第33話 潜入計画
その夜、アレシュは自室で一人考え込んでいた。ディルフィーノ侯爵を倒すことが正義だと信じているが、その行動がもたらす結果についても考えざるを得なかった。
「父さん……俺はどうすればいいんだ?」
父の仇だからといって彼を殺すことが正義なのか。そもそも自分の手で殺めることは出来るのか。アレシュは深い葛藤に苛まれていた。
その時、ドアがノックされ、カインが部屋に入ってきた。
「アレシュ、少し話がある」
カインの表情は真剣だった。アレシュは彼を部屋に招き入れ、話を聞くことにした。
「ドメニコが取り調べを受けている。彼の証言から、ディルフィーノ侯爵の陰謀が明らかになりつつある」
アレシュは頷きながら、カインの話を聞いた。
「それと、錬金術ギルドで崩壊石の解析と無力化を進めたい。君の父が遺した崩壊石を使って、ギルドの力を借りて安全に処理する必要がある」
カインの言葉に、アレシュはしばらく考え込んだ。父の遺した崩壊石を託すことは、父の意志を継ぐことでもある。
「分かった。父の遺した崩壊石をカインさんに託します。ギルドで解析と無力化を進めてください」
アレシュは決意を固め、父の遺した崩壊石をカインに手渡した。カインはそれを慎重に受け取り、感謝の意を込めて頷いた。
「ありがとう、アレシュ。君の決断は正しい。これで崩壊石の脅威を取り除くことができる」
アレシュはカインの言葉に励まされ、心の中で父の意志を継ぐ決意を新たにした。
「デルフィーノ侯爵を罪に問うことは出来るのでしょうか?」
「それは……難しいだろう。ドメニコの行動はギルドの規範で咎めることは出来るが……。デルフィーノが確実にエアハルトを殺した証拠があれば、また違うかもしれないが」
「証拠か……」
「そうだ。確実な証拠があれば、彼を法の下で裁くことができる。だが、それを見つけるのは容易ではない」
アレシュは考えた。自分がどうしたいのか。どうすれば父の無念を晴らすことが出来るのか。
「カインさん。俺は一度デルフィーノ侯爵と話がしてみたい」
「……話?」
「父さんを……殺してまで手に入れたかったものが何か、彼の口から聞いてみたい。……おかしいですか?」
アレシュがカインに問いかけると、彼は首を振った。
「おかしくないよ。アレシュらしいと思う。そうか、そうしたら方法を考えるよ。もう遅い、おやすみ」
「……はい。おやすみなさい」
カインの仕草に父の面影を感じながら、アレシュはベッドの中に潜りこんだ。
***
それから数日、アレシュはミレナとともにカインの助手として日々を過ごしていた。カインの指示に従い、様々な準備を進めていたが、アレシュの心は常にそわそわしていた。
「準備が整ったようだ。伯爵夫人の元に行こう」
アレシュのそわそわがピークに達しようかという頃、カインはそうアレシュに告げた。アレシュは深呼吸をして気持ちを落ち着け、ミレナとともに伯爵夫人の邸宅へ向かった。
伯爵夫人の邸宅に到着すると、すでにティナがそこには居た。ティナはアレシュを見るなり、鋭い目つきで睨んできた。
「本当についてくるの?」
「あたりまえでしょ。私はなんでも自分で決めてきた。そして決めたことは必ず実行してきたの」
ティナは相変わらずするどい視線を飛ばしてくる。そんなに自分のことが気に入らないのに、よく協力しようと思ったな、とアレシュは心の中で呟いた。
「まあまあ、今回はティナの協力あってのことなのよ」
二人の間の見えない火花をかき消すように、伯爵夫人が間に入ると、ティナは甘ったるい声で答えた。
「ええ、伯爵夫人の為ですもの。当然です」
「元々ティナの作品はドメニコを通じてデルフィーノの元に渡っていたみたい。デルフィーノ侯爵とは夫の方が交流があってね。それで彼を介して面白い錬金術を使う女の子がいるって話をしてもらったら、一度会ってみたいって言い出したわ」
「それで会いに行くんですか?」
「もちろん。晩餐会を開いてくれるそうよ。そこにアレシュとミレナも付いてきて貰おうと思うの」
「で、でも……ミレナはともかく俺はあのコンテストで顔が割れているかもしれません」
あのコンテストでデルフィーノ侯爵には会っていないが、会場に居なかったという保証もない。
「ええ、正面から行ったら気づかれてしまうかもしれないわね。ですから、二人にはわたくしの侍女になって貰います」
とびきりのいたずらを思いついたような表情で伯爵夫人は扇で口元を隠した。
「侍女って……女装しろってことですか?」
とアレシュは驚いた。
「そういうことね」
と伯爵夫人は微笑んだ。
「デルフィーノ侯爵の屋敷に潜り込むためには、重要な任務よ」
アレシュは戸惑いながらも、頷いた。
「わかりました。やってみます。」
「アレシュ、似合うかもね」
と、ミレナは笑いを堪え、ティナは冷ややかな目でアレシュを見つめ、
「失敗しないでよね」
と言った。
三人はそれぞれの役割を胸に、デルフィーノ侯爵の屋敷への潜入計画を練り始めた。
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