第18話 ホムンクルス・シアター

「……十九、二十」


「これで揃いましたね」


 錬金釜で製造した初級ポーションが二十本。材料費と容器代、それからギルドに納める分をさっ引くと宿代くらいにはなる。


「夢が無い!」


「そうですね」


 宿の部屋で出来るくらいの、つまり匂いや音のあまりしないものを選んでいると受けられる依頼が限られる。屋根のあるところで眠れるが、それだけだ。


「隙間の小遣い稼ぎですからね。これで食っていこうって人はそんないないのでは」


「だよね」


 アレシュたちはそれを箱に収めると、冒険者ギルドに納品しに行った。


「はい確かに。次の依頼はどうする?」


「えーと、ちょっと考えてからにします」


 アレシュは受付のお姉さんにそう答えて、ギルドを後にした。


「アレシュ、お昼にしましょう」


「そうだね」


 アレシュたちは適当な店に入って、ミートパイとサラダのセットと冷水を頼んだ。


「依頼内容をもっと考えないとな。商会を通して探した方がいいのかな」


「どちらにせよ、工房を持った方がいいと思うわ」


「だとしたらもっとこの街を見て回った方がいいな」


 一時にせよ、工房を構えるとなったらしばらくこの街とお付き合いをすることになる。アレシュも慎重になろうというものだ。


「きゃあああ!」


 突然の黄色い声に、アレシュは食後のお茶を吹き出しそうになった。


「本物!?」


「やだ……かっこいい!」


 店内の女性たちが色めき立っている。見ると、緑のローブを着た背の高い細身の男が店の入り口から入ってくるところだった。ダークブラウンの髪を後ろに束ね、深い青の知的眼差しが印象的だ。


「カイン様!」


「舞台素敵でした!」


 どこかの富裕層のお嬢さんがキラキラした目をしながら周りを囲んでいる。


「ありがとう。また見に来てね」


「はい……ぜひ……!」


 アレシュはあっけに取られながらそのやり取りを見ていた。


「キザですね」


「しっ、ミレナ。聞こえるよ……出ようか」


 居心地の悪さを覚えたアレシュは席を立った。


「君!」


 だが、急にカインに呼び止められ、アレシュは心臓が口から飛び出るかと思った。


「忘れ物してるよ!」


「あ、すみません」


 椅子にかけていた上着を、カインがアレシュに手渡してくれた。


「……」


「どうかした?」


「あっ、いいえ。ありがとうございます」


 アレシュは上着を受け取ると、そそくさと店を出た。


「あんなチャラチャラしたのが錬金術師だと思われたら困ります」


 ミレナは憤慨したように言っていたが、アレシュは首を振った。


「……それは違うと思うよ。ミレナ。彼の手、ボロボロだった。実験で何度も怪我をした手だ。……父さんと同じ」


 きっと実力ある錬金術師なのだ。


「あの舞台見て見ようか。ホムンクルス・シアター」


「えっ?」


「ちょっと興味が湧いてきた」


 アレシュたちは早速、劇場の方へと向かった。


「うわぁ……劇場なんて初めて見た」


 どこもこうなのだろうか。アレシュは華々しい白い大きな建物を見て口をあんぐり開けた。屋根にはでかでかとした看板が掲げられ、そこには微笑むカインの姿が描かれている。


「皆様、ようこそ! ここは感動と驚きが詰まったホムンクルス・シアターです! 希代の錬金術師カイン・オブライエンがプロデュースする、美しいホムンクルスたちのレビューダンスをお楽しみください! 笑いあり、涙ありの感動の舞台が、あなたを待っています。さあ、ホムンクルスたちの華麗なる舞踏会へ、ぜひお越しください!」


 フリフリの服を着たホムンクルスたちが、客の呼び込みをしている。


「ご観劇の思い出に! 絵はがきやハンカチはいかがですか?」


「えー、焼き栗はいかが? クッキーにパウンドケーキもあるよ」


 賑やかなその様子に、アレシュはただただ圧倒されるばかりだった。


「アレシュ、チケットを買わないと」


「あ、ああ。そうだね」


 チケットの列はけっこうな長さだ。アレシュは買えるかどうか少し心配したが、無事順番が来た。


「一等席から三等席までありますが」


「えっと、三等席が二枚」


 アレシュはチケットを買うと、入り口へと向かった。席種によって入り口が違うらしい。入ってすぐの桟敷席が一番安い三等席だ。他に見晴らしの良い階段状の席があり、そちらが二等席。舞台の際の近い席とさらに上のバルコニー席が一等席。


「ミレナ、あそこにホムンクルスがいる」


 アレシュが指さした先のバルコニーには、四人のホムンクルスに囲まれた老紳士がいた。ホムンクルスたちは揃いの煌びやかなドレスを着ている。


「まあ、お金持ちなんでしょうね」


 一方、三等席にいるホムンクルスはミレナだけだ。ホムンクルスの分までチケット代を払う物好きはこの辺にはいないらしい。


 アレシュとミレナがキョロキョロとあたりを見回している間に開演時間になった。楽団が華やかな序曲を奏で、ゆっくりと幕が上がっていく。


「さあ! 希代の錬金術師、カイン・オブライエンの華麗なる舞台の始まりです! まずはカイン・ガールズの美しきダンス!」


 音楽が変わると、ピンク色の羽扇子を持ったホムンクルスたちが、舞い踊り始めた。


「綺麗ね、アレシュ」


「ああ、あれだけ均一な規格のホムンクルスを作れるんだ」


 これだけ統一感のあるダンスを踊らせるには、それぞれの魔法陣を狂い無く描く必要がある。


 ダンスが終わると、舞台中央に明かりが点る。そこに現れたのはカイン・オブライエンだ。


「いやあああ! カイン様!」


「こっちむいてー!」


 出てきただけで拍手と歓声が起こる。やがてホムンクルスたちが、まだバラバラの素体を運んでくる。カインはそれを素早く組み立て、印に血を刻むと、命を吹き込まれたホムンクルスたちが動き出す。


「それでは彼らの楽しいお芝居をご覧に入れましょう」


カインが手を広げると、一匹のホムンクルスの蝶が羽ばたき、バルコニー席に飛んでいく。それはゆっくりと座席を巡り、また舞台に戻ってきた。


「ああ、どうして私はホムンクルスなのかしら」


 ハラハラと涙を流すホムンクルスの女の子の髪に蝶が止まる。彼女は人間に恋をして、報われない思いを抱いていた。だが、実はお互いに思いが通じ合っていたことが分かる。


「……まるで人間みたい」


「細やかな表情だね」


 頭部の細工がいい加減だと、ホムンクルスの表情は不自然になる。だが、報われぬ恋に身を焦がすホムンクルスの演技は見事なものだった。


「ああ、そうか……これ、全部見本なんだ」


「見本?」


「こういうホムンクルスを作れるっていう、動くカタログだよ」


 貴族などの富裕層には、この舞台に出ていたホムンクルスを手に入れたとなったら自慢になるだろう。舞台が評判となってカインの名が上がれば、なおさら。


「上手いこと考えるな」


 アレシュは関心して舞台に見入った。


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