10 きみたちは怪異を理解する
もといた部屋へと戻る足取りが、どこかみんな重いように感じた。
萩野さんがいつものように感想を書きこむための紙を配る。
「……さて。4つめの怪異体験を終えたわけですが、最後の体験をする前に、これまでもらっていた質問について、少しお話します」
言いたいことは、その場で言わずに紙に書き込んでいた。
たぶんみんなそうだろう。
ここにきて、それの返事をしてくれるようだ。
「なぜ怪異側なのかということですが……事前アンケートの参加理由で、第六感を知りたい、理解したいといった考えの子が多くいることがわかりました。第六感を持つ子たちが普段、味わっているような怪異を疑似体験することもひとつの手ですが、それではただのホラー映像です。第六感を持つ彼らの感覚を、本当に理解することは難しい。そこで我々は考えました。同じ状況ではなく、怪異の立場になることこそが、感覚を知る近道だと」
4つめの怪異体験の余韻が残っているせいか、萩野さんの説明が頭に入ってこない。
うまく理解できないでいると、智樹が軽く手をあげて質問した。
「よくわかんないんですけど、第六感を持ってるやつらは、いま俺たちが味わってるみたいな感覚でいるってことですか?」
「まったく同じとは言いませんが、近いものを持っていることでしょう」
「やってることは、全然違うのに?」
よく理解できないままだったけど、俺はつい反射的に突っ込んでしまう。
「怪異を見ちゃうのと、怪異そのものになるのとでは、全然違いますよね?」
そう付け足すと、萩野さんは俺たち5人を見渡した。
「きみたちが新しい感覚を理解することは難しい。一方、第六感を持つ彼らのほとんどは、生まれつき『怪異に似た感覚』を持ち合わせている……だから怪異を感じることができる……つまり、怪異が持つ感覚を理解することが、彼らを理解することに繋がるのです」
萩野さんの言葉は、わかりそうでわからない説明だった。
玲士たちが怪異を感じられるのは、怪異と似た感覚を持っているからで。
だから俺たちは、怪異の立場になって、怪異の感覚を知ろうってこと?
「……いま俺が感じているのは、人に対する恐怖だけです」
ちらっと智樹の方を見てみると、俺と同じ意見なのか、大きく頷いてくれていた。
「人に対する恐怖、理不尽な仕打ちに対するやるせなさ。それらを4回の体験で、きみたちは味わってきた。それが日頃、怪異が味わっている感覚です。そうした感覚を積み重ねることで、きみたちは怪異を理解する。そして第六感を持つ子のことも、理解できるようになるでしょう」
反論も質問もできなかったけど、俺はまだ、萩野さんの言葉をちゃんと理解できないでいた。
「……改めて言いますが、無理は禁物です。これ以上、この新しい感覚に触れたくないのであれば、ここで体験をやめた方がいいでしょう。その場合も予定通り、昼食は取ってくれて構いません。図書ルームも自由に使ってください」
俺たちが何も答えられないでいると、萩野さんは、念押しするようにそう言った。
「なにかあれば紙に書いておいてください。すぐに答えが必要なものは、直接聞いてくだされば、個人的に答えることもできますので」
「ちょっと待った」
話を切り上げようとする萩野さんを、智樹が呼び止める。
「一緒に参加してた……浩一くんが3つめの体験から休んでます。5回、体験するより早く、感覚を理解することもあるんですか?」
「もともと持っていたけど忘れていた場合、1回や2回の体験ですぐにその感覚を思い出すこともあるでしょう。浩一くんは、もしかしたらそうだったのかもしれませんね」
「それって……」
「……優秀だった、ということです」
萩野さんはにっこり笑って、そのまま部屋を出て行った。
「……くそっ」
萩野さんが出て行ってすぐ、透が机を叩きながら悔しそうに声をあげた。
「透……?」
「あいつ、わかってて黙ってたんだ!」
なんだかすごく怒ってるみたいで、俺は透のそばへと向かう。
「あいつって、萩野さん?」
「違ぇよ。萩野さんも説明不足だけど、たぶん最初からネタ晴らしできないってだけだ。強制されたわけでもないし、嫌ならやめてもいい。俺の友達……岬だよ。ほら、ご飯のときしゃべってた……俺たち3人で参加して、唯一Bクラスだったやつだ」
そういえば、食堂で話しかけられてたっけ。
「その……岬が透たちを誘ったんだよね?」
「ああ。おもしろい体験ができる施設がある、みんなで参加しようってな。あいつ、これくらいのことじゃビビんないだろって、俺に最後まで体験させようとしてんだ」
「さ、最後まで体験って……」
城崎さんが、恐る恐る尋ねる。
「第六感をわからせようってことだろ。下手すりゃマジで、見えちまうようになるかもしんねぇ」
萩野さんが言っていた『彼らを理解する』という言葉の意味を、いまさらながら正しく理解する。
つまり、俺たちも『第六感を得る』ということだ。
「5つ、体験を正しく終えたら、6つめも体験できるかもって……6つめは、第六感でなにか感じるようになるかもって意味だったんだ……」
俺がそう口にすると、透も智樹も、複雑そうな表情のまま、それでも頷いた。
そういえば、5つの怪異体験に関しては、実際の現象じゃないって言われてたけど、6つめについては、なにも言われていなかったと思い出す。
「たった2日で、第六感が得られるなんてこと、ありえるのかな……」
ありえるのかもしれない……そう思い始めていたけれど、みんなに聞いてみる。
否定して欲しいのか、肯定して欲しいのか、自分でもよくわからなかった。
「ありえねぇとしても、岬が俺に第六感を植えつけようとたくらんでいたことには変わりねぇ」
「岬に関しては、ただ理解して欲しかったってだけじゃない?」
そうなだめようとしたけれど、透は苛立ちを隠せないでいた。
「勇矢の友達はそうなのかもな。けどあいつは違う。俺も啓太も、岬の話、あんまり信じてなかったんだ。本当とか嘘とかどうでもよくて、ただ、聞いたら変な体験とか語ってくるからおかしくて……」
「からかってたのか?」
智樹が真面目なトーンで尋ねる。
透は少しばつが悪そうに視線を逸らしながら頷いた。
「バカにするとか、嘘つき呼ばわりするとか、そういうのはねぇけど、笑ったりはした。あいつ……心の中で、俺たちのこと恨んでたんだ……」
透に悪気はなかった。
ただ、理解が少し足りなくて、岬はもしかしたら、嫌な思いをしていたのかもしれない。
「岬に聞かないとわからないけど。いまからでも寄り添ってあげたら、また仲良くなれるよ」
ほっとけなくて、フォローを入れる。
「寄り添うって……第六感を手に入れるって意味かよ?」
「そうとは言わないよ。他にも寄り添い方はあると思うし」
あって欲しい。
「……まあ、ここまで来たら、続けてやるけどな!」
朝、やめる理由がないって言ってたけど、いまは違う。
このまま続けたら、自分の感覚が変わってしまうかもしれない。
やめてもいい、充分すぎる理由だろう。
「それって意地?」
「意地つーか……岬のこと、からかってたのは事実だし。そんなにやらせたいなら、やってやる」
そう宣言する透の表情は、どこか少し吹っ切れているみたいに見えた。
罪滅ぼしみたいな気持ちになっているのかもしれない。
「結局、岬くんは知ってたってことなのか? この施設の体験が、第六感を得られるようなものだって」
智樹に言われて、透が首を傾げる。
「ネットで調べたとか、なんとなく勘づいてたってとこだろ」
「そういう子って、俺たちより勘も冴えてそうだしね」
俺はそんなことを言いながら、玲士を思い浮かべていた。
玲士も、この怪異体験がどういったものか、気づいてるんだろうか。
「どっちにしろ、こういう感覚だって体験はできるけど、マジで見えたり感じるようになっちゃうやつなんて、ごく一部だろ」
透がそう言った直後、ガタンと大きな物音がして、俺たちはいっせいにそっちへと目を向けた。そこにいた男の子が、急に立ち上がったようだ。
「なんだ、イスの音かよ。ビビらせやがって」
「透くん、さすがにビビりすぎだよ」
「ビビッてねぇし」
透と智樹は、そんなことを言いながら笑っていたけれど、立ち上がった男の子は、どこか暗い顔をしていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
気になって声をかけてみる。
「みんなは……白い部屋でなにか声……聞こえた?」
「え……」
「なにかいる気がする……気のせいかもしれないけど、あんな話聞いた後じゃ……気のせいとも思えない。俺はここでやめておくよ」
そう言いながら、トボトボと部屋を出ていく。
「いやいや、いるわけないし……」
透はそう口にした後、すぐに思い直したのか、
「……マジの話だったりする?」
俺たちに尋ねてきた。
「勇矢くん……言ってたよな。俺がなにも言ってないのに、なにか言ったんじゃないかって……」
「も、もしかして……第六感がつきはじめてるんじゃ……」
智樹、城崎さん、透の視線が俺に突き刺さる。
「……実は昨日の夜、智樹と一緒にあの白い部屋を覗いたんだけど。そのとき、なにか聞こえたのはたしかだよ。あとでもう一度、俺1人で行ってみたんだけど、そのときも、聞こえた」
みんなが少しだけ顔をしかめる。
疑っているのかもしれないし、怖がっているのかもしれない。
「それと……黒い影みたいなものも……」
「そんな簡単に第六感がついてたまるか」
透はそう言いながらも、顔を引きつらせていた。
「俺もそう思う……。施設の人が流してるホログラムとか、音声かもしれない。ゴーグルとヘッドフォンで体験できると思ってたけど、実際は、白い部屋に入った時点でもう、体験は始まってたのかも……」
「もしそうなら、勇矢くんは、怪異になる側と、怪異を見る側……両方、体験してることになるな」
「智樹も、あの場にいたはずだけど……」
あのとき智樹も声を聞いていたなら、スタッフが流した音声だと思えただろう。
もし第六感だとしても、誰かが一緒に聞いてくれたなら、もう少し落ち着いていられたかもしれない。
自分だけ……それがいかに孤独であるかを理解する。
声が聞こえなくても、見えなくても、なにか感じたりしていないだろうか。
「透は、大丈夫? 体験の後、青ざめてたけど……」
「それは……ちょっとは怖かったし、寒気がしただけで」
「そ、その寒気……霊的なものじゃ……」
城崎さんがそう言うと、透の顔がまた青ざめていく。
「やめろって。そういう冗談」
「ご、ごめん……でも……」
たぶん、冗談なんかじゃない。
「俺は声が聞こえた。城崎さんは……気分悪くなってたよね? 透は青ざめてた。智樹は? なにかない?」
「……あんなの体験したら気分悪くなるのも当然だし、体が強張るくらい普通だろ」
普通だと思ってた。けど、自覚がないだけで、霊の影響だとしたら……。
「気にし過ぎかもしれないよ。でも、みんななにか感じてる。来なくなった子たちも、なにか感じてたのかもしれない。なにを感じているのか確認して、引き返すなら、いましかないのかも……」
3人とも、俺をからかうことなく、頷いてくれた。
「でも、確認って、どうするんだ?」
智樹が尋ねる。
「俺らじゃ判断できないけど、Bクラスの子ならわかると思うんだ。あの部屋になにかいるのか、確認してくれたら……! 声も、もっとはっきり聞こえるかもしれない」
「Bクラスの子は、5階に来れないぞ」
智樹の言う通り、俺たちが持つカードキーがないと5階へは来れない。
玲士のカードキーしか確認していないけど、泊まりで来ているBクラスの子のカードキーは、たぶん1階と2階と3階専用だ。
「ここにいる誰かが協力してくれたら、Bクラスの玲士を、5階に連れてこれる。誰かのカードキーを借りるんだ。もちろん俺が貸してもいいんだけど、できれば、俺がこの状況を説明したい」
「そういうことか。それなら俺が貸すよ。1階と4階と5階に行ける」
智樹がカードキーを取り出す。
「ありがとう。あとは、どうにか萩野さんに見つからないようにしないと。人数も少ないし、普段いない子が5階にいたら、たぶんすぐバレちゃうよね……」
「よし、その役、俺に任せろ! 1階で萩野さんに質問とかしまくって、引きとめてやる!」
透が、やる気満々と言った様子で名乗り出てくれる。
「わ、私も、続けていいのか迷ってるし、萩野さんに相談すれば、少しは引きとめられるかも」
「それじゃあ俺も、カードキーを渡したら透くんたちと一緒にいるよ」
「ありがとう」
3人いれば、なんとかなるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます