第17話 文化都市サンスプリーグ

 サンスプリーグは古い都市だ。かつて古代国家があったころ、ここは首都として栄えていたそうだ。なので歴史ある建造物や、教会、それから大学もある。絵画や彫刻の名工を生み出し、数々の著名な文化人に愛される都市なのだ。


「ついたー!」


 馬車から降りたアレシュは、改めて古都サンスプリーグの街並みを見渡した。小高い丘の上には古代の神殿。その近くには世界最大の図書館があるはずだ。街路は大きな道が放射状に延びていて、この街が綿密な都市計画を元に設計されたのを表している。


「アレシュ、宿を探しましょう」


「そうだね」


 アレシュは冒険者オリバーから新しい街についたらするべき行動を教えて貰っていた。それは安くて良い宿を探すこと。そして情報収集に努めること。大きな街には色んな宿がある。貧民向けの安宿、普通の旅行者用の宿、商人の宿、冒険者の宿。懐が寂しいのなら安宿に泊まるしかないが、出来れば冒険者向けの宿に泊まった方が良いと聞いた。そこは長期滞在にも向いているし、金庫があったり、鍵がしっかりしているところが多いそうだ。あとは一階が食堂兼酒場になっているところがほとんどで、泊まり客たちが盛んに情報交換をしているらしい。そこで仕事や仲間を見つけることも多いとか。


「サンスプリーグには紹介所があるんですってね」


「うん、大きな街だからね」


 この街は観光に来る富裕層から中流層の人間も多い。そこで商会は所属する商店や宿なんかと提携して、街中に案内所を作っているそうだ。もちろん無料で、誰でも利用できる。


「こんにちは~」


 案内所は綺麗で、花瓶に花なんかも飾ってある。カウンターに向かうと、揃いの制服を着た女性が、何かお困りでしょうか、と笑顔で迎えてくれた。


「俺、錬金術師なんですが、宿選びを手伝って欲しいのと、魔道具店の場所を教えて欲しくて」


「かしこまりました。宿ですが、予算や雰囲気などご希望はございますか?」


「あまり安いところではなく、ほどほどのところで……一晩銀貨三枚くらいが希望です。冒険者向けで賑わっているところがいいです」


 アレシュが要望を伝えると、横からミレナが割り込んできた。


「お布団が綺麗でふかふかなところで! ベッドは一つでいいです。私は寝ないので。それからご飯がおいしいところ。それからお風呂の設備があって……」


「わーっ、ミレナ。そこまで!」


「大丈夫ですよ。お客様。条件に合う宿を探してみますね」


 受付の女性は苦笑しながら、ペラペラと辞典のような厚さの帳面をめくる。


「そうですね……」


 すっと目の前に紙が一枚出される。そこには商会の紋章が印字されていて、宿の名前と場所が書き込まれていた。


「清潔で食事が美味しいと若い冒険者の間で評判の宿です。一番人気がここで、二番目はここ。それから比較的新しくできたところがここです。知名度は低いですが評判はいいですよ」


「ありがとうございます。回ってみます」


 もう一枚、魔道具店の地図ももらい、アレシュとミレナは案内所を出た。


「えーとここだ……すみませーん」


「申し訳ありません。満室で……」


 だが、こんな調子で二軒連続で断られた。残るは最後の宿だ。その宿は中心部より少し離れたところにあった。買い物には少し不便にはなるが、建物は新しい。


「大丈夫ですよ。空いています」


「本当ですか?」


 今のところ長期で泊まっても大丈夫と言うことで、アレシュは十日間そこに泊まることにした。


「良かったね。うん、お布団も合格です」


 ミレナのお眼鏡にも適ったようだ。


「街の散策は明日にしようか。下の食堂に行ってみよう」


「ええ」


 食堂は床も窓もピカピカだ。幾人かのお客が、椅子やソファに座った席に座ると、緑の髪の男の子のホムンクルスがやってきた。


「こんにちは。僕はロアンと言います。何かご用はありますか?」


「少し疲れたので甘い物が欲しいんだけど」


「なるほど。それならチョコレートタルトがありますよ」


 しばらくすると、ロアンがお茶と一緒にタルトを持ってきてくれた。


「おいしい」


 ねっとりとした甘さが疲れた体に染み渡る。


「あの、ちょっとお話してもいいでしょうか? その、そちらのホムンクルスの方に」


 タルトを堪能していると、ロアンが再びやってきて話しかけてきた。


「……私?」


「はい。すごく綺麗に作ってあるなあって」


 顔の造形もそうだが、手足のバランスや継ぎ目など、制作者によってここは腕の差が出る。エアハルトのホムンクルスは、とにかく美しく、賢いと評判だった。


「ありがと。私はミレナ。こちらのアレシュのお世話係よ」


「精霊が固定してからどれぐらいですか?」


「十三年よ」


 ミレナが答えると、ロアンは目をキラキラさせた。


「そんなに……! 僕はまだ三年なんです。魔法ってどのくらい使えますか」


「普通の生活魔法と水魔法と回復魔法が出来るわ」


「わああ……いいなあ。あ、すみませんでした。べらべらと」


 ロアンが去った後、ミレナはふふふと笑いを堪えていた。


「懐かしいわ。私もあんなだったもの。村にお買い物に行くついでに、わからないことを他のホムンクルスに教えてもらったわ」


「そうだったんだ。ミレナはなんでも出来るなって思ってたけど」


「ただの精霊から自我を持つようになると、色んなことがしたくなるの。ただエレメントを吸収するだけの存在から『やるべきこと』を与えられるのってとても楽しいの」


「それは……人間も本質は同じかもしれないね。俺たちは普段意識なんてしないけれど」


「そうかもしれないわね」


 アレシュにとってはミレナが側にいるのが当たり前すぎて、彼女が何を考えているのか、あまり聞いてこなかった気がする。人間にとってホムンクルスとは何か。そう考えることは、エアハルトが望んだホムンクルスの幸せに繋がるような気がした。


「ねぇねぇ。ここには来たばかりなの?」


 ロアンが去ると、食堂の奥のソファにいた一団が話しかけてきた。


「はい。ついさっき」


 アレシュが答えると、赤い髪のおそらく十代の女の子が食いつくように質問を畳みかけた。


「私たち『蒼き閃光』ってパーティなの。君も冒険者? 何が出来るの? というかいくつ?」


「おいおいマリア! ごめんな。こっちから自己紹介するよ」


 間に入ってきたのがリーダーのリュウ。剣士だそうだ。そして質問攻めしてきたのが弓士のマリア。ソファに座っているのが魔法使いのアレクと回復術士のセリーナ。


「どうぞよろしく。俺はアレシュ。錬金術師の十三歳」


「十三!? わたしの方がお姉さんね」


 マリアは十五歳で、このパーティでは一番下。リュウが二十三歳で一番年上なのだそうだ。


「この街には何しに来たの?」


「ええと……経験を積みたいと思って」


「修行ってこと?」


「ええ、まあそうです」


 アレシュはマリアとリュウにこの街のことを色々聞くことが出来た。


 まず買い物は安くて掘り出し物が多い二番街で買うこと。


 商売をするなら商会を介すること。後々面倒になる。


 逆にちょっと小遣い稼ぎに依頼を受けるのなら冒険者ギルドに登録が必須。登録は無料だけど、支払いから税金と手数料が引かれる。


 ギルドの表の掲示板には依頼以外にも色んな募集やニュースなどの掲示物があるから何も無くても目を通しておくといい


 ……などなど。


「夕食までに冒険者ギルドに寄ってみようか」


「そうね。それで明日から何をするか決めるといいと思うわ」


 アレシュとミレナは日が落ちる前に、ギルドへと向かった。


「こんにちは」


「こんにちは。登録ですか?」


 ギルドの受付のお姉さんは美人だった。美人な上に、おっきい。アレシュはうつむき加減に頷いた。


「それではお名前と出身地を書いてください。それからここは……職能を。魔法使いとか。で、特殊技能もお持ちでしたら書いた方が依頼がきます。それから活動歴も」


「はい」


 アレシュはカウンターの上にでんと乗ったお姉さんのおっぱいをなるべく見ないようにしながら、用紙に書き込んでいった。


「はい、ではこちらがサンスプリーグの冒険者ギルドの登録証です」


 カード状のそれには、名前が刻印されている。中央には薄い錬金ガラスがはめ込まれているようだった。


「初めはないと思うんですが、指名の仕事ですとか能力的に頼みたい仕事がある時はこのガラスが赤くなります」


「ふーん。精霊通信の応用かな」


「その通りです。さすが錬金術師ですね。なので紛失しないこと、それから街を出て行くときは返却してください。指名でない依頼は掲示板にあります。気になるものがあったら受付に申し出てください」


「わかりました」


「あっ、まだ説明してないことがありました。冒険者ギルドの登録特典です」


「そんなのがあるんですか」


「はい。怪我や病気をした場合、治療費の一割がギルドの負担となります。なので医者や治癒士などにかかったら申請してください。それからこの登録カードを見せると、割引になる施設があります。この街だと大劇場と図書館です」


「図書館ですか」


「はい。旅行者は入館料がいるんですが、こちらも一割引になります。調べ物にどうぞ。ランクが上がれば一般の書架以外も閲覧できますよ」


「へえ……」


 図書館はいずれ行ってみようと思ってたのでアレシュは嬉しくなった。


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