2 5つの怪異体験

 2週間後、8月に入ってすぐのこと。

 朝ご飯を済ませた俺は、玲士と一緒に怪異体験ができる施設に向かった。

 電車とバスを使って家から1時間くらい。

 施設には、申し込みをするタイミングで、俺の母親と、玲士の母親と、俺と玲士の4人で一度、来ていた。ネットでも申し込みできたけど、直接、来ておいた方が、親も安心らしい。

 2回目ということもあって、迷うことはなかったけど、今日は玲士と2人きり。

「なんかちょっと緊張してきたかも……」

 バスに揺られながら、隣に座る玲士に声をかける。

「怪異体験?」

「それもだけど、こんな風に子どもだけで泊まることないからさ」

 期間は一泊二日……泊まりで体験するか、自宅から通うか選べたけれど、俺も玲士も親の許可をもらって、泊まりで体験する予定になっていた。

「緊張って言っても、わくわくしてるんだけどね」

「僕も、わくわくしてるよ。友達とどこか出かけたりすることもあんまりなかったから、嬉しいし。ただ……申し込みのときの質問は、ちょっと気になってるかな」

 玲士に言われて思い出す。

 住所や必要事項以外にも、簡単な質問に答えさせられたのだ。

 泊まりか、それとも自宅から通うか。これは、もちろん理解できる。

 必要な質問だ。

 もう1つ。

 第六感……通常、人が持たない霊的なものを察知する感覚を持っているか、霊的体験をしたことがあるか。

 俺は素直にないって答えておいた。

「玲士、どう答えた? 六感のとこ」

「嘘つくのもなんだし、感じる、見えるってところにチェック入れておいたよ。やっぱり、今回の体験になにか関係あんのかな」

「モニターだから、感じ方の違いとか、分けて情報収集したい……とか?」

「うーん。隠しておいた方がラクだったかな」

 玲士が少し、めんどくさそうにため息を漏らす。

「もし嫌なこと聞きまくってくるようなら黙っとこ。全部素直に話す必要ないよ」

「うん。そうする」

 その質問の答えが重要な意味を持つと知ったのは、もう少し先のことだった。


 バス停から施設までは歩いて3分ほど。

 木が生い茂る山道を抜けると、大きな白い建物がすぐ視界に入る。

 入り口付近に眼鏡をかけた長身のおじさんが立っていて、俺たちを出迎えてくれた。

「体験に来た子たちだね。待ってたよ」

「よろしくお願い致します」

「お願いします」

 俺と玲士が答えると、おじさんは、にっこり笑って施設内へと案内してくれた。


「それじゃあ、名前を教えてもらえるかな」

 受付へと移動した後、おじさんに聞かれて口を開く。

「月山勇矢です」

「月山勇矢くん。きみは4階だね。401号室。そこがきみの泊まる部屋だ」

「川中玲士です」

「川中玲士くん。きみは3階だね。302号室だ」

「え……」

 俺と玲士の声が重なる。

 あたり前のように近い部屋に泊まれると思っていたけど、まさか階まで違うなんて。

「そこのエレベーターからどうぞ。部屋についたら、机の上に置いてある紙に目を通してね。カードキーに書かれた階にだけ行けるから、書かれていない階は入れないからね」

 カードキーを受け取ると、俺たちは、おじさんに見送られながらエレベーターに乗り込んだ。

「離れちゃったね。僕が行けるのは、1階と2階と3階みたい。勇矢は?」

「俺は1階と4階と5階。まあ、部屋は泊まるだけだし……また1階で会おう」

 そう約束して、俺は一足先にエレベーターを降りていく玲士を見送った。


 4階につくと、エレベーターを降りたすぐそこに、ゲートみたいなものが設置されていた。CDショップの入り口なんかで見かける万引き防止のゲートみたい。

『カードキーを確認しました』

 ゲートを通る瞬間、音声が流れる。こっそりカードキーに書かれてる以外の階に行くってことも、難しそうだ。

 部屋は1人用で少し狭いけど、ベッドもトイレも風呂場もある。

「あ、紙を見ないといけないんだっけ」

 机の上に置かれていた紙には、昼食や夕飯の時間、消灯時間の説明なんかが書かれていた。他には施設内の地図と、このあとの指示――

「午前10時までに5階のAルーム……」

 部屋の時計を確認してみると、9時45を少し過ぎていた。玲士と会っている余裕はなさそうだ。

 俺は地図を手に、Aルームへと向かうことにした。


 エレベーターで5階に降りてすぐ、ゲートの先にAと書いてあるドアを見つける。

 中は、学校の教室みたいに、机やイスが並んでいた。

 知らない男の子が1人と、女の子が1人。同い年くらいか。

 ひとまず俺は、その子たちから少し離れた席につくことにした。

 そうして1人、また1人、俺と同い年くらいの子たちがやってくる。

 友達同士みたいな子もいた。

 俺は、玲士が来るのを待ちながら、壁の時計に目を向ける。

 10時になると、30代半ばに見えるスーツを着た男性が、タブレットを手に部屋へと入ってきた。

「みんな集まっているようですね」

 部屋の中を見渡しながら、そう告げる。

 俺も見渡してみるけれど、いるのは俺の知らない子たちばかり10人。

 みんな中学生か……さすがに高校生はいなそうだ。

「あの、一緒に来た友達がまだ来てないみたいなんですけど」

 俺は軽く手をあげて、スーツの男の人に伝える。

「友達……名前を教えてもらえますか?」

「川中玲士です」

「玲士くんは……別の部屋ですね」

 スーツの男は、持っていたタブレットを指先で操作しながらそう言った。

「え……」

「いまここにいるきみたちはAクラス。いない子はBクラスです」

「そんな……」

 玲士と一緒に体験できると思ってたのに、そういうことでもないらしい。

 そういえば『僕が行けるのは、1階と2階と3階みたい』って、玲士が話していたのを思い出す。

 俺は、1階と4階と5階しか行けないから、会えるのは1階だけだ。

 玲士が泊まるのは3階だから、Bクラスの体験は、2階で行われるのかもしれない。

「Aクラスを担当する萩野です。他にも、わからないことがあれば僕に聞いてください」

 萩野と名乗ったスーツの男が、優しそうな笑みを浮かべる。

 このタイミングで、他に質問する子は誰もいないようだ。

「きみたちには、これから2日間で5つの怪異を体験してもらいます。ただし強制ではないので、好きな回を選んで参加することもできます。5つすべての怪異体験を正しく終えた子は、特別に6つめの怪異も体験できるかもしれません。すべて体験したい子は休まないように来てください」

 せっかく参加できるのに、休むなんてもったいない。俺は全部参加するつもりだ。

「ちなみに、この5つの怪異体験は、実際の現象ではないので安心してください。ちょっと物足りなく思うかもしれませんが、楽しめるものになっているはずです」

 だいたい事前に案内されていた内容通りだけど、これだけじゃよくわからない。

「まず一度、体験してみましょう。みなさん、ついてきてください」

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