第24話 伯爵夫人

 アレシュは神妙な顔で仕立屋にメジャーを当てられていた。


「はい、もうよろしゅうございます」


「ありがとうございました」


 カインが指定した仕立屋はサンスプリーグ一の大きな店で、ホムンクルス・シアターの舞台衣装も手がけているとのことだった。


「はあ、緊張した」


「私もです。一から服を作ることなんて初めてですからね」


 アレシュの周りでは誰もが着るものに無頓着で、古着で体に合うものがあればそれでいい、という調子だった。だからどの生地がいいか、デザインはと聞かれてもろくに答えられずにほとんどお任せになってしまった。


「出来るのは一週間後か」


「特急でやるって言ってましたね」


 本来ならひと月くらいかかるらしいが、その仕立屋にはいい腕のホムンクルスが居て、そういう無茶なオーダーにも答えられるらしかった。


「せっかくだから買い物をしていこう」


「そうですね」


 アレシュとミレナは魔道具店に向かい、いくつかの材料を買って店の外に出た。


「あれ? アレシュ」


 するとアレシュを呼ぶ声がする。そちらの方向を見ると、魔術師のアレクがこちらに手を振っていた。


「なんだ、帰って来ていたのか」


「すみません……今生の別れみたいな挨拶したのに。カインさんのところで働くことになったんです」


「すごいな! それって助手ってことだろ?」


「そうかな……雑用だよ」


「いやいや、あのカイン・オブライエンと働けるんだろ。出世じゃないか」


 アレクは自分のことのように喜んでくれた。


「どうだ? お祝いをしないか? そろそろみんなギルドの手続きを終える頃だ」


「いや、ごめん帰らないと……」


 多少の寄り道ならいいだろうが、お使いの最中なのだ。


「そうか。じゃあ日を改めて。連絡は宿にしといてくれ」


「うん。わかった」


 他のみんなによろしく、と伝えてアレシュたちはカインの館へと帰った。




「お帰り。いい仕立屋だったろう?」


 館に戻ったアレシュは仕立ての注文が完了したことをカイン


「服を仕立てるのが初めてだったので、善し悪しは分からないですけど……その、パトロンの方にお会いするには十分なものになるかと」


「うん。じゃあそろそろ僕のパトロンのことを話しておこうか」


「は、はい……」


 カインに改まって言われたアレシュはカインの向かいに座った。


「いいかい僕のパトロンはイザベラ・パルヴィア伯爵夫人。影響力を持った非常に有力な貴族で、魔術、錬金術、芸術に深い関心を持っている。若い頃からそういった才能を持つ人物を後押ししていてね。僕もそのひとり、ということだ」


「素敵な女性ですね」


「まあね。ひとつ覚えていて欲しいのが、彼女は夫のパルヴィア伯爵との間に二子をもうけているがその間に愛情はない。夫のことを口にするのは避けた方が良い」


「は、はい……」


 うっかり口にしないよう、アレシュはそれを胸に刻みつけた。


「基本は優しい人だよ」


「わかりました」


 夫人との面会は一週間後。アレシュはお眼鏡に適うのだろうかアレシュはドキドキしながらその時を待った。




「アレシュ、ちゃんと髪を梳かして」


「してるよ」


「もう、私がやります」


 ミレナがアレシュからブラシをひったくってアレシュの寝癖を丁寧に直した。


「そろそろお時間ですが」


「今行くよ、ナルス!」


 二人はバタバタと転がるようにして玄関に向かった。


「やあ。準備は万端?」


 すでに馬車に乗り込んでいたカインはいつもよりお洒落をしている。隣に座ると、ほのかに香水の匂いもした。


「俺、大丈夫でしょうか」


「大丈夫。会えば分かるよ」


 サンスプリーグ郊外のパルヴィア伯爵夫人の邸宅はそれは立派なものだった。首都にも大層な屋敷があり、こちらには夫の伯爵はほとんど寄りつかない。それをいいことに、様々な文化人や技術者が入り浸っているのだという。


 アレシュたちは美しい応接間に迎え入れられた。この応接室は、豪華な装飾と洗練された家具が配置されており、壁には貴重な絵画や錬金術に関する古い書物が並んでおり、大きな窓からは庭園の美しい景色が広がり、柔らかな自然光が部屋を照らしていた。


「いらっしゃい。カインと小さな助手さん」


 彼女は黒髪の美しい女性だった。子供を二人産んだというのが信じられないほど、ウエストのくびれたドレスを着て、猫を抱いている。


 アレシュがそれらに見惚れて言葉を失っていると、彼女の猫はするりと腕から降りてアレシュの靴先をぱしっと叩いた。


「こら、挨拶せんか」


「わ、この子ホムンクルスですか」


 アレシュがびっくりして後ろに下がると、伯爵夫人はくすくすと笑いながらまた猫を抱き上げた。


「そうよ。カインが作ってくれたの。かわいいでしょ」


「は……い。失礼しました。俺はアレシュ・フェレンツと言います」


「聞いているわ。エアハルトの息子なんですってね。彼には何度も会いたいと手紙を出したけれど、すげなく断られたわ」


「す……すみません」


「いいのよ。その分彼には謎めいた魅力があったわ。亡くなってしまったなんて残念ね」


 彼女はそう言ってアレシュたちに着席を促すと、手ずからお茶を淹れて振る舞ってくれた。


「わたくしも手を下した人間に怒りを覚えているわ。彼が生きていたらもっと沢山の作品を作ってくれただろうに」


「父さんは錬金術で人を幸せにしたいと言っていました」


「素敵ね。わたくしもそう。錬金術は夢とときめきで出来ていると信じているのよ。少女の頃からね」


 伯爵夫人はカップに口を付け、にっこりと笑った。


「殿方は戦争に夢中ですけれど、わたくしは嫌い。わたくしの子供たちがいずれ巻き込まれるかと思うとぞっとするの。でもねアレシュ。私もギルドの様子を聞いているのだけど、どうも動きが見えないの。申し訳ないわ」


「いえ……お気持ちだけで」


 アレシュはなんの関係もないこの伯爵夫人が胸を痛め協力してくれただけでも嬉しかった。だが、伯爵夫人は心外だとでもいいたいように口を開いた。


「あら、アレシュ。今は動きが見えない、と言うことよ」


「はあ」


「ギルドの人間か、それに繋がるどこかの貴族か犯人は分からないけれど、結局欲しいものは手に入らなかった訳でしょ?」


「そうですね」


 そう聞きながら、アレシュは少し嫌な予感がした。


「ですからそれを知っているかもしれないアレシュの存在を知ったら、きっと接触をしてくると思うのよ。では、どうやってアレシュの存在を知ってもらうか……わたくし考えましたの」


「はあ……」


「コンテストをするわ」


「はあ!?」


 アレシュは意図がよく分からなくて伯爵夫人をじっと見た。


「若手錬金術師の技術や知識を競うコンテストをするわ。そしたら自然とアレシュの情報が向こうに伝わる。どういい考えでしょ」


「そんなに上手くいくでしょうか」


「あら……ふふふ。そうね。アレシュは実力で勝って貰わなくてはね。わたくし、そういう忖度はいたしませんの」


「は……ああ……がんばります」


 アレシュはなんとかそう答えた。伯爵夫人はそれを面白がるように微笑んでいた。


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