13 猫が鳴いたら怖くなくなる
1階に戻った後、俺たちはロビーにいる智樹たちと合流する。
そこには萩野さんもいて、ちょうど城崎さんがなにか相談しているところだった。
「無理は禁物ですが、あと少しで友達を理解できるようになります」
「私……」
それを聞いた桃井さんが、城崎さんへと駆け寄って抱き着いた。
「理解しなくていい! もうやめて」
「え……百合ちゃん?」
「ホント危なっかしいんだから」
「ご……ごめんね?」
「わかってないのに謝らない! とにかく、理解しなくていい。私のこと考えてくれるんなら、私を信じて、もうやめて」
桃井さんは、抱き締めていた城崎さんの肩を両手で掴み直すと、正面からはっきりと強い口調で言い聞かす。
少し強引だけど、城崎さんは流されるようにして、頷いていた。
「もしかして……」
萩野さんが、俺の方へと視線を向ける。
「なにか話しましたか?」
「4つめの体験のあと、萩野さんが言ってたことです。第六感を理解できるって……」
そう伝えると、萩野さんの近くにいた女の人は、眉をひそめて萩野さんを見た。
「なんでそんなことまで話したんですか」
「……そっちのクラスはいいですよ。大して影響ありませんから。ただ、僕たちのクラスは違う……最後は納得した上で体験してもらいたいですからね。みなさん、Bクラスに友達がいるみたいですし。話し合って決めてくれて構いません。ただし、これまでの体験内容は言わないでくださいね。1時半、体験を行う方は5階で待ってます」
萩野さんは、にっこり笑ってその場を後にした。
スーツの女性は、桃井さんや玲士、岬に視線を向けながら、
「どこまで知っちゃったのか知らないけど、やりたくないならやめてもいいわ。あなたたちが抜けたとしても、プログラムでなんとかなるからね」
そう言い残して、萩野さんの後を追うように、その場を去った。
時刻は1時20分を回っていた。
「どうだったんだ?」
智樹が玲士と桃井さんに尋ねる。
玲士たちが5階に行ってたことは、萩野さんにバレていないはずだけど、ここまできたらもう、わかった上で見逃してくれているだけかもしれない。
「……いたよ。たくさん」
玲士が答えると、桃井さんも頷く。
「私は理解されなくていい。そのかわり……平然とあそこにいられる子のことも理解しない。理解し合えないことを受け入れる」
桃井さんに視線を向けられた城崎さんは、うつむきながら、
「……5つめの体験は、やめておく」
そう言った。
「俺は一応、最後までやろうかな」
そう言ったのは智樹だ。
「俺より先に来なくなったAクラスの友達……もう理解しちゃったかもしれないだろ。だったら俺だけ逃げるわけにはいかない」
「そっか」
納得する俺とは対照的に、玲士と桃井さんは難しい顔をしていた。
「透はどうする?」
俺が尋ねると、透は岬に視線を向ける。
「……続けろって言われちゃったからなー」
「さ、さすがにもう、ボクのこと、からかったりしないでしょ。だったらやめても……」
「あと1回くらい耐えてやる。お前に誘われたけど、俺の意思で参加してっからな」
透も、体験するつもりらしい。
「啓太は……目、大丈夫?」
俺が窺うと、啓太は恥ずかしそうに笑った。
「だいぶ休んだし、大丈夫。最後くらい参加しようかなーって思ってたんだけど……やっぱちょっと怖いかも」
俺たちの話を聞く前だったら、無理をして参加していたかもしれない。
いま、素直に怖いと告げる啓太を、からかう子は誰もいなかった。
「啓太の分まで、俺が体験してやるよ」
透が、啓太の肩をポンと叩く。
次に、みんなの視線が、俺に集まった。
俺は、玲士に視線を向ける。
玲士は、少し申し訳なさそうにしていたけれど、俺から視線を逸らさなかった。
「5階で……平然としてる勇矢を見て、やっぱり僕らは違うんだなって思っちゃったんだよね……」
「うん。玲士は冷静だったけど、いろいろ感じてるんだなってことはわかった。俺とは違うってことも」
「……人それぞれ、違っていい。いいはず……なんだけどなぁ」
「同じならなおさら、いいよね。5つめの体験、受けるよ」
俺と智樹と透で5階の集合場所へと向かう。
4つめの怪異体験のときにいたもう1人の子は、1時半になっても来なかった。
「それでは、5つめの怪異体験を始めます。移動しましょう」
萩野さんに言われて、俺らは白い部屋へと移動する。
「……めた方が……」
「やめて……」
どこかから声がした気した。やめるように促す声。
警告には感謝する。でも、いまさらやめられない。
俺は萩野さんに促されるようにして、ゴーグルとヘッドフォンをセットした。
目を開いた先は、教室だった。
10人くらいの生徒がいる。この中に智樹や透がいて、玲士たちもいるんだろうか。
見た目じゃわからない。今回はどんな怪異なんだろう。
いまのところ、みんな普通の生徒だ。
そう思っていると、1人の男子生徒が前に出て口を開いた。
「今日は誰がいない子か、みんなで答えを出しましょう」
いない子?
どういうことだろう。
「僕らのクラスは10人。それなのに、今ここにいるのは13人。ずっと目を背けて来たけれど怪異が紛れ込んでいる。もうすぐ卒業……その前に怪異を消すぞ」
「おー!」
そういうことか。
3人が消される。たぶん、俺と智樹と透だ。
決定事項なんだろうか。それとも、俺と智樹と透が手を組めば、勝てる未来もあるんだろうか。
「自分から名乗り出てきた怪異は、罪を軽くしよう」
そもそも怪異になんの罪があるっていうんだ。
花子さんも、石膏像も、肖像画も、人体模型も、全部、罪のない存在だった。
今回だって、同じじゃないか。
そう思っていると――
「どうして怪異を消したいのか、聞いていい?」
まるで俺の考えを代弁するように、1人の生徒がそう発言した。
茶髪の男の子だ。
「は? なに言ってんだ、お前。怪異だぞ。バケモンだぞ。消さなくてどうする?」
「消すしかない。いてはならない存在だ。やっつけるぞ!」
「おー!」
プログラムされた子か、クラス内に妙な団結力が生まれる。
さっき発言した茶髪の子は……もしかして、智樹か透?
だったら俺は、そっちに乗ろう。
「これまで怪異がなにかしたのか?」
俺がそう発言すると、前にいた男子生徒が、キッとこちらを睨んだ。
「目障りだ。いていいはずがない。なんだ……お前が怪異か?」
みんなの視線が一斉に俺へと集まる。でも、ここがチャンスだ。
「怪異には怪異のやるべきことがある。そうバッハくんが言ってたんだけど」
俺がそう言うと、1人の生徒が席を立った。女の子だ。
智樹とはまったく思えないけど……。
「なんだそれ、意味わかんないぞ」
「突然、なに言ってんだ?」
俺は席を立つ女の子に視線を向け続けた。
「……怖がらなければ負けない……だったか」
女の子は俺を見て、そう言った。
やっぱり智樹だ。
もしくは、俺たちの話を聞いていた透に違いない。
そう確信していると、前にいた男の子が、机の中からなにかを取り出した。
「紛れ込んでいる怪異は、俺たちクラスメイトとの思い出を持たない。調べればすぐにわかる。この卒業アルバムに載っていないやつが怪異だ」
男の子が持っていたのは、どうやらアルバムらしい。どうせ俺たち3人が載っていないんだろう。バレるのも時間の問題だ。
「自白した方がラクだぞ」
そう前に立っている男の子が言った直後――
「僕はこのクラスの子じゃない」
さっきしゃべった茶髪の子が、手をあげてそう言った。
「お前が怪異か?」
「自白したな!」
もしかして、透?
「いや、待て!」
周りが騒ぐ中、前に立つ男子生徒が大きな声をあげてその場を収める。
「お前は怪異じゃない。アルバムに載ってる。場を混乱させるな!」
「だとしたらそのアルバムはニセモノだ。誰か特定の3人を陥れるための罠だね」
「なに……!」
ざわつく中、俺はさっき席を立った女の子のところへと向かう。
「バッハくん?」
「ベートーヴェンくんか」
智樹だ。
「茶髪の子は、アルバムに載ってる……×××じゃない」
「……Aクラスじゃないってことだな?」
「そうだ、×××の名前は言えないんだ……」
バッハとベートーヴェンも名前だけど、Aクラスの子の名前とは思われない。見逃されているようだ。
こんなことなら透にも、あだ名をつけておけばよかった。
「……これ、勝てるのか?」
「怪異はクラスメイトとの思い出を持たない。なんとかなるかも」
俺はそう伝えると、前にいる男の子のところへ智樹と向かう。
「俺はこの子と思い出がある。音楽室で一緒にピアノを弾いたよ」
「そんな写真は残ってない」
「写真に残ってない思い出くらいある。そのアルバムは罠なんだ。本当の怪異なら、アルバムを書き換えるくらい簡単だろ」
「いいや、違う!」
相手はおそらくプログラム……一筋縄ではいかないようだ。
全員、中身のあるBクラスの人間だったら、もう少しやりようがあったかもしれないけど、Bクラス5人が参加しているのだとすれば、残り5人はプログラム。
どうするべきか、考えていると――
「もういい、正体を現せ!」
突然、パシャッとなにかが顔にかかった。
それがなにかはわからない。
「自白すれば、人の姿のままでいられたものを」
「きゃああっ!」
近くにいた生徒が、大きな声をあげた。
「こいつら、怪異だ!」
「え……」
気づくと、自分の手がぐにゃりと歪んでいた。
目がおかしくなったわけじゃない。
すぐ近くにいる男の子は、ちゃんとした人に見えるのに、自分と隣にいる女の子……智樹だけが溶けていく。
たぶん、これが怪異の正体。
俺も智樹も、言い逃れできなくなってしまう。
「……待ってよ」
そう口を挟んできたのは茶髪の子だ。
「いまかけたの、なに?」
「こいつは怪異を見極めるための聖水だ。これで怪異が正体を現した。人の形を成さない化け物だ」
「本当に? それ、人を怪異にする毒じゃない?」
「そんなわけないだろ!」
「わからないよ。きみが人を怪異にしてるんなら、悪いのはきみだ」
周りは、そんなはずないと、男の子を支持する声が飛ぶ。
「そんなに疑うんなら見せてやる!」
そう言うと、男の子は自ら聖水を被った。もちろん変化はない。
一方で、俺たちはどんどん人の形を失っていた。
「う……あ……待っ……」
しまった。
もう口もまともに聞けないらしい。
「あいつもアルバムに載ってないぞ!」
そう1人の男の子が指を差される。透か。
透は慌てて教室を出ようとしていたけれど、どうやらドアは開かないみたい。
「くそ、なんでだよ」
そうしているうちにも、背中から聖水をかけられて、俺と同じように溶けていく。
「あとは溶けたこいつらを燃やせば終わりだ」
「逃げないように縄で縛る?」
「触りたくないな……」
こうなってしまってはもう、太刀打ちできない。
4つ、怪異体験して思い知らされた。
勝てない。
言い訳もさせてくれない。
理不尽。
これが普段、怪異が抱いている感情?
みんな化け物を見るような目で俺を見る。
実際、いまの俺は化け物だ。
怖がらなければ、負けない?
ダメだ、こんなの怖いに決まってる。
怖くて、怖くて、目を伏せていると――
「……んにゃ~」
遠くで、猫の鳴き声がした。
少し特徴的な、ゆったりした口調。
不思議と恐怖心が和らぐ。
声は違うけど……玲士?
ゆっくり目を開いて、鳴き声がした方を見る。
茶髪の子が、俺を見て優しく笑っていた。
溶けていく俺たちを遠巻きに見ていた他の生徒とは違う。
手を差し伸べてくれる。
「猫が鳴いたら怖くなくなる。きみは強いよ。みんなから気持ち悪がられてる僕なんかに声をかけられたんだからね。僕も、見習わせてもらうよ。相棒」
玲士だ。
「うぁ……ぐ……」
なにか伝えたくても声が出ない。
いまの俺は、差し伸べられた玲士の手を掴むこともできない。
「おい、そこをどけ。縄を持ってきた!」
「どかない。怪異だからなに? クラスメイトでしょ」
「クラスに紛れてた化け物だ!」
「人の形をして一緒に過ごしてきた。だったら人として一緒に卒業すればいい」
「俺たちの卒業式を汚す気か?」
「僕は写真だけ見て人の話を聞かない子より、思い出話をしてくれるこの子たちと卒業したい」
玲士がそう告げると、もう1人、生徒が出てきて俺たちの方へと来てくれた。
「倒してばかりで飽きちゃった。それに、あなたたちとは友達になれそうにないしね」
もしかして、桃井さん?
「どかないと、一緒に縛り上げるぞ」
「それは、できないよね?」
もう1人、生徒が来てくれる。
「ボクたちに与えられた使命は怪異を倒すこと。人を傷つけたりはできないはずだ」
岬か……他にいるBクラスの子か。
怪異の中身がAクラスの俺たちなんだって、玲士が話してくれたのかもしれない。
いつしか、5人の生徒が僕たちを守るように取り囲んでくれていた。
「怪異は倒すべき存在だ!」
「やらなくちゃいけない!」
わめいている残りの5人は、怪異を倒そうと誘導しているプログラムだろう。
お互い、一歩も引かない時間がしばらく続いた後――
『終了します』
アナウンスが聞こえてきた。
視界が真っ白に変わって、ゴーグルとヘッドフォンを外される。
すぐ近くに、智樹と透がいた。
ゴーグルとヘッドフォンを外した2人と、顔を見合わせる。
「……これって、勝ちじゃね?」
透が言うと、智樹がニヤリと笑う。
「少なくとも負けてない。ほぼ俺たちの勝ちだな」
「だいぶ助けられたし、向こうも諦めてなかったけど……」
「人に危害を加えたら反則負けだ。あいつらが守り続けてくれてる限り、向こうに勝ちはない!」
透の言う通りかもしれない。
守ってくれてる子がいる限り、俺たちは負けない。
「やったー!」
喜んでいると、パンッと手を叩く音がして、見るとそこに萩野さんが立っていた。
「……Bクラスに体験内容を話しましたか?」
もし話していなかったら、あそこで誰かが怪異を庇うこともなかっただろう。
「えっと……」
なにも答えられずにいたけれど、沈黙は肯定しているようなものだ。
「まあいいです。しかたありません。残念ながら、5つめの怪異体験は正しく行われませんでした。おそらく……6つめの体験もできないでしょう」
申し訳ない気持ちもあったけど、やっぱりちょっとホッとした。
俺は自分が思っていた以上に、第六感を怖がっていたのかもしれない。
覚悟なんて、本当はできてなかったんだ。
「……ですが、Bクラスの子との理解は、深められたのかもしれませんね」
萩野さんは、そう言って笑った。
「それじゃあ、戻りましょう」
部屋を出ていく萩野さんに続いて、智樹と透も部屋を出る。
2人とも、気分が悪いようには見えない。やっぱり、これまでの不調は精神的なものだったのかもしれない。
俺も――いまはもう聞こえない。
警告する必要がなくなったからか、掴みかけていた第六感が失われたからか、どっちかわからないけど。
「やめなくて、よかったよ」
そこにいるかもしれないなにかにそう言い残して部屋を出た。
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