辞めたい勇者と止めたい魔術師

ラッセルリッツ・リツ

1.じゃあ勇者やめちゃうか!

 いつかの晩のことだった。町は夜の月の光にも埋もれない明りを瞬かせては人々は酒を仰いで騒いでいた。焼いては香る油の煙や頬も蕩ける甘い菓子も外並ぶ人の味わいの中。言うとおりに町並みは祭りの風、このようなことは忘れるほどに多くあったから、外が山景色だったか平だったか雪か炎であったかは覚えていないが、その日の彼女がひどく不満げに暴食していたのをよく覚えている。

 オレンジ色の灯る温かい酒場の長ったらしいテーブルには食うのも骨が折れるほどの肉と浴びても止まないほどの黄金の酒が置いてあった――――はずなのだが、気づいてみれば料理人が忙しなく走っては息を切らし厨房は大変な有り様、目も回ってはけたたましい罵詈雑言が頭を叩く黒魔術を掛けられたような感覚が移る。いや、僕の知る限り勇者は、ロイーゼは魔術が使えるわけがないはずだ。されど確かにその声は麗しく可憐な少女のものだった。


 「さっさと料理持ってこい! 誰が町を救って思ってんだぁ!」


 口に咥えていた小骨を白い帽子へ投げながら彼女は言うもので、こうなってはいかに同じ仲間と言えど止められるわけもない。幸運にも彼女は勇者であり、災いにもロイーゼが勇者なのだ。傍若無人、けれども魔物に手厳しく、だとしても性根はどうしようもなく、しかし神は彼女を信じた――――らしい。個人的には今も同じ仲間の聖職者、マリーに酒を強要しては乱暴に身体を触る人間が勇者であるべきとは思わない。マリーは彼女より年上で心も広い性格ゆえに穏やかに笑って許しているようだが、それが僕が許す理由にはならない。


 「マリー、おっきいー! 羨ましいぃ!!」

 「あらあら。ほら、たくさん食べて大きくなるのよ。あら? アービンさんも触ります?」


 頬を赤らめてあるはずもない幻惑魔術を投げかけられ――――僕は酒を吹き出した。液がマリーの芳しきに艶めいてはその間を滴り落ちて、もう一つの吹き出るを堪えてそっぽを向いたとき、後頭部に酒樽がぶつかった。間違いないと思って振り返れば間違いなかった。彼女が鬼の形相でもうひとつ酒樽を投げてきた。何がそんなに気に入らないのか。僕はわからないふりして魔術で身を守って嵐の過ぎ去るのを待った。


 「お待たせしました! ローストチキンとマカロニサラダです!」

 「遅い! さっさと持ってきて! ってこれ違う!!」


 料理人のおかげで矢先が反って命拾いした。さきの戦いで消耗していたからこれ以上におこれば耐え切れぬほどだった。それはあちらも同じはずなのだが、悍ましいものだ。あの執念は。料理人もこれほどではせんの魔族よりも恐ろしく思っているだろう。としたためれば虎のような目がまたこちらに向いた。料理人も勘弁したいところだろう。こちらが少しばかり彼女の気を和らげるように努力しよう。


 「なにアービン、さっきからさ。喧嘩売ってる?」

 「いや、なにもない。ただあまり彼らを使ってやらないほうがいい。彼らも祭りの主役なのだから」

 「何言ってんの、主役は私だよ。私があのでかっ腹のドラゴンをぶっ飛ばしたからこうなったんだもの!」

 「ああ、確かにそうだ。ロイーゼがドラゴンを倒したから町は火の禍から救われた。町を悩ました火傷の病も消えた。されど祝福とは皆でするもの、君一人のものではなかろう」

 「なに偉そうに。ああ、そう。やっぱり気に入らないのね、私が活躍するのが」

 「なんのことだ」

 「私が活躍して有名になってきて色んな町には美貌溢れる勇者様の伝説が広がって、世界中の美男子にモテモテになって私が取られちゃうから」


 西の魔女から受けた黒魔術の影響がまだ残っているのか。耳も千切れんばかりの妄言を吐きかけられてはどうにも耐えがたい。もはや料理人などどうでもいいと彼女へそれ以上の魔術を掛けてやろうか。すれば違いなくここは火の海になろうか。そうとまでしては魔術師の名も廃る。冷静になってここは気を抑え、この醜悪な弁舌に騙されるとする。


 「そうだ。君がこのまま勇者として大成すれば、傍で見惚れるのも難くなる。なれば少しでも大人しくさせたい。最近はわずかわずかと遠退くのも気になって耐えがたいのです」

 「ふーん」

 

 彼女の目がなだらかに蕩け、纏う覇気も穏やかになってきたところどうにもこの苦くも耐えがたい文句も意味があったようだ。さらにもう一つだけしてことを終えるとしよう。


「まるで猿のように暴れては余計に名は広がるばかり。ゆえにこそ君の余る美貌を以てここは抑えてくれないか――――ん?」

 「……それってどういう意味?」


 まずい。本心とは隠せないものか。あるいは精神よりも先に口の方が勘弁してほしいと逃げだしたのか。彼女の顔がしだいに曇っては雷の落ちるのが見え隠れする様相だ。こうなっては立ち戻れるかもわからない。うちに僕も逃げるべきか、さきの己の口を追いかけるべきだろうか。


 「つまり私は猿みたいな女ってこと? そう、そう思ってたんだ。へぇ?」

 「――――いえ、違うんじゃいかな」

 「マリー、あんたは黙っててよ」

 「わたくしがアービン様の聞いたところ、猿ではなく去る。去るように暴れるというのはそれこそ去ってしまっては悲しいという意味ではないかしら」

 「そ、そうなの!?」


 助かったようだ。彼女は星の煌めく眼差しを僕に向けては嬉しそうに笑みをこぼしている。マリーのフォローが無ければ今頃、天変地異にこの町へ月が沈むところだったろう。これにて一件落着と言うものか。料理人もやっとと胸を撫で下ろしては白帽子を外した。


 「じゃあもう私、勇者止めちゃおうっか」


 む? 彼女は今、何を言ったのか。窓を擦りて吹く小風にかき消されて聞こえなかったようだ。そして聞かなかったことにしよう。


 「ねぇねぇ」

 「なんだ。とつぜん」

 「新婚旅行はどこ行く?」


 彼女は突然、僕の腕に蔦のように絡まってはなんとも幼く可愛らしい顔をして僕を見上げていた。またぶらりぶらりと身体を揺らしては魅惑的に髪をなびかせて、何か計り知れぬ魔術を仕掛けているのか。僕はどちらにしても頭が詰まり、息を呑んでいた。


 「え、ロイーゼちゃん。勇者止めるって言った?」

 「うん。だってもういいじゃん」

 「そっかぁ。じゃあ今日は勇者最後の日だね」

 「ならもっと一杯食べちゃおっか――――ほら、白い召使い! 麗しい勇者に早く飯持ってこい~」


 して彼女は再び料理人を走らせた。僕を困惑させた。口車に乗り、わずかな温情に気を流し、最後に在り着いたのは始めと変わらぬ酒場のあらましと、そこに浮つく災うよりも微笑んだ彼女の企みである。大概にして彼女が笑う時に僕はひっくり返る。ある悪い少女が反れた亀を笑うように。



――あとがき――

物語重視よりも文章重視というか書きたい欲望重視で書いているので、あまり中身にこだわりはない。ゆえにおそらく次回になれば個々の展開はリセットされる

形式になる可能性が高い。いわゆるサザエさん方式? 一話でリセットされるタイプの形式になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辞めたい勇者と止めたい魔術師 ラッセルリッツ・リツ @ritu7869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ