第35話 晩餐会
客間に通されると、アレシュはどっと力が抜けて荷物を持ったままドアの近くに蹲った。
「大丈夫? アレシュ」
「うん……ちょっと緊張して」
憎い仇を前にしたのと、正体がばれたらという緊張感がアレシュを打ちのめしていた。
「そんなんで大丈夫? まだこれからよ」
ティナが呆れたような顔をしている。
「ちょっと、アレシュの気持ちも知らないで……」
「反抗的なホムンクルスね」
ティナとミレナがにらみ合っていたところに、伯爵夫人は手を叩きながら間に入った。
「こらこら喧嘩しない。皆、これからやることは分かっているわね」
「はい」
「この後の晩餐会の後、ティナが錬金術の話をしている間に、アレシュとミレナは書斎に忍び込む」
「はい。この為にカインさんと一緒に新兵器を作りました」
「はい、では万事上手くいくよう祈りましょう」
晩餐会が始まり、豪華な料理が次々と運ばれてきた。アレシュは緊張しながらも、侍女としての役割を果たし、部屋の隅で待機をしている。アレシュの場所からは一見、和やかに優雅に会話を楽しんでいるように見えたが、デルフィーノ侯爵の視線は伯爵夫人のふっくらした胸の谷間に注がれているのが丸わかりだ。アレシュは吐き気がする、と思った。
「伯爵夫人、あなたの美しさはまさに芸術です。どのようにしてその美しさを保っているのか、ぜひ教えていただきたいものです」
伯爵夫人は微笑みながら答えた。
「ありがとうございます、侯爵様。特別なことは何もしておりません。ただ、日々の手入れを怠らないようにしているだけですわ。そうそう、わたくしはカインに特別な美容液を作らせていますのよ」
デルフィーノ侯爵は興味深そうに眉を上げた。
「ほう、それは興味深い。カイン・オブライアンの手による美容液とは、さぞかし効果があるのでしょうね」
伯爵夫人は微笑みを浮かべながら、さらに話を続けた。
「ええ、とても効果的ですわ。お肌がしっとりとして、若々しさを保つことができますの」
華やかな、それでいて空虚な会話の続く晩餐会の途中、パルヴィア伯爵が席を立ち、中座した。何か様子がおかしいと感じたアレシュはその後を追い、晩餐の間を出ると、伯爵が廊下の壁に手をついて何かをこらえているのを見つけた。
「伯爵様、大丈夫ですか?」
とアレシュが心配そうに声をかけた。
パルヴィア伯爵は深いため息をつき、アレシュに向き直った。
「ありがとう、アレシュ。伯爵夫人の美しさに人々が引き寄せられるのは分かる。だが、平凡な自分はせめて邪魔をしたくないと思っている。しかし、時折嫉妬心を押さえられなくなるのだ」
ああ、彼は心から伯爵を愛しているのだ、とアレシュは思った。
「失礼、少し頭痛がして薬を取りに行っていた」
パルヴィア伯爵は何食わぬ顔をして席に戻る。
「まあ大丈夫ですの?」
すぐに心配して伯爵夫人が伯爵の肩に手を添えた。
「ああ、大丈夫」
パルヴィア伯爵はすぐにそう答えたが、デルフィーノ侯爵がうっすら笑みを浮かべ、こう言った。
「伯爵、体調が優れないのなら、この後の懇談はお休みされてはいかがか」
伯爵夫人を口説くには、夫の目がない方がいい。それは分かるが、もう少し控えめにできないものか、とアレシュは彼を睨み付け、とうとう口を開いた。
「伯爵様は愛する奥様と離れたくないそうでございます」
パルヴィア伯爵は驚いたようにアレシュを見つめたが、やがて微笑みを浮かべた。
「そうだね。私は妻を深く愛している」
それを聞いた伯爵夫人は一瞬ぽかんとした顔をしたものの、
「ええ、わたくしも愛しているわ」
と、答えた。そう言う伯爵夫人の表情にはみじんの嘘も無い。
そのやり取りを見ていたミレナは、小声でアレシュを叱った。
「なんてことするの」
「大丈夫だよ」
アレシュが言ったとおり、デルフィーノ侯爵は侍女の軽口になど、興味を示さなかったが、夫人が思い通りにならなそうだと感じたのか、少し不機嫌になっていた。
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