに済んだのは奇跡だ。


 重い頭をゆっくりと動かしてあたりを見てみれば、医務室のソファではアーランドとエルミナータが仲良く並んで眠りこけていた。

 その無防備な寝姿に、ついフッと笑いが漏れてしまう。本当にお似合いの二人だ。そういえば、婚約記念パーティは無事に終わったのかな。


「この後のことを考えると気が重いな……間違いなく、大変な騒ぎになるだろうし」


 それでも、この二人の幸福な時間を守れたのであれば、とりあえずは良しとしようか。私は小さな満足感を胸に、窓の外をぼんやりと眺めた。


――夜空の星は遥か遠く、それでも優しい光で私を見守ってくれている。

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