六感プログラム
律斗
1 相棒になってよ
「忘れ物を取りに学校へ戻ると、いつもは閉まっている旧校舎の扉がなぜか数センチだけ開いていたそうです。引き寄せられるようにして、隙間から中をのぞくと――」
一呼吸おいて、オチを告げようとしたときだった。
突然、放送室の扉がバーンと大きな音を立てて開く。
飛び込んできたのはジャージ姿の男……遠井先生だ。
遠井先生は、何も言わずにマイクの電源をオフにした。
「いいとこだったのに!」
「月山……! 給食中に怪談はやめろと度言えば!」
中学で念願の放送部員になった俺は、大好きな怪談を週1回、火曜の給食時間に全校放送していた。
5月から複数回続けてきた俺の放送は――
「どうにかして欲しいって、たくさん意見がきてるんだぞ」
担任でもあり放送部の顧問でもある遠井先生いわく、かなり不評らしい。
怖いものが苦手な子もいるんだって、こないださんざん言われたところだ。
「オチまで言わせてくれたら怖くなかったのに」
「なに……?」
「隙間から中をのぞくと、なんとかわいらしい猫ちゃんが」
用意していたオチを口にすると、すぐ近くで成り行きを見守っていた友人、玲士が『んにゃ~』と猫の鳴き声を真似してみせた。
「猫が鳴いたら怖くなくなるでしょ。玲士の猫ものまね、披露しそこねちゃったじゃん」
玲士は怯んだ様子の遠井先生を、ちらっと確認しながら、
「あのタイミングで、いきなりドアの音立てられる方が怖いです」
そう冷静に分析する。
「そ、それは先生も悪かったが……こういうことが続くようなら、2学期は、放送メンバーから外すぞ」
「そんなぁ。ただの体験談なのに」
「今日のはまだしも、いつもの怪談は創作だろう?」
ありえないとでも言うように、遠井先生が苦笑いする。
「少しアレンジしてるけど、いつものだって本当だよ。全部、玲士が……!」
体験したことだって言いかけたところで、玲士が笑っていないことに気づいた。
「とりあえず今日の放送は、音楽だけかけておけ」
遠井先生が話を切り上げて部屋を出ていく。
俺たちは、言われた通り音楽をかけると、持ってきていた給食のカレーを口に運んだ。
「まあ、苦手な人もいるだろうし、さすがにそろそろ遠井先生の言うこと、聞いておいた方がよさそうだね」
玲士にそう言われたら、これ以上、俺の勝手を通すわけにもいかない。
「うん……」
「……誰も信じてないし」
「……霊のこと?」
「うん。遠井先生も信じてない」
「遠井先生が信じてないのは俺だよ。俺の怪談は作り話だって思ってるだけ。それに、俺は信じてるよ。霊のことも、玲士のこともね」
そう伝えると、玲士は俺を見て笑った。
「勇矢が、小学生の頃から近くにいてくれてたらなぁ」
笑いながら話していたけれど、それが冗談じゃないことを俺は知っていた。
中学に入学してすぐのこと――
玲士は孤立していた。
はじめは1人が好きな子なのかと思っていたけど、1週間もすればだいたい気づく。
なんとなく避けられていて、それを見た別の子も、玲士を避けて。
それが広がっていったんだと思う。
避けられてた理由を、玲士と同じ小学校だった子が俺に教えてくれた。
「あいつ、霊が見えるとか嘘ついて、人の気引こうとしてるんだよ」
「それ、嘘なの?」
「嘘に決まってんだろ。本当だとしても、それはそれで気持ち悪くね?」
嘘なら嘘でおもしろいし、本当ならなおさら興味ある。
だから俺は、玲士に声をかけてみた。
「ねぇ、霊が見えるって聞いたんだけど、どういうこと? 教えてくれる?」
玲士は、突然俺に話しかけられて、最初は警戒してるみたいだったけど、次の日も、その次の日も、あまりにもしつこく俺が聞くもんだから、しぶしぶ教えてくれた。
これまで玲士が見てきたもの、体験してきたこと。
「……気持ち悪いでしょ」
「なんで?」
「みんな……僕のこと気持ち悪いって思ってる」
「みんなが見えないもん見えるとか、すごいよ」
感心する俺を見て、玲士は笑った。
玲士の笑顔を見たのは、その日がはじめてだった。
「……聞いてくれて、ありがとう」
玲士は、誰かに聞いて欲しかったんだ。
俺はそんな玲士の話を、誰かに伝えたいと思った。
「ねぇ、玲士。怪談師って知ってる?」
「怪談師?」
「うん。取材で人から集めた心霊体験とか怪異体験を、うまくまとめてライブで話したりする人。つまり怪談でみんなを楽しませてくれる人のことなんだけど」
「ああ、いるね。そういう人」
玲士は、それほど興味があるようには見えなかったけど、嫌というわけでもなさそうだった。
「最近は会場を借りて行うライブだけじゃなくて、動画配信している人も多いんだけど。俺……実は結構、憧れてんだよね」
「ふぅん」
「玲士、相棒になってよ」
そう告げながら、手を差し出す。
「……は? いきなりすぎてついてけないんだけど。なんの相棒?」
「怪談師の相棒。だんだんついてきてくれたらいいよ。とりあえず、これからもたくさん、俺に玲士の話、聞かせてくれってこと」
玲士は、まだよくわかっていないみたいだったけど、それでも、笑いながら俺の手を取ってくれた。
そんな俺たちが、放送部で怪談師もどきのことをはじめて、2か月半。
1学期最後の放送は、消化不良で終わってしまう。
「いまさらみんなに理解されようだなんて思ってないけどね」
玲士は、放送の音楽に紛れるようにして、小さく独り言のように呟いた。
俺はちゃんと玲士のこと理解してる。
……そう言いたかったけど、言わないでおいた。
俺は玲士のことを理解できていない。
玲士と違って霊なんて感じないから。
軽々しく、わかってるだなんて言っちゃいけない。
どうしたら玲士のこと、ちゃんと理解できるんだろう……そう思って、実は数日前から考えていたことがある。
「あのさ、玲士。もうすぐ夏休みじゃん? 俺……怪異体験できるって噂の施設に行ってみようと思うんだ」
「怪異体験? それって、その施設が心霊スポットってこと?」
玲士は疑うように顔を歪める。
「違うよ。ネットで怪談師が紹介してたんだ。本物の怪異じゃなくて『疑似的に体験できる最先端の施設』なんだって」
そもそも俺は心霊スポットに行ったところで、霊感もないし怪異体験できない。
「詳しいことはよくわかんないけど、夏休み期間中、モニター……っていうの? その施設で体験してみて、感想とか言ってくれる子どもを募集してるらしいんだ」
「軽い気持ちで心霊スポットとか行くのはよくないと思うけど。本物じゃないなら……でも、どんなことするんだろう」
「なんかVR……とかいうので、ゴーグルはめて見たりして、怪異を再現してくれるっぽい。ちょっとリアルなホラーゲームだったり、最先端のお化け屋敷って感じかな」
「ああ、そういう感じね。それなら、なんとなくイメージできたかも」
「モニターだから無料みたいだし。ちょっと楽しそうじゃん?」
「でも、それで怪異体験って……」
玲士の言いたいことも、なんとなくわかる。
結局、ゲームをしたり、お化け屋敷に入るだけだ。
「俺……なんも感じないからさ。普段、玲士が見てる景色がどんなもんか、とりあえずニセモノでも、味わってみようかなって」
もちろんそれで、すべてをわかった気になるつもりはないけど。
「……それ、僕も行こうかな」
「え……?」
「本物とどう違うか、僕ならわかるし。勇矢に教えられるよ」
「ありがとう! 玲士が一緒なら、心強いよ」
怖い場所に行くわけじゃないけど、やっぱり知らない施設だし、1人は不安だ。
「あとでちゃんとした情報、教えて。申し込んだりするんだよね?」
「うん。うわー、わくわくしてきたー!」
俺は、ついさっき遠井先生に注意されたことも忘れて、すっかり夏休みの予定に夢中になっていた。
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