第32話 黒幕

 アレシュは必死に防御しながら反撃の機会を伺った。ホムンクルスの動きは速く、正確で、アレシュの攻撃をことごとくかわしていた。


「くそっ……!」


 アレシュは義手の刃を振りかざし、ホムンクルスに向かって突進した。しかし、ホムンクルスはその攻撃を軽々とかわし、逆にアレシュに一撃を加えた。肩からはどくどくと血が流れている。アレシュは地面に倒れ込み、痛みに耐えながら立ち上がろうとした。


「……動くな」


 だがアレシュの首の皮ギリギリにナイフを突き刺され、アレシュは身動きが取れなくなった。


「いいぞ。そのまま動きを封じろ」


 ドメニコが駆け寄ってくるのが視界の端に見え、アレシュは悔しさに奥歯を噛みしめた。


「これで終わりだ、アレシュ君」


 ドメニコが冷笑を浮かべながら近づいてきた。アレシュはズクズクと痛む肩を抑えながら、冷静さを保とうと努めた。


「崩壊石の秘密を吐かせるまで、君を逃がすわけにはいかない。あの方に報告しないといけないのでね」


「そいつが黒幕か」


「ああ。君の父上の報告をギルド長に上げる前にお見せしたら大層興味を持ってくれてね。さあ、崩壊石のことを話せ。お前はもうおしまいだ」


 ドメニコは地面に這いつくばったアレシュをせせら笑うように、見下ろしている。だが、アレシュは彼を睨み付けながらこう言った。


「……それはどうだろう?」


「何?」


 ドメニコが不可解そうに眉をつり上げた瞬間、無数の蔓が地面から湧き出した。


「なっ……!?」


 それは「いばらの鞭」だった。しなやかで丈夫な鞭がドメニコとホムンクルスに巻き付いて動きを封じる。


「遅いですよ」


「すまんすまん。悟られないように距離を取り過ぎた」


 そこに現れたのはカインだった。カインはドメニコを捕らえようと別の場所に待機していたのだ。最初にアレシュが派手な爆発を起こしたのは合図だった。


 カインは手にしたナイフでホムンクルスの首元を打ち砕き無効化すると、くるりとドメニコに向き直った。


「さて、なかなか興味深いことをおっしゃっていたのが聞こえましたがドメニコさん」


「……なんのことやら」


「ではこの状況をどう説明するのです? 私はギルドに報告しますよ」


「知らん。私は知らんぞ……」


 それでもまだ罪を認めようとしないドメニコの鼻先に、一羽の小鳥のホムンクルスが留まった。アレシュの作った鳥型のホムンクルス「ナビ」だ。


「君の父の秘密を吐かせるまで、君を逃がすわけにはいかない。あの方に報告しないといけないのでね」


 ナビがドメニコの言葉をさえずる。


「な……な……」


 ドメニコは言葉を失った。


「悪いですが録音させて貰いました。こちらも併せてギルドに提出します」


「言っておくが、これはアレシュの温情だよ。お前たちのしたことを思えばぶち殺されてもしかたないと思うね」


 ドメニコは顔を真っ青にし、言葉を失った。そしてさらにカインは冷たく彼に告げた。


「これでお前の罪は明白だ。ギルドに報告し、お前の行いを裁かせる」


 アレシュは痛みに耐えながら立ち上がり、カインの隣に立った。


「父の意志を継ぎ、崩壊石の秘密を守る。そして、あなたのような人間から世界を守る」


 ドメニコは絶望的な表情を浮かべたまま、何も言えなかった。カインは彼を連行する準備を始めた。


「アレシュ、君はここで待っていてくれ。私はドメニコをギルドに連れて行く」


「分かりました、カインさん。気をつけて」


 カインはドメニコを連れてその場を去った。アレシュは一人残され、川辺の小さなさざ波を眺めながら今後のことを考えていた。




***




 家に帰ると、転がるようにしてミレナが飛び出してきた。


「アレシュ! ぼろぼろじゃない! こんなに怪我をして……」


「ごめんミレナ」


「だから私を連れて行けば良かったのに!」


 ミレナの目に涙がにじむ。アレシュはそんな彼女の涙を拭った。


「警戒されない為には仕方なかったんだ」


「でも……でも痛かったでしょう?」


 ミレナはこわごわとアレシュの肩の傷口に触れ、回復魔法をかけた。


「ミレナが魔法をかけてくれたから、もう大丈夫だよ」


 ポンポンとミレナの頭を撫でる。昔、小さかったアレシュが泣き出した時のように。


 アレシュがミレナを慰めていると、玄関の方からノックの音が聞こえた。アレシュはミレナに微笑みかけてから、ドアを開けに向かった。


「誰だろう?」


 ドアを開けると、そこには伯爵夫人とティナが立っていた。伯爵夫人は地味な黒いローブを纏っている。優雅な微笑みを浮かべ、ティナは少し緊張した様子で立っていた。


「伯爵夫人。それと……ティナ?」


「入れてくれるかしら? ここでは話しづらいことなの」


「あ、ああ……申し訳ありません。どうぞお入りください」


 アレシュが招き入れると、伯爵夫人は軽く頭を下げてから室内に入った。ティナも続いて入ってきた。


「カインさんはまだ戻っていないんですけど……」


「ええ、知っています。状況は把握しています。アレシュ、無事で何よりです」


 伯爵夫人が心配そうにアレシュの傷を見つめた。


「ありがとうございます。ミレナが回復魔法をかけてくれたので、もう大丈夫です」


 アレシュはミレナに感謝の意を込めて微笑んだ。ミレナも少し照れたように微笑み返した。


「実は、ドメニコと繋がっていた貴族の正体が分かりました」


 伯爵夫人が真剣な表情で話し始めた。


「それを調べたのはティナです」


 ティナは少し緊張しながらも、しっかりとした声で話し始めた。


「ドメニコと繋がっていたのは、ディルフィーノ侯爵です。彼は軍部と強い繋がりのある貴族です。私は伯爵夫人からの紹介ということにしてドメニコと接触したの。貴族の好きそうな宝石の錬金アイテムがありますって」


 アレシュは驚きと共に、これまでの出来事が繋がっていくのを感じた。


「ディルフィーノ侯爵……その男があの痩せぎすの男なのか……?」


 顔を見るまでは確信は持てない。だけど、エアハルトの仇に近づいた、と思うとアレシュの胸の鼓動は高揚から速くなっていく。


「さて……ここから先は物騒な話になるわ。ティナ。今日はもう帰りなさい」


「いえ、伯爵夫人。私は最後までこの件に付き合います」


 だがティナは首を振った。


「知ったら面倒なことになるわ」


「それでも……! 私は伯爵夫人の役に立ちたいんです」


 ティナの目はキラキラとして伯爵夫人を捉えている。彼女もまた、彼女の魅力に取り憑かれたひとりとなったのだろう。


「……しかたないわね。アレシュ、いいかしら?」


「崩壊石のことなら、もうギルドの調べが入っていずれ分かるでしょうからかまいません」


「そう、わかったわ。アレシュ、崩壊石のことを知って軍事転用しようとしたのは彼でしょう。王からの信任も厚い、宮廷でも力を持つ貴族よ」


 おそらくエアハルトはずっとその要請を拒否していた。だからデルフィーノ伯爵が自ら足を運んで交渉しに行ったのだ。


「……アレシュ、あなたはどうしたい?」


「え?」


 どきりとしてアレシュは顔を上げた。


「彼を殺す? でもそれは容易ではないわよ。あなたは何かを失うかもしれない」


 伯爵夫人の目はじっとアレシュを見つめている。


「俺は……」


「よく考えて。でもあなたはひとりじゃない。その答えに私たちはいつでも手を貸すわ」


 アレシュはその言葉を重く受け止めながら、こくりと頷いた。


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