第38話 潰えた野望

「お前の父もこうして死んでいった。愚かな奴だ」


 最後にアレシュが握っていた書簡を取り返すと、デルフィーノ侯爵はその場を後にしようとした。


 デルフィーノ侯爵がその場を後にしようとした瞬間、アレシュは最後の力を振り絞って侯爵の足首を掴んだ。


「まだ……終わっていない……」


 侯爵は驚き、振り返った。


「何だと?」


 その時、カインとミレナが駆けつけた。ミレナはアレシュの姿を見て泣きながら彼にすがりついた。


「アレシュ、大丈夫?しっかりして!」


 ミレナはすぐに回復魔法を唱え始めた。彼女の手から温かい光が放たれ、アレシュの傷口が徐々に癒えていく。


「お願い、アレシュ、耐えて……」


 その間、デルフィーノ侯爵は驚きと苛立ちを隠せず、カインを問い詰めた。


「なぜここがわかったのか?」


 カインは冷静に答えた。


「アレシュに発信器をつけていたんですよ。彼ひとりで行かせる訳がないでしょう」


 侯爵は顔を歪め悔しそうなうなり声を口から漏らした。


 カインはさらに続けた。


「そして、崩壊石はすでにギルドの手に渡りました。いずれ解析を終え、無力化されるでしょう。もうあなたの手には届かない」


 デルフィーノ侯爵はその言葉に愕然とし、顔色を変えた。


「何だと……」


「あなたの計画は潰えた。軍事転用して自分の地位を確固たるものにする目的も、もう果たせない。」


 侯爵は怒りに震えながら、


「貴様ら…」


 と呟いたが、この場では多勢に無勢と見て、何も言えなくなった。


 アレシュは痛みに耐えながらも、微笑みを浮かべた。


「これで……父さんの遺志を……守れた……」


 ミレナは涙を流しながら、


「アレシュ、よく頑張ったわ。今は休んで。」


 と彼を励ました。


 それを横目にデルフィーノ侯爵は笑いながら、アレシュたちを見下ろした。


「平民風情に私を裁けると思うのか? 一体どうするつもりだ?」


 カインは表情を崩さなかった。彼には最後の切り札があったのだ。


「あなたがエアハルトを殺したという自白を、アレシュも私たちも聞きました。書簡でははっきりしなかった殺意が、証明されたのです。ですから私たちはあなたの企みと殺人を議会にかけます。その行動が神の名の下に本当に正しい者か……ね」


「馬鹿め、平民が議会に出入り出来るものか!」


「ええ、ですから妃殿下に口添えをお願いいたします。妃殿下と私のパトロン、パルヴィア伯爵夫人は懇意なのでね」


 その言葉を聞いて、デルフィーノ侯爵は愕然とした表情を浮かべた。


「何だと……?」


 カインは続けた。


「あなたの悪事はもう隠せません。私たちはあなたを裁くことができるのです」


 デルフィーノ侯爵はその場に立ち尽くし、俯いた。彼の計画は完全に潰え、逃げ場がなくなったことを悟った。


 しかし、やけになった彼は最後の手段に出ることを決意した。


「貴様ら…全員地獄に落ちろ!」


 デルフィーノ侯爵は懐からスクロールを取り出す。それは複雑な魔法陣で、強大な破壊力を持つと言われているものだった。彼はその魔法陣に魔力を注ぎ、呪文を唱え始めた。


「これで終わりだ!」


 カインとミレナはその危険を察知し、すぐに防御の準備を始めた。ミレナはアレシュを守るために彼の前に立ち、カインはデルフィーノ侯爵に向かって叫んだ。


「やめろ、デルフィーノ!」魔法陣が光り輝き、強力な魔力が放たれようとしたその瞬間、突然、スクロールが燃え上がった。


「何だと…?」


 デルフィーノ侯爵は驚き、手元を見つめた。


 デルフィーノ侯爵の体が炎に包まれ、彼は悲鳴をあげた。地面を転がりながら、彼の体は黒焦げになっていく。


その時、赤いコートの男が倉庫内に現れた。彼は冷静な表情でデルフィーノ侯爵を見下ろしながら言った。


「こいつは我々のことを知りすぎた。利用価値がなくなったので殺した」


 アレシュたちは驚きと警戒の目で男を見つめた。男は続けて言った。


「命が惜しければ、私のことは詮索するな。こちらも崩壊石とやらのことは忘れる」


 その言葉を残し、男は静かにその場を去った。


「こんな……あっけなく」


 ミレナがぽつりと呟く。


「こんな死に方をするなんて」


「アレシュ……これも彼が自分で招いたことだ」


「……そうかもしれませんね」


 消し炭になったデルフィーノ侯爵を見つめ、カイン、ミレナ、そしてアレシュはしばらく黙って立ち尽くしていた。やがて、カインが静かに言った。


「ここを離れよう。我々も危ない」


三人は倉庫を後にした。その後、首都はデルフィーノ侯爵が失踪したという話で持ちきりになったが、彼は見つからなかった。見つかる訳もなかった。




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