第14話 オリバーのふるさと
翌日、アレシュたちはグリムズビーの街を後にした。目的地は、ここから一週間ほどかかる街サンスプリーグだ。
ゼノンは商会の馬車を使ってくれと言っていたが、それは丁重にお断りした。
「お客様! 元気でね」
そう言いながらいつまでも手を振るエルナの髪は海の色と同じだった。
「さて、乗り場に行こうか」
「ええ。アレシュ」
乗り合い馬車の停車場についた二人は、見覚えのある人間を見つけて声をあげた。
「オリバーさん!」
「やあ。またあったなぼうず」
「護衛ですか?」
「ああそうだ。ただ、途中までなんだ。久しぶりに里帰りをするんでね」
御者に乗ってくださいと促され、三人は馬車に乗り込んだ。
「故郷に帰るのは三年ぶりだ」
「へえ」
「結婚するんだ」
「へえ!?」
アレシュが間抜けな声を出したので、オリバーは笑っていた。
「そんな顔するなよ。俺だって結婚くらいするさ」
「あ、いや……」
「その為に冒険者をして金を貯めてたんだ。二人で住む家を買うんだ」
「すごいなあ」
「愛する人の為に危険な仕事をしてたんですね」
ミレナも尊敬の目をオリバーに向けた。
「ははは、体を張るくらいしか能が無いだけさ」
アレシュにはまだ結婚なんてピンとこなかった。エアハルトも結婚してなかったし、アレシュもこの間までミレナの介助がなくては生きてけない体だった。だから結婚というのはすごく遠くの物事に感じられた。
「ぼうずはどこへ?」
「えっと……一応、サンスプリーグへ行ってみようかと。でも途中で面白そうなところがあれば滞在しようかなって」
「それなら俺の村に来ないか? 結婚式をするからさ」
アレシュはオリバーの唐突な誘いに驚き、ミレナと顔を合わせた。
「俺たち会ったばかりなのに結婚式に出てもいいんですか?」
「庶民の結婚式なんて気楽なもんだよ。お祭り騒ぎさ」
「アレシュ、私結婚式見てみたいわ」
「そう……? それじゃ寄ってみようか」
こうして、アレシュとミレナはオリバーの生まれ故郷に立ち寄ることになった。
「さあ、ここだ」
オリバーの村は長閑な農村だった。細い道を辿っていくと、村の入り口についた。
「オリバー!」
その声を聞いた途端、オリバーは荷物を放って走り出した。
「サーシャ!」
迎えに来た金髪の細身の女性を抱き締めて、その場でぐるぐると回った。
「……帰って来たよ」
「オリバー……寂しかったわ」
再びぎゅっと二人は抱き締め合った。
「あわわ……」
「アレシュ、あんまりじっと見ちゃ駄目ですよ」
完全に二人の世界に入ってしまって、置いてけぼりのアレシュとミレナはもじもじとしながらその場に立ち尽くしていた。
「はは……ごめんごめん。お待たせ。こちらは婚約者のサーシャ」
「こんにちは。お客さん?」
「ああ、旅で知り合ったんだ。結婚式を見せてあげたいと思って」
「あら。ご馳走を沢山用意するから、楽しんでいってね」
「ありがとうございます。そうだ……これ、プレゼントします。美容石けんです。お肌がつるつるもちもちになります」
アレシュは鞄の中から例の美容石けんを取りだした。
「ええ!? ありがとう……! これ、もしかしてウェルシーの石けん?」
「そうです。ウェルシーの魔道具店のレシピです」
「わあ! あこがれだったの! ありがとう!」
アレシュはサーシャにぎゅっと抱き締められ、目を白黒させた。
「なんかごめんな」
オリバーは苦笑いをしている。
「いや、感動の再会でした……」
アレシュたちはオリバーの家に泊めてもらうことになった。空き部屋のひとつを貸して貰って、二人はようやく一息つく。
「すごかったね……」
大人のいちゃいちゃをたっぷり見せつけられたアレシュは思わず思い出してしまい、顔を赤らめた。
「それにしても、ミレナが結婚式が見たいだなんて意外だったな」
「自分のためじゃないですよ。アレシュのためです。勉強しておかないと」
「俺の?」
「ええ。アレシュにはとっても素敵なお嫁さんを見つけて貰って、素敵な結婚式をしてもらうんです」
ミレナがそううっとりとしながら言うので、アレシュは背中がむずむずした。
「そんなのまだぜんぜん先だよ」
「そうですか?」
「そうだよ!」
アレシュは恥ずかしくなってミレナに背を向けた。
「もう……私、ちょっとお手伝いをしてくるわ」
「わかった」
ミレナが部屋を出ると、アレシュはふうと深いため息をついた。
アレシュは鞄の中から錬金釜を取りだして、机の上に置いた。
ここにいる間にいくつか作ってみたいものがある。ここにはどれくらい滞在しようか……。
「アレシュ! ちょっといいか?」
アレシュが思案していると、部屋の扉が叩かれた。オリバーだ。
「どうしました、オリバーさん」
「相談事があるんだ」
部屋に入ってきたオリバーは、剣を持っていた。そして柄の部分を持って指し示した。
「魔法剣を作りたいんだ。お願いできないだろうか」
「ああ、魔法陣を彫り込んで威力を上げたやつですね。作ったことはないですけど、やれると思います」
「ああそうだ」
「それなら一番得意な魔法にした方がいいですね。魔法陣で威力を増す分、コントロールが少し難しくなりますから」
「なるほど……なら風魔法かな」
「攻撃ですか? 防御ですか?」
アレシュがそう聞くと、オリバーはしばらく思案顔をした後、「防御」と答えた。
「新婚早々、女房を泣かせるわけにはいかん」
「はは、それはそうですね。では剣をお借りします。夕方までにはお返ししますよ」
「代金はどれくらいだ?」
「……今回はいいです。ご祝儀ってことで」
アレシュの答えにオリバーは恐縮していた。
「そんな悪いよ」
「では、俺のお願いを聞いて欲しいです」
「お願い? なんだ?」
「体捌きを教えて欲しいんです。その……剣を振ったり、攻撃を防いだり」
いままでアレシュはどうにか敵の攻撃をしのいで来た。アレシュの義肢は日常生活では困らない程度に自在に動いていたが、もっと効率的な動きがあるはずだ。アレシュはまだ旅を続ける。また襲われても抵抗できるようにしておきたかった。
「そういうことなら」
毎朝オリバーはかかさず訓練をするそうなので、その時間を使ってアレシュはオリバーからコツを伝授してもらうことになった。
「アレシュ、見て!」
アレシュがオリバーの剣に細工を施していると、ミレナが帰ってきた。見たことのない小花柄のワンピースを着ている。
「村の教会の飾り付けを手伝ったら、おばさんがこの服をお礼にくれたの。もう着ないからって。明日の結婚式はこれを着ます!」
「かわいいね。よく似合ってるよ」
アレシュがそう言うと、ミレナは満面の笑みを浮かべた。
「へへへ~。楽しみですね。結婚式」
「うん」
翌朝。アレシュはオリバーと一緒に庭に出た。
「その剣は柄に魔力を流すと、魔法が作動するようになっています」
オリバーは剣を抜き、構える。すると風の障壁が展開した。アレシュは右手を刃の形に変え、その障壁に叩き付けた。ガン! という音を立て、障壁がアレシュの手を弾く。
「なるほど。これは使えそうだ」
それじゃあいこうか、とオリバーは言い、障壁を解く。
「遠慮せずに斬りかかってこい」
「わ……わかりました!」
アレシュは手を大きく振りかぶって、オリバーに向かって襲いかかった。
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