12 背中を押せるかもしれない


 ロビーを覗いてみると、隅に萩野さんがいて、女の人もいる。

 透たちは、それが確認できそうな位置にいてくれた。

 部屋にでも戻るかのように3人んでエレベーターへと乗り込み、5階にたどり着く。

『カードキーを確認しました』

 問題なく3人ともゲートを抜けると、俺は大きく息を吐いた。

「はぁ……よかった。このゲート、人までは認識してないみたい」

 もし人まで認識しているようなら、落として取り違えたって、ごまかすしかなかったけど、そんなことにならずに済んでホッとする。

「ここはAクラスの子しか来れないし、たぶん、話を聞かれることもないと思う。もし、盗聴器があるんだとしたら、昼前に智樹たちと部屋で話してた計画も筒抜けだから、なにも注意されてないってことは、大丈夫ってことだよね」

 そう推理しながら、白い部屋へと向かおうとして、ふとある異変に気づく。

 なぜか2人は黙ったまま、足をとめていた。

「……部屋、こっちなんだけど」

 そう言うと、2人はハッとした様子で俺を見た後、お互い視線を交わす。

「……2人とも、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

「……大丈夫」

 玲士も桃井さんもそう答えてくれたけど、どこか重苦しい雰囲気に見えた。

「さっき少し話したけど、Aクラスがしてる怪異体験は、Bクラスの子たちを理解するためのもので……つまり、第六感を身に着けるってことだったんだ」

「第六感を身に着ける……」

 玲士が呟く。

「もちろん、そんなことたった2日でできるのか、疑ってはいるよ。でも、ちょっと声みたいなものが聞こえて……」

「いまも聞こえる?」

「いまは……聞こえない。気のせいだったかもしれないし、スタッフが仕組んだ音声だったかも。聞こえたのは、体験してる白い部屋でなんだけど。俺だけじゃなくて、他の子たちも、変な感じなんだ。それがなんなのか確認したくて……」

 説明しながら、白い部屋の前までたどり着く。

 ドアを開けて中に入り込もうとすると、なぜか後ろから思いっきり腕を引かれた。

「ちょっ……玲士?」

 俺の腕を引いたのは玲士だ。珍しく険しい顔をしている。

 桃井さんはというと、少し離れた場所で立ち止まっていた。まるで怖いものでも見ているような表情で、首を横に振っている。

 まさか……見えてるんだろうか。

 玲士は、俺の腕を引いたまま、身を乗り出すようにして部屋を覗き込んだ。

「…………そういうことか」

 なにかわかったのか、玲士は呟くと、部屋には入らずドアを閉めた。

「勇矢、ちょっと場所を変えよう」

「うん。いつも集合する部屋があるから、そこ行く?」

「そこもちょっと微妙かもしれないね。それより人がいなそうな……2階と同じ造りなら、あっちに休憩スペースがあるはずだ」

 普段、集合してる部屋も、いまなら人はいないはずだけど。

「桃井さん、大丈夫?」

 足をとめていた桃井さんを玲士が窺う。

「うん……」

 俺たちは、玲士に促されるようにして、白い部屋や集合場所から離れた休憩スペースにきた。

 3人で近くのイスに座った直後――

「最悪……」

 桃井さんが呟く。

「なに……あの部屋。あんなとこで体験させられてんの? ありえない」

 さすがに演技とは思えなかった。

「なにか……」

 見えたのか、聞こうと思ったけど、桃井さんにキッとにらまれてしまう。

「これでわかったでしょ。どうせ理解できっこない。いま平然としてられるのが証拠よ」

「……ご、ごめん」

 つい勢いに押されて、俺は謝っていた。結局、理解できないんだろうか。

 そんな俺の考えを玲士が否定する。

「いまは……だよ。Aクラスはあそこで怪異体験させられている。体験内容はよくわからないけど『第六感を身に着ける』っていうのが事実なら、もうすぐ平然としてられなくなるかもしれない」

「玲士、俺が聞いた声なんだけど……やめた方がいいとか、やめろって聞こえたんだ」

「うん。あの場所なら、そういう声を聞いてもおかしくない。僕も聞こえた」

 玲士に言われて、体が強張るのを感じた。

 寒いわけじゃないけど、寒い日の朝みたいに体が動かしづらい。

「Aクラスの子は、なんでこんなこと続けているの?」

 桃井さんが、頭を抱えるようにしながら俺に聞く。

「なんでって……みんないろいろ理由はあると思うけど、Bクラスの子たちを理解するためだよ」

「それがもう理解してないのよ。こんなの知りたいだなんて思わなくていい」

 そう言われて、俺は玲士がしてくれた骨折の例えを思い出した。

 理解して欲しいけど、同じ思いをして欲しいとまでは思わない。

 理解したいって思うこと自体、理解が足りないのかもしれない。

 どう答えたらいいのか、わからない俺に代わって、玲士が口を開く。

「だったら桃井さんも、どうせ理解できっこないなんて言わない方がいい。無理して理解しようとするよ」

 玲士は、桃井さんを諭すようにゆっくりした優しい口調で話を続けた。

「城崎さん……気分悪そうにしてたことあったよね。なにか感じ始めてるのかも」

「そんな……」

「自覚はないのかもしれないし、あるけど、桃井さんを理解しようと続けているのかもしれない」

「それじゃあ、私の方があの子を理解してなかったってこと……?」

 悔しそうに顔を歪ませる桃井さんを見て、俺は慌てて口を挟んだ。

「まだ決まったわけじゃないよ。俺たち、ニセモノだけど、結構ホントに怖い体験してたから。玲士や桃井さんが実際に味わってる怖さに比べたら、なんてことないのかもしれないけど、第六感とか関係なく、気分が悪くなってもおかしくないような……そういう体験してたんだ」

「それで……あんなの普段、体験してないでしょって、春香は私に言ったわけね。いったい、なにさせられてるの?」

 それを言っていいんだろうか。

 萩野さんにとめられてるからじゃない。

 玲士たちが倒している相手が俺らだってわかったら、玲士たちはどう思うだろう。

 次は怪異を倒しづらくなるんじゃないか。

「……Bクラスは、怪異と遭遇したときの対処法と撃退法を体験してる」

 俺が言い迷っているからか、玲士が先にそう教えてくれた。

「それ……楽しい?」

「うーん……結構、楽しいよ。題材になってる怪異は、ちょっと大げさで、ありえないものだから、ホラーゲーム感覚で気兼ねなく倒せるし。こんなので対処法になってるのかわかんないけど、同じ立場の子が背中を押してくれるから心強いし。怪異を倒せたっていう達成感もある」

 俺だって、怪異を倒す側ならきっと楽しんでいた。

 Aクラスでは、第六感を学ぶ。

 Bクラスでは、怪異に立ち向かうための勇気を学ぶってことだろう。

「……勇矢、教えてよ」

「言わない方がいいって、言われてる」

「わかってる。でも僕も言っちゃったし、なにも聞いてないフリするよ」

 たぶんまだ、どうして言ったらいけないのか、玲士はわかってない。

 知って辛くなるのは玲士だ。

 でも、玲士の頼みを断りたくはないし、知って欲しい気持ちもある。

「……俺たち、同じ場所にいるかもしれない」

 結局、俺は黙っていられなくて、告げることにした。

「同じ場所? 同じ体験をしてるってこと? 一緒に動いてる子の誰かがAクラス?」

 桃井さんに聞かれて、俺は首を横に振る。

「もしそうなら、AクラスとBクラスで、体験内容を口止めしたりしないよ。俺たち……怪異を体験させられてるんだ。怪異側……なんだよ」

「え……?」

 すぐには理解できないのか、玲士が眉をひそめる。

「花子さんになって騒がれたり、目を潰されたり、焼かれたり……」

 そこまで伝えると、やっとわかってくれたみたいだけど、2人の顔が、ますます険しくなった。

「もしかして、人体模型も……?」

 人体模型についてはまだ話していない。それなのに、桃井さんが口にする。

 やっぱり、そうなんだ。

「僕が楽しんで……倒してた相手が……勇矢たち……?」

「何人かは、中身のないただのプログラムだと思うけど。立場的には、やる側とやられる側……みたい」

「……そんなひどいことになってたなんて。勇矢から『相手に勝ったって言われた』って聞いたとき、少し引っかかってたんだ。ちゃんと考えておけばよかったよ……」

「俺もそっちの立場ならそうしてる。けど……そういうことだから、俺たちは霊とかホラー映像にビビってるわけじゃない。立ち向かってくる人間が、怖かったんだ」

 申し訳なさそうにうつむいてしまう2人を見ていたら、やっぱり話さない方がよかったかもしれないなんて思ったけど、聞いてもらえて少しだけ、ホッとしていた。

「相手は全部プログラムって可能性もあるけど、次は正々堂々、やりあおう! AクラスとBクラスの勝負だって思えばいいよ」

 俺はなんとか明るく振る舞ってみたけど、玲士も桃井さんも、暗いまま。

「思えないよ……」

「じゃあ、約束通り聞かなかったフリしてよ。これで怪異側の気持ちや感覚に近づけるみたいなんだ。その感覚が第六感ってことらしいんだけど……玲士たちはもう、持ってるんだってさ。それを味わってるだけだから気にしなくていい」

「怪異側の感覚と、第六感が同じなのかどうか……よくわからないけど……たとえその感覚を持ってたとしても、ずっと感じてるわけじゃないよ。味わわせていい理由にはならない」

「玲士や桃井さんがやらなくても、他の子やプログラムがやるよ」

 お化け屋敷でお化けが驚かれるのも、ホラーゲームで敵のゾンビが倒されるのも、あたり前のこと。

 そのあたり前を、Bクラスの玲士や桃井さんはしていただけだ。

 この状況をわかってもらえただけでじゅうぶん、俺はもう怖くない。

「その前に……」

 玲士が一呼吸おいて、俺をジッと見ながら口を開く。

「もうやめない?」

「……え?」

「私も思った。春香にはやめさせる」

 ああ、こうなるから、話しちゃダメだったのか。

「……2人があの白い部屋を確認してくれて、引き返すならいまだってよくわかったよ。Aクラスのみんなにもちゃんと伝える。でも、あとちょっとで理解できるってこともわかった。5つすべての怪異体験を正しく終えた子は、特別に6つめの怪異も体験できるかもって言われてるんだ。それって……」

「僕たちがやる体験は5つしか用意されてない。5つの体験をすべて正しく終えたら、Aクラスは、ニセモノじゃない、本当の怪異を体験するって意味だろうね。勇矢が理解しようとしてくれるのは嬉しいけど……嬉しいって思っちゃダメなんだ」

「ダメじゃないよ。玲士、さっき言ったよね。『同じ立場の子が背中を押してくれるから心強い』って。これからは、俺が背中を押せるかもしれない」

 そう伝えて立ち上がる。

「そろそろ戻らないと。そんなに長い間、萩野さんを引きとめてられないかもしれない」

「みんな、やめた方がいい、心が壊れる、後悔してるって言ってるよ」

「みんなって……?」

「あの白い部屋にたくさんいる。これまで同じ経験をしてきた子たちの生霊だと思う」

 たしかにそれなら、あそこにたくさん集まるのも頷ける。

 普段、集合してる部屋にも、その空気が漂っているんだろう。

「それで……玲士も、やめて欲しいって思ってる?」

「……その方が……」

「俺に、わかって欲しくない?」

 玲士は、なにも言わずに視線を逸らした。

 やっぱり本当はわかって欲しいのかもしれない。

「……行こう。そろそろ本当にやばいかも」

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