第23話 かえりみち
アレシュが泣き止むまで、ミレナはその背中をさすり続けた。
「……もう大丈夫。ごめんね」
しばらくしてアレシュは立ち上がり、穴の中を覗き込んだ。手のひら程度の小さな石の箱。そこにエアハルトを死に導いた崩壊石が封印してある。
「俺はきっと約束を果たすよ」
アレシュはそう言うと、箱を外に出して蓋を再び閉め、その上から煤と瓦礫を被せた。もう何かあったような形跡は無い。
「……立派な錬金術師にならなくちゃね」
手元に残したネズミの人形を撫でながら、アレシュは呟いた。
「と、なるとエアハルトさんを手にかけたのはギルドの連中か。……アレシュ、この件僕も探ってみるよ」
「すみませんカインさん……」
「なに、こういう時の為に派手に立ち回っているんだから」
カインはふっと笑うと、アレシュの髪をクシャッと撫でた。
「それから、アレシュたちはうちで生活するといい。実験設備も揃っているし」
「い、いいんですか?」
「僕の手伝いもして貰うけどね」
それは願ったり叶ったりだった。カインのような優秀な錬金術師の技術を間近でみられるなんてことめったにあることではない。
「よろしくお願いします!」
「はい、では改めて、アレシュ・フェレンツ。僕の助手になってくれ」
「はい!」
こうして三人は再びサンスプリーグの街に戻った。
「エアハルトさんがやってた研究は元々師匠がやっていたものだ。続けてたんだな」
「そうなんですか?」
帰りの馬車に揺られながら、カインはぽつぽつ語り出した。
「師匠はね、『永遠』を作りたがっていた。消えない、揺るがない、ずっとそこに残る永遠」
「永遠、ですか……」
「人が願うには罪深いかもしれない。だけど人が求めてやまないものだよ。ホムンクルスを作ったのもその一環だ」
「父さんが無限の動力を作ろうとしたのも?」
「そう、永遠を求めていたのさ」
アレシュは膝の上に置いた崩壊石を見つめた。永遠どころか死をもたらす呪いの石。なんて皮肉なんだろうとアレシュは思った。
「その石はうちの隠し金庫に入れよう。簡単に手の届くところに置いておくと危険だ」
「そうですね。俺にはまだ手を出せないし」
まずはエアハルトが作ろうとしていたものを理解しないといけない。一生かかってでも、アレシュはこの石を無効化しようと考えた。
アレシュたちはカインから空き部屋を使わせて貰えるようになった。
「ねぇアレシュ……これからどうするつもり?」
荷物を片付けると、ミレナは
「カインさんの手伝いをしながら腕を磨くよ」
「そうじゃなくて、エアハルトさんのこと。アレシュは今も仇を取りたいって思う?」
「それは……忘れられるはずはないよ。だけど父さんの言葉を聞いて、父さんを殺した人を見つけるだけが復讐じゃないって思った。それよりも父さんの心を継ぐ方が大事だって……」
アレシュはその為にはどうしたらいいのかを、カインの元でゆっくりと学びたいと思った。
「カイン様はお出かけになられました」
「あ……そう」
これからのことを相談しようとアレシュが部屋を出ると、カインはもう出かけた後だった。澄ました顔の白髪のホムンクルスにそう言われて、アレシュはぽかんとしてしまう。カインの家には何体かのホムンクルスがいるが、このナルスというホムンクルスが主に身の回りの世話をしている。
「今日はお戻りにならないかと。ご夕食はご用意しておりますので」
「分かりました。カインさんってどこに行ったのですか」
「パルヴィア伯爵夫人のところです」
「……どなたでしょう」
「カイン様のパトロンをなさっている方です」
「女の人だったんだ」
「そうですね」
ナルスは真顔で答えた。主人の為にそうしているのか、それとも元々そうなのかは分からないが、ナルスの表情はあまり読み取れない。
「そしたら食事と取ったら部屋で待ってます。帰って来たら教えて貰えますか」
「いいですが……遅くなると思いますよ」
「かまいません」
アレシュはそう答えたが、その日のうちにカインが帰ってくることはなかった。
「アレシュ様。カイン様が帰って来ましたが」
ナルスがアレシュを呼びに来たのは翌朝になってからだった。
「ただ、お風呂に入られた後、眠っています。カイン様はこの館の案内を私にしろと」
「じゃあ……お願いします」
アレシュはナルスに連れられて、館の中を案内してもらった。この家は広くて、街の中心部からは少し離れている。食堂と応接間、そしていくつかの客間などがある。使用人はすべてホムンクルスで、生きている人間はここにはカインとアレシュしかいない。
「すごいお風呂がある。これ魔導浴槽だね」
なんの変哲の無い家のようにみえて、この浴槽はカインのこだわりが現れていた。
「研究所は?」
「この先の廊下と繋がっていますが、カイン様しか入れません」
アレシュはカインが起きてくるのを待つことにした。
「すまない……」
カインが起きてきたのは昼過ぎだった。シャツをざっくり着てリラックスしたいでたちのカインは随分顔色が悪かった。
「おはようございます」
「お酒の匂いしますね。二日酔いですか? 回復かけますか?」
ミレナの申し出に、カインは薬を飲んだのでそのうち良くなる、と答えた。
「うん……研究所を案内するから付いてきて」
カインの研究所は綺麗に整理整頓されていた。壁いっぱいの棚には本と試薬が並び、中央に錬金釜、そして作業台。エアハルトの研究室も似たような作りではあったものの、者が乱雑に置かれて、あらゆるものが溢れていた。
「綺麗にしているんですね。マスターとは大違い」
「ナルスには清掃を徹底させている。散らかるのが嫌なんだ」
「父さんは散らかってた方がはかどるって言ってた……性格が出ますね」
今までの言動と振り返る限り、カインとエアハルトはまるで反対の性格をしている。それでも一緒の師に学んでいて、関係性も悪くなかったように見えるのが不思議だ。
「明日からここの清掃と作業の下準備、それから依頼された製作をしてもらう」
「依頼……?」
「パトロンに変わった依頼があったら教えて欲しいと依頼しておいた。そのうちくると思うから、期待に応えてやれ」
「……はい!」
「あ、それから君をパトロンに会わせる約束をしたから。新しい服を仕立てておいて。君と……ミレナも」
「私もですか?」
「せっかくかわいいんだもの。お洒落しないとね」
「ふふ、そうですね」
カインにそう言われて、ミレナはまんざらでもなさそうな顔をしていた。
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