転生したらナグパだった件

XX

ある、受験に失敗した男の話

 俺は東大を受験して、失敗した。

 合格できなかった。


 俺は勉強しか取り柄の無い男で。

 そんな俺が、一流の男になるには東大に合格するしか無かったんだ。


 でも……


 俺の頑張りは実を結ばなかった。

 手を抜いたつもりは全くない。

 全力で頑張ったんだ。


 ……でも。駄目だった。


「畜生……やっぱり、地頭の差はあるってことなのか」


 俺の成績は常に1桁を狙える圏内で。

 1桁台になったこともある。


 だけど


 1位になったことは無かったんだ。

 そんな俺が、東大に入れるのだろうか……?


 そんな不安があった。

 その不安が的中した。


 俺の番号が無い合格者発表の掲示板から、俺は絶望しながら帰路につく。


 自分を追い込むために俺は滑り止めを受けなかった。

 だから俺は春から大学生にはなれない。


 親は何ていうだろうか……?

 合格した奴らが妬ましい。


 奴らが努力していなかったとは言わない。

 でも、俺だってやった。

 全力でやった。


 でも、合格できなかった。


 その差は……やっぱり才能だよな。

 畜生……


 妬み、怒り、悲しみ、絶望。


 ……東大なんて、無くなっちまえ。


 負の感情を抱えつつ道路を歩いていた。

 そのとき


「見るからに無敵な拡大自殺野郎が来たぞー!」


 俺の背後からそんな通行人の叫び声が聞こえてきて。


 え、と思い振り返ると


 涎を垂らしながら包丁を振り回す汚いジャージのおっさんが突っ込んで来てて。


 避ける間もなく、俺は柳刃包丁で喉を掻っ切られた。




 気が付いたら俺は草原で寝ていた。

 俺は確か、汚いおっさんに喉を掻っ切られたはず……?


 そう思い、自分の首を撫でたら……


 何か、異様に細かった。

 そして長い。


 ……これが人間の首か?


 それに……爪が伸びてないか?

 俺史上一番伸びている気がした。


 なので自分の手を見たら……


 なんか鳥の足みたいな手になっていた。

 俺の手が斬り落とされて、代わりに鳥の足が移植された……?


 混乱する。


 爪は長い。

 確かに。

 鉤爪だものな。


 ……顔を触った。


 何か、嘴がある。


 なんだいこりゃ?


 ……すると。


 唐突だが、喉が渇いて来た。

 水が飲みたい。


 そう思うと、川のせせらぎが聞こえて来たんだ。

 水が飲みたかったので、俺は走った。


 だいぶ走った。

 で、辿り着いてしまった。


 本当にあったんだ。

 川が。


 ……何でここまで遠くにある川の存在に俺は気づけたのか?


 疑問だったけど、俺は川に近寄って顔を突っ込んで、水を飲んだ。

 嘴だから飲みにくい。


 顔ごといった。


 だけど……


 何故か、水が美味くないんだ。

 あれだけ喉が渇いていたのに。


 でもまあ、喉の渇きだけはかろうじて癒えたので、顔を上げて


 俺は川に映る像で、自分の姿を確認する。


 俺は……紫色の魔術師のローブで身を包んだ、ハゲタカの顔を持つ怪物だったんだ。


 え……これは……?

 ワケが分からなくて、混乱する。


 なんだいこりゃ?

 俺はどうすれば良い……?


「これで水の証をゲット。聖霊の守りを得るためにはあと1つだ」


「聖霊の守りがあれば、大魔王の城への門の扉を開けられるんだよね」


 そのとき。

 俺の耳は、人間の会話を捉えていた。


 ……助けて貰おう!


 ショックで混乱していた俺は、自分の姿が他人にどういう反応を与えるかを全く考慮せずに、声の方向に走った。

 すると


 剣を腰に提げているイケてる黒髪男性を中心に、3人の女の子。

 武道着を着ている子。

 杖を持ち魔法使いハットを被っている子。

 首から神聖そうなペンダントを提げた純白の法衣を身に着けている優しそうな女の子。


 見るからに、正義の陽キャ、正義の冒険者、主人公。

 そしてそのヒロインズ。

 そんな人間たちがいたんだ。


 俺は、助かったと思い


「おおい! アンタら、俺は人間なんだ! 助けてくれよッ!」


 言いつつ、前に飛び出す。

 すると


 彼らはギョッとした顔で俺を見て


「ナグパだ!」


「何故ここにナグパが!?」


「殺しましょう!」


 口々に、俺をナグパと呼んで


 剣を抜いたり、飛び掛かったり、杖を構えたり、胸のペンダントを握ったり。

 各々に動いて、俺に攻撃を掛けて来た。


 俺は……


「う、うわああああああ!」


 悲鳴を上げて


 彼らに対し、攻撃を止めさせたいと思ったんだ。

 そのときだった。


 俺の中で何かが発動する。

 そして何かが放射された。


 その瞬間……その俺を殺そうと襲い掛かって来た集団が全員、素っ裸になったんだ。

 素っ裸と言うか……何も持っていない状態に。


 身に着けていたものが全部、ボロボロになって崩壊して、崩れ落ちてしまったんだ。

 服も、鎧も。

 そして、剣も、杖も

 お金も、道具も……


 これが……俺の特殊能力「絶対腐敗コラプション」を最初に発動させたときの話で。

 俺はこのとき、世界を魔王の手から救おうとしていた勇者パーティーの持ち物を全て破壊してしまったんだ。


 俺に持ち物を全て破壊された勇者パーティーは泣き崩れていた。

 今まで積み重ねて来たものが全部ゼロになってしまったと。

 俺は責任を感じてしまった。


 そして、この状況で、自分に何が起きたのか理解もしたんだ。

 ……多分俺は異世界転生というやつをしてしまい。


 彼らの言う「ナグパ」とかいう化け物になってしまったんだ。




 ナグパとは、とても卑しい種族で。

 滅んだものからしか知識を得ることができない。

 そのために、文明を滅ぼすことをライフワークにしている。


 性欲を除く本能的欲求に渇望しており、かつそれを満たすことを快楽にできないという種族的な呪いを抱えている。


 そして殺しても転生して世界のどこかに発生するので、決して滅ぼせず。

 高い魔法の才能も持っているので、とても危険度が高い魔物らしい。


 で。


 一番危険なのが……この特殊能力「絶対腐敗コラプション

 ナグパ本人の半径20メートル圏内にある全ての生命体を除く物質をボロボロに崩壊させる能力だ。

 そう……生き物以外の全ての物質を。


 普通の物質なら確実に。

 運が悪ければ、魔法のアイテムさえも対象内。


 そのせいで……


 彼らが世界を救うために集めていた5つの証というヤツを、全部壊してしまったんだ。

 古の賢者5人に課される、容易くない試練を潜り抜けないと得られない大切なものを。


 ……俺の気持ちは罪悪感でいっぱいだった。


 俺は身を護るためとはいえ、なんていうことをしてしまったのか。


 そんなことを、武闘家の女の子以外物理的に戦えなくなった彼らの話を聞くことで知り。

 絶望した。


 ……多分俺がナグパに転生してしまったのはアレだよな。

 俺が東大に落ちたのに、俺の他には東大に合格した奴がいる。

 その事実を妬んで、東大そのものを憎んだからだ。


 無くなってしまえ、と。



 ……今、俺はそれを疑似的に見せられている気がした。

 自分の暗い欲望が仮に満たされていたらどうなったのか。



 おそらく、ただ空しいだけだったんだろう。

 他人の大切なものを破壊しても、何も得られない。

 自分の価値が高まるわけじゃ無いんだ。


 そんなものに囚われず、前を向けば良かった……


 俺はそう後悔し


「責任を取りたい。証集めを手伝わせてくれ」


 そう、進言した。

 けれど


「やかましい!」


「どっかにいっちゃえ!」


「よくもまあ、そんなことが言えたな!」


 ……キレられた。

 まあ、無理も無いんだけど。

 絶望で平常心じゃないしな。


 それに……


 彼らがいきなり襲ってきたのは、俺が危険なナグパだからだけど。

 そこが誤解であると分かったとしても、同行は許可できないよな。


 だってまた、何かの拍子で絶対腐敗コラプションが発動すれば、また元の木阿弥になるんだから。


 拒絶するだろうさ。


 どうしよう……?


 俺は1人で考えて。

 やがて……


 俺以外に、魔物に転生して困っている奴はいないか探すことにした。

 魔物なら、多分絶対腐敗コラプションを喰らっても何も失うことはない。

 そういうヤツなら、俺と組める。


 そしてそういうヤツと一緒に……


 この世界の魔王を倒すんだ。

 それぐらいしか、俺は俺の罪を贖う方法を思いつかなかったんだよ……。

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転生したらナグパだった件 XX @yamakawauminosuke

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