第21話 帰路

 宿に帰ると、調度夕食を食べていた蒼の閃光の面々と鉢合わせした。


「どうだった!?」


「お行儀が悪い。座って食べろ」


 小言を言っているリュウはお母さんのようだ。


「カインさんに会えたよ」


「本当? 良かったね」


「それで……明日から旅に出ることになった」


「旅?」


「その……カインさんと」


「ええーっ!」


 大きな声を出したマリアを、リュウが睨み付ける。


「それはビックリだな」


 メンバーの中でも落ち着いて冷静沈着な雰囲気のアレクも驚きを隠せていなかった。


「その……父の古い知り合いで。それで実家のほうに」


 アレシュは少々真実を濁しながら説明した。


「へえ、そうなんだ。お父さんびっくりするね」


 マリアの無垢な視線がまぶしくて、アレシュはそっと目を逸らした。


「うん……きっとね」


「それじゃあ、この宿は今日が最後なんだな」


「そうだよ、リュウ」


「そっか、じゃあなにか美味いモノでも一緒に食おう。おごるからさ。早く二階に荷物置いてこいよ。おいロアン!」


 リュウはロアンを呼んで何か注文している。


「いいよそんな……」


「いいんだって! 仲間だろ!」


 こんな短い間、ちょっと顔を会わせただけの自分を仲間と言ってくれる。そのことが嬉しくて、アレシュは頬を掻いた。




 翌日、アレシュとミレナは荷物を持って宿をでた。蒼の閃光のメンバーは、仕事に出る時間を遅らせて見送りに残ってくれた。


「あ、あの馬車じゃない?」


「そうだね」


 立派な馬車が宿の前に横付けにされる。そしてカインが降りてきた。


「やあアレシュ、行こうか」


 マリアとセリーナは声にならない声できゃあきゃあ言っている。


「まったくお前たち……じゃあ、アレシュ。元気で。俺たちはまだしばらくここで活動するから、また会えたら」


「うん」


 アレシュは差し出されたリュウの手を取って握手した。


「きっとまた会えるよ」


 こうしてアレシュはサンスプリーグの街を後にした。


「いい馬車ですね。これならアレシュのお尻も痛くならないわ」


「そうだね。カインさんありがとうございます」


 馬車に揺られながら、アレシュはシートを撫でた。ふわふわで上質のベロアが張ってある。


「ああ、パトロンが用意してくれた。いい顔はしなかったけど。……お陰で寝不足だ」


「えっ?」


「いやいや、なんでもないよ」


 カインは意味深な笑みを浮かべる。


「機嫌を取るのも仕事のうちなのさ」


「あの……ホムンクルス・シアターはようするに見本市ですよね」


「そう。その通り。パトロンが自分の子飼いの錬金術師を見せびらかしているというのもあるけどね。あれを見て同じようなのが欲しいと注文する人や舞台で出ていたホムンクルスそのものが欲しいという人もいる。その度に間に入る僕のパトロンの株が上がるって訳」


 アレシュは話を聞きながら、とてもじゃないけれどエアハルトには同じようなことは出来ないだろうな、と思った。同じ師匠の元で学びながら、随分な違いだ。


「カインさんは、宮廷お抱えになったりしないんですか?」


「あー……。僕もかつては目指してたんだけどね。今は時勢が悪いかな、と」


「時勢?」


「今だと兵器開発を命じられる。僕はそれより気ままに研究をしたい。今のパトロンには感謝しているよ」


「そうですか……」


 ここにも戦争の影がある。あちこち争いが起きて、今もそれが収まる様子がない。


「嫌ですね。戦争なんてしなきゃいいのに」


「色々なしがらみがあって今があるのさ。そう簡単じゃない」


 そうなのかもしれない。自分は何も分かっていない子供なのかもしれない。だけど、殺し合いを良しとする戦争がずっと続いていることを認めてはいけないと、アレシュは思った。




 カインの用意した馬車は快適で、あっという間にウェルシーの街まで辿り着いた。今夜はここで一泊して、翌日に家に向かう。


「それにしても、こんなに数日で辿り着くんだな」


 乗り合い馬車と違い、この馬車のスピードが速いというのもあるが、これまでの旅路の短さを実感してアレシュはため息を吐いた。


「アレシュ、大丈夫? 少し顔色が悪いわ」


「大丈夫。ミレナ」


 ミレナにはそう答えたものの、本当は怖い。カインが居なければ、またあの館に足を踏み入れるなんて考えもしなかっただろう。


「俺は行かなくちゃ」


 アレシュは怖じ気づきそうな自分を鼓舞するためにパンパンと頬を叩いた。


「さあ、ここが宿だ」


 カインの用意してくれた宿はまるで貴族のお屋敷のような宿だった。


「こんなのいいんですか」


「パトロンが勝手に用意したんだ。泊まらないと失礼になる。ちゃんと眠って明日に備えてくれ」


「……それはそうなんですけど」


 アレシュは自分のほこりっぽい格好が気になった。もしアレシュの錬金術師としての名が上がって上流階級と付き合いが出来たりしたら、身なりや所作も気にしないといけないのだろう。


「では、僕はこの街の知り合いに会ってくるから、先に休んでいてくれ」


「はい」


 部屋に入ると、アレシュはどっと疲れを感じて、夕食も取らずに眠ってしまった。




「アレシュ……」


 誰かが呼んでいる。聞き覚えのある声。これは……。


「父さん」


「アレシュ、どうして戻ってきてしまったんだ」


 ゆらゆらとした影がアレシュに囁く。


「それは、父さんが死んだ理由を知りたくて」


「お前を守りたかったのに……どうして……」


 影が濃くなる。黒い影が赤い血を流す。影は無数の虫となってアレシュの全身を這い回った。


「うわああああ!」


「どうしたの、アレシュ!」


 気がつけばアレシュはミレナに抱き起こされていた。


「は……は……」


「悪い夢を見たの?」


「うん……少し……」


 喉がカラカラに渇いて上手く声が出ない。アレシュの背中はじっとりと汗をかいていた。


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