第15話 結婚税



 ――一時間後。アレシュはボロボロになって地面に倒れていた。


「くくくぅ……強い……」


「すまないやりすぎたな」


 オリバーの方は涼しい顔をしている。根本から鍛え方が違うといったところだ。


「いや……何かつかめた気がします」


「そうか? ならいいんだが……別に冒険者になるって訳じゃないんだろ? 身を守るなら魔道具でいい気もするんだが」


「そうなんですけど」


 思ったより外の世界は恐ろしい。ここに来るまでに二回も襲われる羽目になった。それに……。


 アレシュの脳裏にチラリと父を殺した男の顔が浮かぶ。もし、再び会うことがあったら。その時にただ立ち尽くすのは嫌だ。


「さって、結婚式もあるし身支度しないと!」


「ああ、そうだった」


 アレシュはオリバーも一緒に洗浄魔法をかけた。


「ふう……さっぱりした。どうだ、男前か?」


「ええ、僕が見てきただれより男前ですよ」


 アレシュの会った人などたかがしれているのだが。だが、愛する人と一生を共にする決意と未来を抱いた男の姿は、単純に格好良いとアレシュは思った。


(俺もいつか誰かと結婚するんだろうか)


 アレシュはそう考えると、また何かむずむずするような気がするのだった。




「おめでとう!」


「幸せになれよ!」


 沢山の歓声に包まれて、今日の主役の二人は教会の門をくぐった。オリバーは一張羅に愛用の剣を携えて、サーシャは晴れ着に生花の冠を付けて、ブーケを手にしている。


 世界で今、一番幸せな二人の姿を見て、アレシュもミレナも惜しみない拍手を送った。


「さあさあ皆さん、ご馳走を用意しましたよ!」


 その声に、出席者たちは食べ物や酒をそれぞれ手にした。


「くう……オリバーに先を越されるなんて」


「馬鹿、当たり前だろ。オリバーはこの村で一番喧嘩が強いんだから」


「女はそういうのがいいのか!?」


「飲み過ぎだよー」


 大層賑やかに宴は盛り上がってきた。


「あれっ……」


 その時、ひとりの村人が、教会の外にやってきた人物に気がついた。


 馬に乗り、軽鎧を身につけた男を三人連れている。


「あれは領主さまじゃないか?」


 馬上の人物はまだ若い。だが、馬の飾りの紋章と、最近代替わりしたという話を聞いていたことから、そう思ったのだ。


「領主さまですか!? 結婚のお祝いですよ! 領主さまも寄っていってください!」


 村人たちはこの若い領主を歓迎した。


 だが、彼らが領主に近づこうとすると、護衛の男たちは剣を抜いた。


「えっ……?」


「私はこの地の領主、アルカイウス・ドラクモンドだ。父の引退に伴い、私が新しい領主となった。私は取るべき税を受け取りに来たのだ」


 村人たちはどういうことかと首をひねった。


「ちょっと待って……通してくれ」


 そこを、オリバーが人垣を塗って前に出た。


「領主様、定められた税ならば、この村はキチンと納めています」


 オリバーがそう言うと、アルカイウスはふんと鼻を鳴らした。


「何を言う。今そこで結婚式をしているではないか。私は結婚税を取りに来た」


「結婚税……!? そんなもの聞いたことないですけど」


 オリバーが驚くと、控えていた男が書状を取りだし、読み上げた。


「昨今の長引く戦争による、支出の増大に対し、七十五年前に定められた結婚税の納税を義務とする。この税は、結婚する年の年収の五割、あるいは収穫物の半分を納めるものである」


 その内容に、村人たちはどよめいた。


「七十五年前……? 爺さん知っているか?」


「それに五割ってあんまりだ!」


 村人たちの中に反発と怒りがわき上がっていく。


 つまりはこの領主は、前領主もその前の時も取ろうとしなかった有名無実化した税を今になって取ろうというのだ。


「黙れ!」


 馬上からアルカイウスが怒号を上げた。


「私は国王陛下から権利を頂いている。私に逆らうということは王に逆らうということだ」


 オリバーは護衛たちに牽制されながら、それでも叫んだ。


「そんな……横暴です。普段の税だって苦しいのに。我々は慎ましく暮らしています」


「ふん……だが私は慈悲深い領主だ。別の支払い方も用意している」


「別の……?」


「新妻との初夜を私に捧げよ。それを以て支払いとみなす」


「何だと!」


 オリバーが剣を握った。周りの村人たちは全力でオリバーを止めにかかった。


「出て行け……!」


「……今晩までにどうするのか決めろ。ではな」


 去って行くアルカイウスの後ろ姿を、みんなは射殺すような目で見ていた。




「どうしたらいいんだ……」


 これまでのお祝いムードが一転、重苦しい食う気が充満している。オリバーは頭を抱え、サーシャはあまりのことに立っていられなくなり、村の女たちに支えられながら椅子についた。


「アレシュ、大変なことになりましたね」


「うん、なんとかしないと……」


 アレシュたちは通りすがりの旅人だ。しかしこんな場面に立ち会った以上、知らぬふりは出来ないと思った。


「サーシャは金には変えられない。金を払うしかないか……」


 オリバーは絞り出すようにして言った。


「しかしこんなことが続いたらたまったものではない。若者が出て行ってしまう」


 村長はそう言って苦い顔をした。若者が出て行けば、やがてこの村も寂れてしまうだろう。


「アレシュ、何かいい案はないか?」


「俺……ええと、何か身代わりとか……例えばホムンクルスで……いやでも時間がなさ過ぎる」


 アレシュは頭をフル回転させた。エアハルトが作っていたものの中で、今回のことに使えそうなものはないだろうか。


「……あ! そうだ! いい案があります!」


 アレシュは手を叩いた。


「この件、俺に任せてください」


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