第29話 警告

 翌日、アレシュとカインはパルヴィア伯爵夫人の邸宅へと向かった。


「くくく……」


 昨晩、寝不足なアレシュは馬車の中であくびをかみ殺していた。


「アレシュ、これを飲んで」


 カインから茶色く濁った液体の小瓶を渡された。カインの渡してくれたものだから、変なものではないのだろうが、禍々しい色をしたそれを、アレシュは怯えた目で見つめた。


「伯爵夫人の前で失礼をしてはいけないよ。さ、ぐっと」


 カインに瓶を押しつけられて、アレシュは渋々瓶の中身を飲み干した。途端、凄まじい苦みと青臭い吐き出したくなるような匂いが口の中を暴れ回った。


「うぇっ……!」


「味はひどいがよく効く」


「……味だけで目が覚めました」


 馬車が邸宅の前に到着すると、アレシュは一息ついて馬車を降りた。立派な門の前で、彼は見覚えのある顔に出会った。コンテストで競ったティナだった。彼女はアレシュを見ると、軽く睨んでから無言で邸宅を後にした。


「ティナ……」


 アレシュは彼女の背中を見送りながら呟いた。


「気にするな、アレシュ。彼女もまた、競争相手として君を認めている証拠だよ」


 とカインが励ました。


 二人は門をくぐり、邸宅の中へと進んだ。相変わらず豪奢な屋敷だ、とアレシュは緊張を隠せなかった。やがて、伯爵夫人が優雅に現れ、二人を迎え入れた。


「ようこそ、アレシュ、カイン。お待ちしておりました」


 伯爵夫人は微笑みながら二人を招き入れた。彼女の優雅な振る舞いに、アレシュは少しだけ緊張を和らげた。


「アレシュ、コンテストでの優勝、おめでとう。あなたの作品は本当に素晴らしかったわ」


「ありがとうございます、伯爵夫人」


 とアレシュは深々と頭を下げ礼儀正しく答えた。


「あなたの才能には驚かされました。これからもその才能を磨いて、素晴らしい錬金術師になってくださいね」


「はい、頑張ります」


 伯爵夫人の言葉はうっとりとするような響きがある。この人を惹きつける美貌の人から言葉を貰いたくて、ここには多くの人が集うのだろう。


「今日はそれだけで呼んだわけじゃないのよ」


 伯爵夫人の言葉に、アレシュとカインは顔を見合わせた。伯爵夫人は優雅に椅子に腰掛け、二人に座るよう促した。


「実は、昨晩の懇親会でアレシュ君に接触した男について、少し調べさせてもらいました」


 アレシュの体が硬直する。伯爵夫人は続けた。


「その男の名はドメニコ。彼は仕事で月に一回ほど首都に向かうそうです。どうやら中央の誰かと繋がっているようで、その相手についても引き続き調べています」


「ドメニコ……」


アレシュはその名前を反芻した。昨晩の不安が再び胸に広がる。


「彼が何を企んでいるのかはまだ分かりませんが、アレシュ君、あなたの身辺には十分に気をつけてください。彼があなたに接触した理由が何であれ、危険が伴う可能性があります」


「ありがとうございます、伯爵夫人。注意します」とアレシュは真剣な表情で答えた。


 カインも頷きながら言った。


「伯爵夫人、情報をありがとうございます。私たちも引き続き注意を払います」


 伯爵夫人は微笑みながら頷いた。


「それが賢明でしょう。何かあれば、いつでもわたくしに知らせてください」


「伯爵夫人、それではそろそろ失礼いたします」


 カインが一礼して立ち上がる。アレシュも慌ててその後に続いたが、あることが気になって伯爵夫人を見た。


「あの……伯爵夫人。ここに来る前にコンテストの参加者に会ったのですが……」


「ああ、ティナね。あの子の錬金術はちょっと面白いと思って呼んでみたの。あなたのいいライバルになると思うわ。頑張ってね」


「は……はい、ありがとうございました」


 アレシュとカインは伯爵夫人に礼を述べ、邸宅を後にした。外に出ると、アレシュは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。


「ドメニコ……彼が何を企んでいるのか、早く突き止めないと」


「そうだな。だが、焦らず慎重に行動しよう」


 とカインがアレシュの肩に手を置いて言った。


「まずは情報を集めることが大事だ」


 アレシュは頷いた。


「分かりました、カインさん。これからもよろしくお願いします」


「もちろんだ、アレシュ。君の力になれることがあれば、何でも言ってくれ」


 二人は再び馬車に乗り込み、家に戻っていった。


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