第22話 遺言
馬車が近づくたびに、アレシュは胃がキリキリして、ぎゅっとそこを押さえていた。
見覚えのある木を通り過ぎた。アレシュは思わず目を瞑る。
「アレシュ、ついたわよ」
「う……うん」
アレシュはこわごわと目を開く。そこには真っ黒焦げに焼け落ちた我が家の姿があった。
あの日、みんなで話した庭。幸せな夢を見た寝室。つらい訓練をした広間。そしてエアハルトの研究室。それらがみんな焼け落ちている。
「う……っ」
アレシュは胃の中のものがせりあがってきて、その場で嘔吐した。
「アレシュ!」
すぐにミレナが駆け寄ってきて、アレシュの背中をさすった。
「ご……ごめん」
「謝らないで。……カインさん。やっぱり無理です。だってマスターが死んだのはついこの間なのよ」
ミレナはアレシュを守るように抱き締めた。この腕の中に逃げ込んでしまいたい。アレシュの心がぐらりと揺らぐ。だが、アレシュは唇を噛みしめて、その手を押し返した。
「大丈夫です。行きましょうカインさん」
「本当か。僕ひとりで行ってきてもいいんだよ」
「いや、俺がこの目で見ないと……後悔する。それは分かってるんです」
アレシュは立ち上がった。もう、その目に迷いは無かった。
「わかった行こう」
「研究所はこっちです」
アレシュたちは館の離れへと向かった。
そこは爆破の衝撃で破壊され尽くしていた。かろうじて梁が焼け焦げて残っている。
「これはひどいな」
「父さんは全て焼くつもりだったんだと思うんです。ここに何か残っているんでしょうか」
カインは何か確信を持って行動しているように見える。でもアレシュにはそれがなんなのか分からなかった。
「ここには何もないと思わせたかった、かもしれないよ」
「え……?」
カインは研究所の焼け跡をぐるりと歩き回った。そしてぴたりと足を止める。
「ここだけ足音が違う。おそらく下は空洞だ」
アレシュとミレナはそこに駆け寄った。ぱっと見そこはただの床に見える。だが、そこに積もる灰や焼けた木材を取り除くと、四角い蓋のようなものが現れた。
「これは……」
蓋には小さな穴がある。何か引っ掛ければ開けることができそうだ。
「火かき棒とか見つかるかな」
「待ってください。これで大丈夫です」
アレシュは右手を鈎のように変形させ、蓋に引っ掛けた。
「アレシュそれは……?」
「魔導義肢は使用者と常に血の印を更新しているんです。それを利用して変形しています」
「なるほど……発想の転換だな」
「それより……かなり重いです。隙間から手をかけて」
カインとミレナはアレシュの浮かせた隙間に指を入れ、二人がかりで蓋を開けた。
「あれ〜? また蓋だわ」
ミレナが穴を覗き込むと、そこにはまた蓋がしてあった。蓋の中央には持ち手と、獅子が大きく口を開けたレリーフがはめ込まれている。
「うーん……やっぱり開かないわね」
試しに持ち手をミレナが引っ張ってみたが、当然びくともしなかった。
「このレリーフ、鍵になってる」
「鍵……? アレシュ、心当たりある?」
「さあ……」
ここに来てどうしていいか分からなかった。エアハルトが持っているのだろうか。だとしたら燃えかすとなった遺体を探さなければならない。
「探してみるか」
アレシュが立ち上がると、カインがその手を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ」
「カインさん?」
「鍵ならこれかも……アレシュ、右手をくれ」
「え……?」
アレシュは不可解に思いながら右手を出した。
「違う違う、こうだよ」
カインはそう言いながらアレシュの右腕を引っこ抜いた。
「うわっ! びっくりしたぁ」
「ごめんごめん。ほら、義肢を見せてもらった時にさ、この付け根のところに見つけたんだ」
カインが引き抜いたのは細長い棒だった。よく見ると全面に魔法陣が描かれている。
「おそらくこれが鍵だよ」
カインはそれをレリーフに差し込んだ。するとカチッと音がなる。三人は顔を見合わせ、蓋をひっぱり上げた。
「これは……?」
アレシュが中を覗くと、そこには小さな箱とネズミのからくり人形が入っていた。
「これが父さんが残したかったもの?」
アレシュが首を傾げると、カインがぐいっと穴の中に手を入れ、人形を取りだした。
「昔、僕がほんの子供だった時、師匠に叱られて泣いていたらエアハルトさんがくれたものに似ている」
カインは手の中の人形のネジを回した。カラカラと音がしたあと――ネズミはしゃべり始めた。
「これを聞いているということは、俺はもうこの世にいないんだな」
「……父さん!」
もう二度と聞くことは叶わないと思っていたエアハルトの声だ。アレシュはカインの手にすがりついた。
「いいか。これが再生されるのは一度だけだ。よく聞けよ。アレシュ」
アレシュはこみ上げる涙をぐっとこらえ、居住まいを正し、その声に耳を傾ける。
「俺はずっと無限に動く動力を作れないか研究していた。研究の過程で有用なものはいくつも発見したが、それを作ることは出来なかった。ある日、俺はこれぞという物質の錬成をした。……その結果、作り出してしまったんだ。恐ろしいものを」
恐ろしいもの。一体なんだというのだろう。アレシュはカインをちらりと見たが、彼も首を振るだけだった。
「禍々しい瘴気を発し続け、生き物も植物も死に絶えさせてしまう石。これを俺は崩壊石と名付けた。実験でその恐ろしい効果を目の当たりにした俺は、すぐにその石を封印し、錬金術ギルドに報告を上げた」
アレシュは穴の中の箱を見た。この中のものがそれに違いない。
「俺はその崩壊石の無効化を研究すると伝えた。……だが、ギルドからの返事は、この崩壊石を軍事転用しろというものだった。……なあアレシュ。俺は絶対にそんなことはさせない。俺の錬金術は暮らしを便利にするものだ。皆を幸せにするものだ。だから俺は死ぬかもしれない」
とうとうアレシュの目から涙がこぼれ落ちた。ミレナがそっと背に手をあててくれる。嗚咽で言葉が出ないけれど、アレシュはエアハルトの遺言を聞き取ろうとぐっと前を向いた。
「アレシュ。お前も幸せを作る錬金術師になってくれ。戦争なんかに手を貸さずに。穴の中に封印した崩壊石がある。いつかこれを無効化してくれ。アレシュ、お前なら出来る。お前は俺の自慢の息子だからな。じゃあ、天国で会おう」
そこで音声は途切れた。アレシュはもう耐えきれなくなり、煤まみれの床に這いつくばって大声で泣いた。
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