第30話 陰謀

 アレシュとカインが伯爵夫人の邸宅を後にして数日が経ったある日、アレシュの元に一通の手紙が届いた。差出人はドメニコだった。


「アレシュ君、君の才能に感銘を受けた。ぜひ、私の依頼を受けてほしい。詳細は直接会って話したい。明日の午後、中央広場のカフェで待っている。ドメニコ」


 アレシュは手紙を読み終えると、カインに見せた。


「どう思いますか?」


 カインは眉をひそめた。


「警戒するに越したことはないが、彼の意図を探る良い機会かもしれない。だが、決して一人で行くな。私も同行する」


「分かりました」


 とアレシュは頷いた。


 翌日、アレシュとカインは約束の時間に中央広場のカフェに向かった。カフェに入ると、ドメニコが既に席について待っていた。彼は二人を見ると、にこやかに手を振った。


「アレシュ君、カインさん、来てくれてありがとう」


 アレシュは警戒しながらも席に着いた。


「依頼の内容を教えてください」


 ドメニコは微笑みながら話し始めた。


「実は、ある重要な錬金術のアイテムを作ってほしいんだ。これは私の仕事にとって非常に重要なものなんだ」


「具体的にはどんなアイテムですか?」


 アレシュは慎重に尋ねた。


「それは……」


 ドメニコは一瞬言葉を選ぶように間を置いた。


「特殊な護符だ。持ち主を特定の魔法から守るためのものだ。詳細はここでは話せないが、非常に強力な魔法だ。君の技術ならば、きっと作り上げることができると信じている」


 カインが口を挟んだ。


「その護符が必要な理由を教えてもらえますか?」


 ドメニコは一瞬ためらったが、やがて答えた。


「私の仕事は非常に危険なものだ。敵対する勢力からの攻撃を防ぐために、この護符が必要なんだ」


 アレシュはドメニコの言葉に納得しきれなかったが、彼の意図を探るためにも依頼を受けることにした。


「分かりました。依頼を受けます。ただし、詳細な仕様と材料については後で確認させてください」


 ドメニコは満足げに頷いた。


「ありがとう、アレシュ君。詳細は後ほど送るよ」


 アレシュとカインはカフェを後にし、再び警戒心を強めた。ドメニコの依頼には何か裏があると感じながらも、アレシュはその謎を解き明かすために全力を尽くす決意を固めた。




 その後すぐに手紙は送られてきた。


 仮にも相手は錬金術ギルドの役員である。下手なものを作ればすぐばれてしまう。今は彼に近づくことを考えるべきだ、というカインの助言にしたがって、アレシュは手紙に記載されたとおりに護符を作り上げた。


「これでいいでしょうか」


 アレシュがギルドに護符を持参すると、ドメニコはじっくりと護符を眺めたあと、頷いた。


「いい出来だ。きっと依頼主も満足すると思う。また何か依頼が来たら頼むよ」


「はい、よろしくお願いします」


 部屋を去るアレシュの後ろ姿を見送ったあと、ドメニコは精霊通信の箱を机の引き出しから取り出した。そしてある人物へと面会の連絡をする。通信箱はしばらく淡く光り、すぐに承諾の返事をドメニコに返した。


「エアハルトの息子か……」


 エアハルトから崩壊石の報告を受けたのは、このドメニコだった。生きとし生けるものの命を奪うこの恐ろしい産物に対し、本来ならば錬金術ギルド総出で無力化の解明を行うべきであるところ、彼はそれを握り潰した。ドメニコは欲深い男だった。この情報があれば錬金術ギルドの役員で終わる一生が変わると思った。




 数日後、ドメニコは首都に居た。首都のお屋敷街のはずれの建物。そこが彼といつも会う場所だった。


 ドメニコがそわそわと待っていると、ギッときしむ音を立ててドアが開く。そして現れたのは痩せて神経質そうな男。この男こそ、アレシュが仇として探している男だった。


 名前はディルフィーノ侯爵。軍部に強い繋がりを持ち、戦争を推し進めている一派の貴族だった。


 ドメニコとディルフィーノ侯爵は、暗い部屋の中で密談を交わす。部屋の中には重厚な家具が並び、窓から差し込む月明かりが二人の顔を照らしていた。


「どうだ。あの少年は」


「はい、試しにかなり複雑な護符を作らせましたが、良い出来です。弟弟子のカインが今は弟子として後見人のような立場にありますし、あの歳でこんな技術を習得しているところを見ると、本当にエアハルトの息子だと見ていいのではないかと」


「ふん、あの男は息子がいるとは一言も言わなかったがな」


「秘密の多い男でしたから。でもおかげで……失われた崩壊石の製造の道が繋がりました」


「果たしてその少年が話すかな」


「話させるようにいたします」


 ドメニコがそう言うと、ディルフィーノ侯爵は鼻で笑い、革袋を机の上に置いた。ドメニコはすぐにその中身を改め、中の金貨を確かめる。


「それは準備金だ。必ず口を割らせろ」


「はっ……」


 そんな二人の陰謀を月だけが見ていた。


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