8 本当の怪異だったら

 玲士と智樹と俺の3人で、エレベーターに乗る。

 一足先に3階で降りる玲士を見送った後――

「智樹……5階、行かない? ちょっとたしかめたいことがあるんだけど」

 俺は、そう智樹を誘った。

「いいけど、たしかめたいことって?」

「3回目の体験のとき、1人、部屋に入ろうとして、いきなりやめた子いただろ? 覚えてる?」

「ああ。覚えてる」

「なにか、いたんじゃないかな」

「なるほど。確認しよう!」

 やっぱり、智樹も怪異にはかなり興味があるようだ。すぐに食いついてくれる。

「それとあそこなら、体験のことも、堂々としゃべれるからさ」

「Bクラスの子がいそうな場所だと、しゃべりにくいもんな」

 夕飯を済ませたばかりで、時刻はまだ8時前。いまなら早く部屋に戻れと怒られることもないだろう。

 俺は智樹と5階に向かった。


 白い部屋にカギはかかっていなくて、俺たちは問題なく入ることができた。

「うーん……やっぱりなにもないかぁ」

 そもそも3回目の体験でここを使っているんだけど。

「いきなりやめた子もAクラスだから、感じないはずだよな? 事前アンケートで、隠してたのか?」

 智樹はそう言いながら、真っ白い部屋の中を見渡す。

「自分の第六感は、勘違いかもって思ってたとか。他にも、Aクラスだけど自覚がないだけって子が、いるかもしれない」

「なるほどな」

 それから俺は、もうひとつ、智樹を連れて来た理由……Bクラスの子たちの前では話せない、体験のことを切り出すことにした。

「あの……さっきは言えなかったけど、Bクラスの子たち、怪異をやっつける側なんじゃないかな」

 俺がそう告げると、一瞬、驚いているみたいだったけど、すぐに納得したようだ。

「だから怖がってないのか。ホラーゲームみたいなもんだって言ってたしな」

「それで、もしかしたら、俺と智樹が同じ場所にいたように、あそこにいたって可能性もあると思うんだけど」

 智樹が眉をひそめる。

「俺たちを倒しに来てるのが、Bクラスのやつらってこと?」

「それなら、Bクラスの子に体験内容を話せないのも、納得だろ。怪異の中身が実際に怪異体験してる子たちだなんて、知っちゃったらBクラスの子も気を使うだろうし」

 ルールとかそういう問題じゃなく、Bクラスの子には言えそうもない。

「ちょっと話しただけで、わざわざ注意しにくるくらいだし、なにか理由があるとは思ってたけど……」

「あ、でも、玲士がBクラスは5人しかいないって言ってたんだよね。だからもし、同じ場所に来てたとしても、何人かは、プログラムだと思う。怪異の倒し方とか、プログラムが誘導してるのかも」

「誘導されてたとしても、中身が本物の人だと思うと……怖いな……」

 智樹に言われて、俺は小さく頷いた。

「怖いけど、もし俺たちが逆の立場だったら、同じことしてたよね?」

 花子さんを探して、指示されたように石膏像を壊して、肖像画を燃やすことに、抵抗はあっただろうか。

「ああ……お化け屋敷で、それがミッションだって言われたら……」

 智樹は、少し迷いながらも頷いた。

「やるだろうし、たぶん勝ったって思う。相手は作られた怪異だからな」

 きっと悪意はない。悪意がないから、怖いのか。

 俯いてしまう智樹を見て、言わない方がよかったかもしれないと、少し後悔した。

「ごめん、智樹。変なこと言って。そうかもしれないって思ったら、つい言いたくなっちゃって……でも、さすがにBクラスの子には、言えないし」

「いや、それを聞いて納得したよ。知らないままの方が、気になるしな。勇矢くんが言い出してなくても、いずれれクラスの誰かから、聞き出してたかもしれない」

 智樹は、クラスでも一番最初に、みんなに意見を求めて発言していた。

 気になったことは、追及したくなるタイプなのかもしれない。

 やっぱり智樹に話してよかったかも。

「たしかめたいことも、結局なにもわかんなくて、付き合わせちゃったけど」

「遠慮しなくていい。けど、これはわかるやつを連れて来ないと、わからないよなぁ」

 Bクラスの子を連れてくるわけにはいかないし、Aクラスの中に隠れてる第六感持ちを探すのも難しい。

「とりあえず、今日はもう、戻ろうか。付き合ってくれてありがとう」

「そうだな」

 智樹が部屋を出ていく後を、俺もついてく。

 そのとき―

「……ヤメタ……イ……」

 なにか耳元で声をかけられた気がして振り返る。

 振り返った先にはなにもいない。

「智樹? なにか言った?」

「なにかって?」

「なんか……ヤメタ……って……」

「ヤメタ? そんなこと言ってないけど」

 たしかに、智樹の声じゃなかった。もっとか細い声。そもそも智樹がいるのは前で、声が聞こえてきたのは後ろ……部屋の中だ。

「別の部屋で誰かがしゃべってんのかな」

 俺たちは、すべての部屋を把握してるわけじゃない。

「ホウ……イイ……」

 また、小さい声だけど、たしかに聞こえた。

 まるで自分に言われているみたいな距離感。ただの耳鳴りか?

「……まあいいや。戻ろう」

 なんだか不気味で、俺は智樹を急かすようにして、5階をあとにした。


 智樹と別れて部屋に戻ると、俺は持参してきたノートにも、体験した怪異をメモしておくことにした。

 普段、玲士から聞いた体験は、ノートにメモらせてもらっている。

 だいたいそのまま、怪談の台本として、放送に使うんだけど――

「玲士に頼り過ぎなんだよなぁ……」

 俺自身が体験した怪異を、怖く楽しく伝えられたら。

 たとえニセモノの体験だったとしても、ここで怖い経験をしたことには変わりない。


 そうして、怪異体験を書きとめた後、思い出したのは、白い部屋で聞いた声だった。

 ヤメタ……イ。ホウ……イイ。

 たしかに聞こえた気がする。

 それなのに、なんで俺はもっと追及しなかったんだろう。

 怖かったから?

 玲士がいつも聞いてる声かもしれないのに。

 玲士を理解できるチャンスだったのに。

 玲士が話していた骨折の話みたい。

 気持ちは理解したいけど、実際、骨を折りたいわけじゃない。

 その証拠に、いますぐにでも部屋を飛び出して、また5階に向かえばいいのに、俺の足は動かない。

 もう夜だし。

 自由に動いていいかわからないし。

 そうやって、言い訳ばっか考えてしまう。


 そのときだった。

 リーン! リーン!

「……っ!」

 部屋の電話が鳴り響く。

 突然のことで、自分の体が跳ね上がった。

 まともに声を出すことも出来ず、息をのむ。

 スタッフからの連絡か。

 ちゃんと部屋にいるか、確認だろうか。

 やっぱり、時間外に5階に行ったことを注意されるんだろうか。

 心臓をバクつかせながら、受話器を手に取る。

「……もしもし」

『もしもし? 勇矢?』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、玲士の声だった。

 スタッフからの注意じゃなくてホッとする。

「電話番号、わかったの?」

『部屋番号、覚えてたから、試しに押してみたらかかったよ』

「そっか。そうだったんだ」

『明日の朝ご飯、時間決めてなかったけど、一緒に食べようよ』

「うん。えっと、8時くらいかな」

『そうしよう』

 なんてことない会話だったけど、玲士の声を聞いた俺は、なんだか後ろめたくなった。

「あのさ。玲士……無理しないでって言ってくれたよね?」

『うん。言ったね』

 やめた方がいいとは言われてない。

『勇矢……なにか、きついことでもあった? 怖くなったとか』

 怖い。

 怖いけど、逃げたくない。

「ううん。大丈夫」

 ここでやめたら、きっと玲士はがっかりする。

「大丈夫だよ。明日も、楽しもう」

『うん。じゃあ、また明日ね』

 そもそも、すべて体験したからといって、理解できると決まったわけじゃない。

 寄り添うだけで、実際、第六感が身につくわけじゃない。

 そう思っていたけど……身につくんだろうか。

 電話を切ると、俺は部屋を飛び出した。


 時刻は夜の9時を回っていた。

 5階の電気は消えていて薄暗い。

 非常灯だけがついているみたい。

 薄暗い中、俺は白い部屋へと向かう。

 カギはかかっていなくて、ドアノブは問題なく開いた。

 中を覗き込むと、薄暗い部屋の中に、ぼんやりと黒い影のようなものを見つける。

「あ……」

 ここの施設は、最先端の技術が使われている。

 ホログラムってやつなのかもしれない。

 でも、もしかしたら……。

 ここで逃げるわけにはいかない。

 俺は、1歩、2歩、その影に近づいていく。

 しゃべりかけていいんだろうか。

 霊の対処法は?

 玲士に聞いておけばよかった。

 やっぱり、理解が足りなかったと自覚する。

「ヤメテ……ヤメタ、ホウガイイ」

 また、なにか聞こえて、俺はあたりを見渡した。

 どこから聞こえる声なのか、わからない。

「……なにを、やめた方がいいの?」

 俺は、誰のものかわからない声に応える。

 相手に『聞こえてる』って教えてやる。

 だからもっと、理解させて欲しい。

「タイケン……ヤメタホウガイイ……」

「体験? 怪異体験のこと?」

「コウカイ……スル……ニゲロ……」

 どうやら忠告してくれているらしい。

 でも、知らない誰かの言葉を聞くより、俺は玲士を理解したい。

「逃げたら……後悔する」

 後悔してるから、いまこうしてここに来てるんだ。

「ヤメロ。ヤメテオケ。ヤメロ。ニゲテ。ニゲロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロニゲロヤメロヤメロヤメロ」

 立て続けに、頭に声が響いてくる。

「う……う……うるさい!」

 どう反論すればいいのかわからなくて、つい大きな声をあげてしまう。

 黒い影は、揺らめくだけ。

 逃げてもいいって、玲士なら言ってくれるだろう。

 わかってる。

 わかってるけど、逃げたくないのは、俺の意地だ。

「明日また来る。全部体験する。5つ体験して、6つ目も体験する!」

 俺は、そう黒い影と声に宣言した。


 白い部屋を出て、4階の自室に戻る。

 怪異体験は、いまも続いているのかもしれない。

 でももし、これが本当の怪異だったら。

 俺は玲士を理解できたんだろうか。

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