第19話 大図書館
アレシュとミレナは宿に戻り、食事を取りながら今日の舞台のことを話していた。
「とにかくあの技術の高さは目を見張るものがあったよ」
「アレシュったらそればっかり。ダンスやお芝居も素敵だったじゃないですか」
「そうだけどさ……考えてみたら父さん以外の錬金術師に初めて会ったんだよ。あーあ、どんな工房か見て見たい……いやちょっと話すだけでも」
「まるで劇場の女の子たちみたいじゃないですか……」
ミレナは呆れた顔をしてうっとりとしているアレシュを見た。
「ねえ! ホムンクルス・シアターに行ったんだって?」
そんな二人に声をかけてきたのは冒険者パーティー蒼の閃光のマリアだ。
「どうだった? あたしたちまだ行ってないんだ」
「素敵だったよ。技術が凄い。舞台装置もこってて」
「へぇー、やっぱり行こうよリュウ。三等席でいいからさー」
マリアはリーダーのリュウの手をぶんぶん振っておねだりをしている。
「そうだなぁ。今の依頼が終わったら行くか?」
「やったー」
そんな二人を見てセリーナは苦笑する。
「リュウはマリアを甘やかしすぎ」
「そんなことないよ。みんなも行きたいだろ」
「そうかしら。アレクはどうなの?」
「錬金術と魔術は近しいところがあるから気にはなる」
どうやら舞台を見に行く方向にまとまったようだ。
「やったー! カイン・オブライエンに会えるのね。どう? 生で見たんでしょ、素敵だった!?」
「ええと……素敵かどうかは分かんないけど。錬金術の話を聞いてみたいと思ったよ。……でも無理だよなー。あっちはスターだもん」
アレシュは椅子に寄りかかってため息を吐いた。
「会えるかもしれないぞ」
そう言ったのはアレクだった。
「週に一度の休演日に、カインは図書館に来ることが多いそうだ」
「えっ……」
「そこでなら少し話すことくらい出来るんじゃないか?」
「本当!?」
図書館なら一度行ってみたいと思って思っていたしちょうど良い。そして休演日は明日だということだった。
「ミレナ! 行ってみよう!」
「いいですけど、図書館は静かにしているのがマナーですからね」
「うん、わかった!」
アレシュは小躍りしそうな勢いで部屋に戻って行き、ミレナは本当に分かっているのだろうかとハラハラしながらその後を追いかけた。
翌日。アレシュはいつもより早く目が覚めた。そしていつもより丁寧に歯を磨き、顔を洗い、寝癖を丁寧にブラシで解きほぐした。
「ミレナ。カインさんに会えたら何を話そう?」
「まずは舞台の感想じゃないですか」
「そっか」
アレシュは朝食を飲み込むように平らげて、宿を後にした。
図書館は小高い丘の上にある。何段もある階段を昇るうち、アレシュの額にはうっすら汗が滲んでくる。
「ここが図書館か……」
それもただの図書館ではない。世界最大の図書館だ。建物は古代の建築様式の白い建物と、この国で一般的な館の二つで成り立っていた。
受付は手前の方にある館のようだ。
「こんにちは。こちらギルドの登録証です」
アレシュは登録証を受付で提示し、図書館の中に入った。吹き抜けの天井、らせん階段。そして見渡す限りの書架にぎっしりと本が並んでいる。
「うわぁ……すごいや。一日があっという間に過ぎていきそう」
アレシュは広々とした図書館の内部を見て、ひそひそとミレナに耳打ちした。そんなアレシュにミレナもひそひそ声で答える。
「でもアレシュ、こんなに広いんじゃカインさんには会えないかもよ」
「本当だね……まあ、それなら仕方ないや」
アレシュの関心は目の前の本に向いていて、当初の目的が果たせなくてもいいかな、とさえ思っていた。
「ミレナ、こっちの棚が錬金術の本みたいだ」
アレシュは錬金術のコーナーに移動した。アレシュが読みたいのは古代錬金術の本だ。以前ウェルシーの街の本屋で買った本に書いてあったことを、もっと詳しく知りたかったのだ。
「これかな……」
めぼしい本を取ろうとしたが届かない。あと少し、と手を伸ばしていた時、上から手が伸びてきた。
「これかい?」
聞き覚えのある声に、アレシュは上を向いて度肝を抜かれた。
「カイン・オブライエン……!」
「おお、僕も有名になったもんだ」
「す……すみません……あの、舞台見ました。とても良かったです」
出会い頭に呼び捨てにしてしまったことに気がついて、アレシュは顔を赤らめた。
「そうか。ありがとう。君は錬金術に興味があるの? でもこの本は通好み過ぎるかもしれないよ」
「いえ……俺、一応錬金術師なので」
「そうなんだ。古代錬金術に興味が?」
「はい、そうなんです。ちょっとだけ本で読んだんですけど……もっと知りたくなって」
そうか、とカインは本を取って手渡してくれた。
「ん? そちらのホムンクルスは君の?」
「あ、そうです。ミレナ!」
アレシュがミレナを呼ぶと、ミレナはよそ行きの顔をして前にやってきてぺこりとお辞儀をした。
「いい出来だね。これを君が作ったのかい?」
「あ、いえ……ミレナは父が作ったんです。父も錬金術師で」
アレシュがそう答えると、カインの顔色がわずかに変わった。
「へぇ、そうなんだ。君の名前は?」
「アレシュです。アレシュ……フェレンツです」
アレシュは少し躊躇った後、素直に本名を名乗った。カインなら大丈夫な気がしたのだ。
「……もしかして、お父さんはエアハルト・フェレンツ?」
「そうです」
「やっぱりそうか! 僕の師匠の名前はアレシュ。あの『人形師』のアレシュだ。そして一緒に師事していた兄弟子がエアハルトさんだ」
なんてことだ。とアレシュは胸がドキドキしてきた。父さんとカインは一緒に錬金術を学んでいただなんで。
「エアハルトさん結婚したのか! こんな大きな子まで……」
「いえ、父さんは捨て子の俺を拾ってくれたんです」
「そ、そうか……それでも信じられん」
カインの言わんとしていることは分かる。エアハルトの人間嫌いは筋金入りだったから。
「でも……父さんは本当に俺を愛してくれました。……最後まで」
「……アレシュ、それは……まさか」
カインの顔色が青ざめていくアレシュは頷いた。
「父さんは何者かに殺されました。俺とミレナはそこから逃げてきたんです」
「なんと……」
カインの顔が歪む。彼は顔を覆ってしばらく俯いた。
「アレシュ」
そしてアレシュを抱き寄せると、その背中をそっとさすった。
「……よく無事だった。その……エアハルトさんはなぜ……」
「それは分からないんです。父さんが殺される前、ホムンクルスを連れた男が訪れていました。俺が駆けつけた時には男はもう逃げていて、ホムンクルスが父さんを殺していました」
「……そうか」
「カインさん。父さんを殺した人物に何か思い当たったりしませんか」
「いや……僕も長いこと会ってなかったから……。そうだ、ここではなんだから僕の工房においで」
アレシュはその誘いのまま、カインの工房に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます