第20話 錬金術師カイン

「さ、ここだ」


 カインの工房は図書館からほど近い場所にあった。森……とまではいかないが木が生い茂っていて、居住用の棟と研究所で別れている。アレシュは自分たちが暮らしていた館を思い出した。


「お帰りなさいませ」


 扉を開けると、白い髪の男性型ホムンクルスがやってきて、カインのローブを受け取った。


「応接間にお茶を用意してくれ」


「かしこまりました」


 アレシュたちは日当たりのいい応接間のソファに腰かけた。白を基調とした調度は明るく軽やかな印象だ。きっとここを訪れる客も多いのだろう。


「さて……場所を変えたので本音が言える」


 カインは向かいのソファに座るとそう口を開いた。


「エアハルトさんを殺したのは国の要人ではないかと思う」


 物騒なカインの予想に、アレシュはごくりとつばを飲み込んだ。


「それは……なんでそう思うんです」


「武装用のホムンクルスなんて国がそう許可しない。そんなものを連れているなんて、国か有力貴族か……。おそらく何かエアハルトさんが開発したものが欲しかったんじゃないか。そして交渉は決裂した」


「そう……なのかもしれません。カインさん、俺はどうしたらいいのか分からないんです。仮に父さんを殺したのが国だとして、復讐をするべきなのか、それとも父さんの後を継いで錬金術師として一人前となる」


 ここまでアレシュはずっと答えに確信を持てないままだった。


「それはどちらも両立するんじゃないかな。エアハルトの仇を討つのと、錬金術師として名を上げるのは。僕は欲張りだからね。両方とるよ」


「両方……」


「ああ、だがその為に必要なものがある。エアハルトが最後に何を生み出したのか。何のために殺されたかを知ることだ」


 エアハルトが命を奪われることになった原因。だがアレシュはまったく見当がつかなかった。


「父さんは死の前に研究所を爆破したんです。父さんが作ったものはほとんど吹き飛びました」


「何も残ってない?」


「ええ」


 カインは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。


「そこに戻ってみないか?」


「え?」


「エアハルトさんは何か残しているような気がする。これはただの勘じゃないんだ。錬金術師ってのは自分の研究を命より大切にしている。だから特別な場所に隠しているかもしれない。僕だったらそうするよ」


 あの館に戻る。それは思いも寄らない提案で、アレシュは動揺した。焼け落ちたあそこに戻る。そう考えると気持ちが重くなる。


「アレシュ、大丈夫?」


 ミレナが心配そうにアレシュの手を握った。


「自分の研究を引き継ぐべき者に渡るように……彼ならきっとそうしているよ。そしてそれは君だ」


「俺……が……」


「そう君しかいない」


 カインの言葉がアレシュの背中を押した。


「俺、行きます。父さんが何のために死んだのか……。父さんが守りたかったものがなんなのか知りたい」


「よしわかった。手配しよう。僕も一緒に行く」


「え? カインさん舞台は?」


「そんなもの、プログラムを変えればどうとでもなる。パトロンはいい顔しないだろうけどね」


 カインはいたずらっ子のような顔で笑った。アレシュはその笑顔がどこかエアハルトに似ているような気がした。


「おい、馬車と旅の準備を。それから昼食の準備をしてくれ」


「はい、かしこまりました」


 カインはホムンクルスにそう命じ、アレシュを昼食に誘った。


「うちのシェフはホムンクルスだ。本物の人間に料理の指導をさせたんだ」


「やはり本で学ぶだけよりも違いますか?」


「そうだね。料理は細かいニュアンスが伝わらないと……いずれ消化は出来なくても味見くらいはできるホムンクルスを作ってみたいな」


(ミレナも料理を学ばせたら喜ぶだろうか。その前に専用のキッチンが必要か)


 アレシュがそう考えながらチラリとミレナを見て、またカインに視線を戻すと、カインが前のめりになってアレシュを見ていた。


(ち、近い……)


「カインさん、どうしましたか」


「手、どうなってるの?」


「え……ああ?」


「魔素石膏で出来てるよね?」


「はい、これは魔導義肢と言ってホムンクルスの技術を使っているんです」


「それもエアハルトさんが?」


「そうです。俺、生まれつき手足がないんです。それで父さんが作ってくれました」


「へええ! ……ちょっと見せてもらってもいいかな」


 カインの目がギラギラしている。見せるのは構わないが、なんだか怖い……とアレシュはその勢いに引いていた。




「もういいですかー」


 食事の後、アレシュは両手足の義肢を外してカインに見せていた。


 カインは義肢の表面からつなぎ目のくぼみまでじっくりと見ている。


「ほうほう、ここがこうなって……こう繋がると」


「ひゃあ!」


 急に背中の印の刺青にまで手を伸ばされて、アレシュは思わず変な声が出た。


「なるほどな。人体に直接、精霊召喚の印を……大胆だな。体はおかしくならなかった?」


「かなり痛みはありました」


「そうか。そうだろうな」


 異なる性質の存在を体内に入れるわけだから、その拒否反応が出る。それを複雑な魔法陣で制御している。こんな繊細は技を行えるのは、やはりエアハルトだからこそだろう、とカインはじっくりと義肢を見ながらしみじみと語った。


「……惜しい人を亡くした」


「あの~、そろそろいいですか。ちょっと恥ずかしいんですけど」


 アレシュは義肢を外すために裸になって床に転がっている。


「ああ! すまなかった」


 とにもかくにも、明日にはアレシュたちはエアハルトの屋敷に向かうことになった。


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