第34話 女装……?
アレシュは手渡されたピンクのドレスを手に固まっていた。
「かわいらしすぎないか?」
「実際の侍女の制服だそうよ。大丈夫、アレシュなら似合うわよ。それからこれ」
ミレナがさらにもう一つ手渡したのはフリルいっぱいの女物の下着だった。
「こ、これはさすがにいらないよ!」
アレシュは真っ赤になってそれは拒否した。だが胸に詰め物はされた。
アレシュはすでにどっと押し寄せる疲労感を感じながら、ピンクのドレスに袖を通した。
「あらかわいい」
アレシュはまだ声変わりをしていない。背も高い方ではなく、体毛や骨格も成長途中だ。だから女ものを着てもそこまで違和感はなかった。
「ただ動くと駄目ね。歩き方の練習をしましょう」
「……はぁい」
アレシュはそれからミレナの特訓を受けて、侍女に見えるように練習をした。
特訓を重ねること三日。アレシュはカインの部屋のドアをノックした。
「お飲み物をお持ちしました」
カインは書類に目を通していたが、ドアのノック音に顔を上げた。
「どうぞ」
アレシュは深呼吸をしてから、ドアを開けて部屋に入った。ピンクのドレスがふわりと揺れ、彼の緊張を隠しきれない表情が浮かんでいた。
「お飲み物をお持ちしました、カイン様」
カインは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、アレシュ。君が持ってきてくれるとは思わなかったよ」
アレシュはぎこちなく微笑み返しながら、カインのデスクにお茶を置いた。
「どうでしょうか……これぇ……」
「大丈夫、よく見なければ男の子だとは分からないよ」
カインは情けない顔をしているアレシュを見て、吹き出しそうになった。
「かわいいよ」
「かわいくなくていいんですよ。敵を欺くためなんですから」
「それはそうだ。でもちょっと待って」
カインは机の引き出しを開けると、小さな壺のようなものを取りだした。
「これ塗って」
「口紅……ですか」
「あー、そんな顔して。僕のプロデュースしている化粧品ブランドのだよ」
「手広いですね……」
「コスメは化学だからね」
アレシュはありがとうございます、とそれを受け取った。ただちょっとカインは面白がってないかと思った。
「いよいよ明日か……」
「伯爵夫人と同行し、デルフィーノ侯爵の屋敷に入り込む。僕と伯爵夫人が侯爵の気を惹いている間に、君たちは彼の書斎を探り、エアハルトとの書簡など証拠になり得るものを探し出す」
「はい……」
アレシュは緊張しながら頷いた。
「その後はアレシュの好きにしたらいい。タイミングは作ってあげるから」
「わかってます」
デルフィーノ侯爵と対峙した時、自分にどんな感情が浮かぶのか、それはまだアレシュも分からなかった。
翌朝、アレシュは早くから起きて準備を始めた。ミレナが手伝いながら、彼の髪を整え、ドレスのシワを直してくれた。
「大丈夫、アレシュ。君ならきっとやり遂げられるわ」
ミレナの励ましに、アレシュは少しだけ安心した。
「ありがとう、ミレナ。頑張るよ」
ミレナの髪も、目立たない茶色に一時的に染める。これで至近距離で見ない限り、彼女がホムンクルスだとは分からない。
そうこうしているうちに、伯爵夫人の馬車が家の前に泊まった。
「あら……ふふふ。上出来ね」
アレシュの女装は伯爵夫人の合格は貰えたようだ。
乗り込むと、先に中に乗っていたティナと目が合った。
「よろしく、ティナ」
「足をひっぱらないでね」
「うん、もちろん」
伯爵夫人の馬車とカインの馬車は首都への街道を走り出した。
サンスプリーグから首都へは半日ほど、途中休憩に寄った街で合流したのは夫人の伴侶のパルヴィア伯爵だった。
「訳は聞いている。よろしく」
彼は優しげではあったが、中肉中背で印象の薄い男だった。輝くような美貌の伯爵夫人と比べたら見劣りはするが、だからと言って特別醜い訳でもない。
「ありがとうあなた。それでは参りましょう」
そして聞いていたように二人は不仲にも見えなかった。目を合わせ微笑み、時折談笑しながら隣に座っている。
(世間の噂なんか当てにならないもんなのかな……)
アレシュはそんなことを考えながら馬車に揺られていた。
馬車は首都に入り、お屋敷街へと向かう。そして一軒の屋敷に着くと馬を停めた。
「ここが……」
一際立派な構えの屋敷を見上げ、アレシュは背筋を伸ばした。
「行きましょう」
と伯爵夫人が促し、アレシュとたちは彼女に続いて屋敷の中へと入った。
「お客様がいらっしゃいました」
と執事が案内し、デルフィーノ侯爵が現れた。
(やはりあの男……父さんを訪ねてきた男で間違いない)
その男の風貌を見た時、アレシュの心に一瞬燃えるような憎しみが湧き上がった。
彼は優雅な身のこなしで伯爵夫人に挨拶をし、アレシュとティナにも目を向けた。
「ようこそ、パルヴィア伯爵、伯爵夫人。そしてカイン・オブライアン。君の噂はよく聞くよ。そして……」
デルフィーノ侯爵の視線が移動する。アレシュは一瞬身を固くした。
「ティナ……だったかな。よく来てくれた。後で話を聞かせてくれ」
ティナも同じように挨拶をした。
「ありがとうございます、デルフィーノ侯爵。今日はお招きいただき光栄です」
と伯爵夫人が微笑みながら答えた。アレシュは緊張しながらも、礼儀正しく頭を下げた。
「疲れたでしょう。部屋はこちらです」
最後まで、デルフィーノとアレシュは目が合うことは無かった。
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