11 理解するための体験

 時刻は、もうすぐ11時を迎えようとしていた。

「5つめの体験をする前に、確認した方がいいよね。体験が終わっちゃったら、ここへは入れなくなる可能性も高いし……」

 なにより体験を続けるかどうかも、それ次第になりそうだ。

「いまなら、食堂で会えそうだけど、そこで計画の話をするのは難しそうだな」

 智樹の言葉に頷く。

「早めに食事を済ませて、その後、みんなで図書ルームに移動しよう。あそこなら筆記用具もメモ用紙もあるし、筆談できる」

 俺がそう提案すると、みんな賛成するみたいに頷いてくれた。

「とりあえず、玲士に説明しないことには始まらないね。食堂行こう」


 俺たち4人が食堂に向かうと、おそらくBクラスの子たちの姿があった。

「透、あそこにいるの……岬だよね? 啓太もいるよ」

 少し離れた場所に、Bクラスの岬と啓太がいて、ご飯を前に座っている。

 啓太は3回目以降、体験を休んでいるけれど、ここに泊まっているし、食事をしに来たようだ。

「ちょっと話してくる。お前らに協力する前に、こっちはこっちで片づけねぇとな」

「岬のこと、からかわないようにね」

「わかってる。ついでに啓太にも話しとく」

 透が岬の方へと向かった後、俺と智樹と城崎さんは、玲士と桃井さんがいる机に移動した。

「おつかれー。4つめの体験、どうだった?」

 玲士が俺たちを見て尋ねる。

「怖かったよ。でも、詳しいことはなにも話せないからね。全部の体験が終わった後に話すとして……ご飯の後、5回目の体験が始まる前に、みんなで一緒に図書ルーム行かない?」

 話せることも少ないのに、みんなでなんて不自然かもしれない。

 でも、不自然だからこそ、なにか理由があるんだって、思ってくれるに違いない。

「いいよ」

 玲士は、窺うように俺の目を見て頷いた。やっぱり、なにか気づいてくれている。

「みんなでって……それ、私も誘われてる?」

 桃井さんが、俺に尋ねる。

 正直、俺は玲士の言葉だけで信じられるけど、他の子もそうだとは限らない。

 会って間もない子が、俺たちには見えないものが『見える』と言ったところで、普通、疑うだろう。

「桃井さんも、よければ……。城崎さんも来るし、ね?」

「う、うん」

 城崎さんにもカードキーを借りれば、俺と玲士と桃井さんの3人で、5階に行ける。

 詳しいことは図書ルームについてからだ。

 いまは、萩野さんや、Bクラスのスタッフに目をつけられないようにしないと。

「とりあえず、ご飯取ってくるよ」

 玲士と桃井さんは、すでにご飯を持ってきていたけど、Aクラスの俺たちは、ここに来たばかり。

 Bクラスの2人とはすぐに離れたからか、萩野さんや他のスタッフが現れることはなかった。


 昼ご飯を終えた後、予定通り俺たち5人は図書ルームに集まった。

 そこへ透と啓太、岬も合流してくれる。

「さすがにこれだけの人数で固まってると、目立ちそうだな。俺たちは、少しは離れとくよ」

 透はそう言うと、啓太と岬を連れて、別のテーブルについた。

 俺はあたりを見渡して、萩野さんやスタッフがいないのを確認した後、念のため小さい声で、話し始める。

「4回目の体験の後、この体験がどういったものなのか、軽くだけど説明された。Bクラスの子たちを理解するための体験だったよ」

「それはなんとなくわかってたことでしょ。春香もそのつもりで参加してたんだし」

 桃井さんが、当然のことだと言わんばかりに口を挟む。

 たしかにそうなんだけど、もともと思っていたのとは違う。

「もっとちゃんとした意味で理解するってことだったんだ。同じ立場になるっていうか」

「同じ立場って……さすがにそれは無理でしょ」

 もちろん、俺だってそう思ってた。

 最終的なところで、同じにはなれない。

 完全に、理解できることはないんだって。

「詳しい話の前に、確認したいことがあるんだ」

 これ以上は、聞かれちゃまずい。

 どこに盗聴器があるかもわからないし、俺は図書ルームに置いてあったシャーペンとメモ用紙を手に取った。

 口元に人差し指をあて、みんなに静かにするよう伝えると、智樹に目配せする。

 智樹は頷いて、自分のカードキーを玲士の前に差し出した。

「これ……」

『一緒に5階に来て欲しい』

 そう紙に書いて玲士に見せる。

「いいけど、どうして?」

『5階に霊的なものがいるかも。確認したい』

 さらに追加で書き足す。

「……嫌なら断ってくれていいから」

 あそこになにかいるんだとすれば、心霊スポットに連れ出すようなものだ。

 俺たちと違ってちゃんと感じることのできる玲士をそんな場所に連れて行くのは、よくないことなのかもしれない。

 それすら、いまはまだわからないから、断れる余地を残しておく。

 桃井さんは、なにも言わずにただ、少し複雑な表情で玲士と俺を見比べていた。

 決してふざけているわけじゃない。

 それが伝わるかどうかはわからないけど、俺は玲士の目をじっと見つめた。

「……わかったよ」

 玲士はそう言うと、自分のカードキーを智樹の前に置く。

「いいの? まるで利用されてるみたい」

 桃井さんはやっぱり、思うところがあるようだ。

「ち、違うよ。私たちじゃ……わからないから」

 城崎さんが慌てて間に入ってくれる。

「わからなくて、都合よく利用してるんでしょ」

 桃井さんの言うことももっともだ。

 断ってくれてもいいなんて言ったけど、こんな風に頼まれたら、断り辛いだろう。

「ごめん。どうしても……知りたいんだ」

 俺が聞いた声がなんなのか。

 もしかして、玲士の感覚に近づいたのか。

 このあと、5回目の体験をやめた方がいいのか。

「いいよ。利用されてるなんて思ってないしね」

 玲士はそう言うと、目の前に置いてあった智樹のカードキーを手に取った。


「勇矢、話は済んだか?」

 見計らうようにして透と啓太と岬が一緒にこっちへやってくる。

「うん。そっちは、大丈夫?」

「まあ、なんとか……岬、やっぱり知ってたみたい」

 第六感を植えつけるための体験だってことについてだろう。

 岬は、少しふてくされた表情で、透から視線を逸らしていた。

「知ってはいたけど、あくまでウワサだよ。本当にそんなことになるなんて、普通、思わないし……」

「俺もまだ疑ってる。だからお前……玲士っつったか? 頼んだ」

「……えっと。詳しいことはわからないけど、勇矢以外になにか頼まれたの、いつぶりだろう」

 玲士は嬉しそうに笑っていた。

「俺も、頼りにしてるからな」

 そう智樹が言うと――

「わ、私も……」

 城崎さんも、身を乗り出すようにして玲士の背中を押した。

「さすがに僕……頼られ過ぎじゃない?」

「そんなみんなで頼って……1人の意見を全員で信じるわけ?」

 桃井さんは少しつまらなそうに言う。

「信じるよ。疑ってもしょうがない。でも、もしよければ……」

 桃井さんも……そう提案するより早く、桃井さん自ら、カードキーを取り出した。

「……この方が確実でしょ」

「ありがとう」

 城崎さんに視線を向けると、頷きながらカードキーを取り出す。

 これで、智樹と玲士、桃井さんと城崎さんがカードキーを交換したことになる。

「もうすぐ1時か……萩野さん、ロビーかな」

「よし! 岬、啓太! 一緒に行くぞ。とくに岬、いろいろ話聞かせろ」

 透が俺を見てにやりと笑う。

 透と岬は、前に一度、注意されている。もしロビーに萩野さんがいなかったとしても、それらしい話をすれば、すぐに誰か注意しに来てくれるだろう。

「透、いったいなに考えて――」

 岬はあまり理解していないみたいだけど、透が岬の口を手でふさいだ。

「いいから、行くぞ。啓太も手伝え!」

「りょーかい」

 透と啓太に引っ張られていく岬を見ていたら、普段、からかわれていたのも納得してしまう。

 その後ろを、智樹と城崎さんが追いかけてく。

 そうして、5人を見送った後、玲士と桃井さんが、俺を見た。

「……どうする?」

 玲士に聞かれて、俺は念のため、紙に書くことにした。

『5階へ。話はあと』

 2人が頷くのを確認すると、5人から少し遅れるようにして、俺たちは図書ルームを出た。

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