第13話 夜の海
「いいんじゃないですか。話を受けても」
ミレナは簡単に言うが、アレシュはやはり決めかねていた。
「俺、ああいう人苦手かも」
「あのゼノンって方ですか」
「なんていうか偉そうっていうか、仕事は出来そうだったけど」
アレシュの対人関係なんて片手で余るほどだったから、人に対してそんな感情を抱くことにまず戸惑いがある。
「それじゃやめましょ」
「だから簡単に言うなよ……」
だが彼の商会に所属するとなったら彼とやりとりしなくてはいけない。意見が違ったら? やりたくない仕事を押しつけられたら?
「マスターは嫌なことは嫌って言ってましたよ?」
「父さんは特別なんだよ」
特別の人嫌い。まだ若いのにあの館に仙人のように閉じこもっていた。アレシュが同じように生きられるかと言ったら、またそれも難しいと感じるのだった。
人と触れあうのに大変だな、と思うことはあったけれど、それはアレシュが世慣れていないからであって、人と会うのに憂鬱だと思うことはない。
「ちょっと散歩でもして考えるか」
「もう真っ暗ですよ」
「昨日、マジックランタンを作ったんだ。動作確認がてら行ってくるよ」
マジックランタンは宙に浮かぶ光石を光源としたランタンだ。これなら両手が塞がらないので、夜に出歩くにはもってこいのアイテムだ。
「夜の海って見てないしさ」
「わ……私も行きます。危ないですから!」
「そお?」
相変わらず過保護だな、と思うものの、置いていったら余計にうるさいだろうなと思って、アレシュはミレナの好きなようにさせることにした。
「星が綺麗ですね」
「本当だ。今夜は新月だから」
暗い通りを歩きながら、アレシュとミレナは港へと向かっていた。ふよふよと浮かぶマジックランタンは小型なわりにしっかり足下を照らしてくれている。
「ベンチに座ろう」
さすがにこの時間にはあのお婆さんはいない。二人はベンチに座って、暗い夜の海を見つめた。
「黒いね。あそこだけ星が飲み込まれてしまったみたい」
「アレシュは詩人ね」
「やめてよ。……少し離れててくれる? 考え事するから」
いたずらな風が、後ろからアレシュに吹き付ける。昼間とは逆なんだな、とアレシュは思った。
(……結局、俺はどうしたいんだろ)
父さんのような腕利きの錬金術師になりたい。その思いはあるけれども、それにはどうしたらいいのか分からなかった。そんな風なのにここに拠点を築いていいのだろうか。しかし実践して経験を積むのにはいいチャンスかもしれない。
「うーん」
アレシュがいよいよ分からなくなって頭を抱えた時だった。
突然、アレシュの前に剣の切っ先が掠めた。
ガギィ! と大きな音が響く。アレシュはとっさに義手を硬化させ、それを弾き飛ばした。
「何ッ!」
相手がひるんだ隙に、アレシュは脚を長さを伸ばし、その勢いで蹴り上げた。
「誰だ!?」
アレシュはマジックランタンの光量を上げた。その光が映し出したのは、見知らぬ男だった。
「アレシュ! 大丈夫ですか?」
「ミレナ、下がってて!」
駆け寄ろうとするミレナを手で制し、アレシュはその男を睨み付けた。
「なんだ? 強盗か?」
アレシュが問いかけると、男は顔を歪めて怒鳴りつけた。
「お前こそなんだ! 確かに切った感触がしたのに」
「残念。お前が切ったのは僕の義手さ」
アレシュは硬化させたままの右手の義手を鋭い刃物へと変化させた。
「なんだ……それ……」
「警備兵に突き出してやる」
アレシュは懐から雷精玉を出してそれを破裂させた。雷撃を受けた男は痙攣しながら気絶した。
「ミレナ、人を呼んで来てよ」
アレシュがそうミレナに呼びかけると、ミレナは「後ろ!」と短く叫んだ。
「……え?」
アレシュはその声に反応して一歩下がる。そのすれすれをナイフが掠めていった。
「な……」
「アレシュ! 周りに……」
アレシュは男たちに囲まれていた。くたびれて汗じみた服を着て、口元に下卑た笑いを貼り付けている。いかにも街のならず者と言った感じだ。
アレシュは左手も硬化し刃に変化させた。武器を持ったこいつらからの攻撃は義手で受ける。
そして捕まる前に無力化するしかない。
しかしただの散歩のつもりだったアレシュは多くの錬金アイテムを持ち歩いていない。
それでも、なんとかこの場を切り抜けなければ!
「うおおおお!」
アレシュは雄叫びを挙げながら、走りはじめた。男たちはそれを避けようと、ジタバタ散り始める。
(別に訓練された動きじゃない……あのホムンクルスに比べれば)
アレシュはピタリと足を止めた。
「ミレナ! 助けて!」
「うん!」
ミレナは男たち目掛けて│
「よし! ありがとう!」
アレシュは右手を掲げた。その手のひらには雷の魔法陣。パチパチと電光が散る。
「くらえ!」
アレシュは地面に手をついた。そこにはミレナの巻いた水が溜まっている。その水を伝って、電撃が男たちを襲った。
「ガアアッ!」
男たちは感電したが、ミレナとアレシュは涼しい顔をしている。二人の手足の素材の魔素石膏は電気を通さないのだ。
「ふう……」
「アレシュ、なんなのこれ」
「ただの強盗じゃなさそうだ」
それにしては大人数で、ミレナにはほとんど興味を示さず、アレシュに敵意を向けていた。
早く港の警備兵を呼んでこよう、そうアレシュが一歩踏み出した時だった。
「──ゲコッ」
急に足元で声がしたので、アレシュは視線をそちらに向けた。
「蛙……?」
いや、よく見れば本物の蛙ではなく、子供のおもちゃの蛙だった。魔素石膏は成形しやすく硬さや柔らかさを自在に変えられるため、色んなものに使われている。
「なんだこれ」
アレシュはそれをつまみ上げた。背中に魔法陣がついている。
「……これ」
アレシュは手のひらの中央から鋭いナイフを生み出し、その蛙を破壊した。
「おい! 出てこい!」
アレシュが怒鳴りつけると、くらがりの向こうから何かがうごめく気配がする。
「なんだお前……その手、どうなってる」
現れたのは顔色の悪い青年だった。その足元には沢山のおもちゃの蛙がいる。
「あんた、商会をクビになった錬金術師か」
「お前のせいだろ!」
「それはどうかなぁ。あんな適当な仕事じゃいずれバレてたと思うけど」
「うるさい!」
青年が手をかざすと、蛙たちが一斉にアレシュに向かってきた。
「やっぱなんかこの蛙に仕込んであるな?」
アレシュは靴を脱いで放り投げた。そして足裏に大きく鋭いスパイクを出現させ、次々と蛙を踏み潰した。
「あっ……!」
だが勢いが良すぎて、破片がアレシュの肩をかすめる。そこはジュウッと音を立てて焼けた。
「毒薬……?」
おそらくは強い酸。魔素石膏は溶かさないが、生身の部分はやけどする。アレシュが普通の肉体をしていたら大怪我をしていただろう。
「……死ね!」
「嫌だね!」
アレシュは両手を盾のように変化させ、蛙を弾き飛ばす。
「……終わりだ」
チョロチョロと逃げ回る青年の背中に照準を合わす。指先から作り出した矢が、風の魔法をまとって飛び出した。
「うわぁぁあ!」
青年は服ごと地面に縫いとめられた。
「逆恨みして、俺を殺したって仕事は戻ってこないよ」
「うう……」
青年はがっくりと額を地面に擦り付けた。
「アレシュ! 警備兵さんを呼んできたわよ」
「ありがとうミレナ」
気づけばならず者が何人もバタバタと港に倒れて動けなくなっている。何があったのか聞かせて欲しいと、被害者のアレシュも詰め所で取り調べを受けることになった。
「ふぁー。眠い」
ようやく取り調べから開放されたのは、夜明け頃だった。
「結局あのクビ錬金術師がごろつきを雇って襲ってきたわけね」
「ほいほい宿から出てきたから都合がよかったろうなぁ。もうちょい気をつけて行動するよ」
アレシュは自分の手をじっと見た。それから足も。今回、もしアレシュの手足が魔導義肢でなければ命がなかったかもしれない。
「申し訳なかった!」
血相を変えてゼノンがアレシュを尋ねてきたのは、翌朝だった。
「怪我は……?」
「少しやけどしましたけど、回復魔法でもう跡もなく」
「そう……か……」
昨日は綺麗に撫でつけられていた髪も、乱れて額に張り付いている。
「私が安易だった。こんなことをしでかすとは」
「それはいいんです。そりゃ恐ろしかったけど。ゼノンさん。彼が牢屋から出てきたら、どこかに修行に出してあげてくれないですか」
「それは……」
「錬金術師じゃなくてもかまいません。ただ……誰も待っている人がいないのって辛いだろうなって」
もし、ゼノンが責任を感じているなら、あの青年のことを頼みたかった。
「分かった。午後にでも面会に行って彼と話すよ」
「ありがとうございます。それと……」
もうひとつ、ゼノンに伝えることがある。
「……ゼノンさん。まだ期日じゃないんですけど、俺答えが出ました。俺はこの街を出て行きます」
「そうか……そうだな」
ゼノンは残念そうだったが、今回のようなことがあったのなら仕方ない、と頷いた。だが、アレシュはそれはちょっと違う、と首を振った。
「今回のことで、自分の実力不足を感じたというか……もっと出来ることがある。って思ったんです。その為には、色んな場所で色んな人と関わって、沢山のことを見聞きしたいと思って」
その答えを聞いてゼノンはようやく少し微笑んだ。
「そうだな……いい心がけだと思う。私ももっと研鑽していい商会になるよう尽力するよ」
ゼノンはまたここに来たらいくらでも力になると言ってくれた。
こうしてアレシュはグリムズビーの街を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます