第23話 口付け

 少しすると、腕の中の美月が静かに呟いた。


「今ね…」

「うん…」

「キス、されるかと思った…」


 俺は言葉に詰まってしまう。美月が言うとおり、先ほど見つめ合った時、そのことが頭に浮かんでいたからだ。

 思春期の男子であれば、付き合っている子と深い仲になりたいと思うはずだ。俺だってそう言う場面を想像したことはある。

 何もなければ、あのまま雰囲気に流されて彼女の唇を奪っていたかもしれない。そして、もしかしたらその先までも…。


「うん…、正直に言うと、したいと思った。でもそうすれば、俺はきっと次を求めてしまう、次から次へと自分の欲をぶつけてしまうかもしれない…」


 けれど俺は、すんでのところで押し止まった。俺の中に芽生えた恐れがそうさせた。俺の身勝手な行為が、美月の心の傷を開いてしまうかもしれないのだ。


「それじゃあ、君を傷つけた奴と何も変わらないと思ったんだ」


 多分美月は俺の胸の内に気付いているのだと思う。それでも彼女は俺の口から直接聞きたかったのだ。二人の想いを照し合わせるために、今自分がどうしたいのかを示すために。


「やっぱり、貴方は優しい人…」


 美月は抱きしめていた両手を緩めて、俺の目をまっすぐに見つめてきた。彼女の眼差しに込められた熱は、俺の迷いを瞬く間に霧散させた。

 俺と美月はどちらともなく顔を近づけ、唇を重ねる。ほんの数秒触れ合わせただけとは言え、初めて味わう柔らかな感触は、俺の心を揺り動かすには十分だった。

 俺は唇を離してから美月の瞳を見つめ、彼女に抱く想いを明かす。


「もっと、君に触れていたい」

「うん、私も同じ…、だから…」


 美月が何を言いたいのか察した俺は、言い終えるのを待たずに、彼女を抱きかかえるようしてソファーから腰を上げる。そして、美月を伴ってその場を離れようとしたところで、ふと、テーブルに目が止まった。


「陽翔?」


 動きを止めた俺の顔を美月が覗き込んできた。俺はテーブルの上に両手を伸ばし、置いてある二人分のマグを手に取る。その様子を見た美月がくすりと笑った。


「もう、陽翔ったら」


 我ながら雰囲気ぶち壊しの振る舞いだと思う。けれど、これも性分なのだから仕方ない。


「ごめん、ちょっと気になって」

「ふふ、そういうところも貴方らしさかな。さ、こっち」


 俺は美月と共にキッチンでサッと後片付けを済ませてから、彼女に腕を引かれてこの場を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

5日ごと 08:00 予定は変更される可能性があります

兄妹で恋愛しちゃダメなんて、誰が決めたんですか? 夜宵乃月 @shiro_m817

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ