第12話 訪問者
「お客様、おはようございます。大変です……!」
エルナが扉を叩く音でアレシュは目覚めた。
「どうしたんです?」
「お客様を訪ねてこられた方が沢山いて」
「ええっ」
慌てて下の食堂に降りると、いかつい海の男たちがみっしりと、それはそれはむさ苦しい光景だった。
「よお、あんたかホムンクルスの調子を見てくれるってのは?」
「あ、はい俺です」
「うちのは買った時からこんな調子なんだけどよ、それでもいいのか?」
「ええ、構いませんけど……」
さてこの人数をどうさばこうか。アレシュがううん、と思案していると、パンパンとエルナが手を叩いた。
「ここは宿屋で食堂です。お泊まりの方とお食事の方以外は出てってくださいよ」
「なんだぁ?」
「あたたかいお茶は銅貨三枚、冷たいレモネードが銅貨二枚、ね!」
「お……おう……じゃあレモネードを」
「女将さん! レモネードの用意をお願いします」
女将さんは苦笑いをしながらレモンの砂糖煮の瓶を取りだした。
「お客様、こっちを使って下さい」
「あ……ありがとう」
こんなことになるとは思わなかった。それほどこの街の人は不良品のホムンクルスに困っていたということだ。
「ミレナ、道具の準備をして」
「はい」
アレシュは彼らが連れてきたホムンクルスを並べて、首筋を見た。見覚えのある魔法陣だ。
「あれ、ひとつは正しい魔法陣だ」
「こいつはもう二十年前に買ったんだ」
「それはそれは……それまで修理を頼まなかったんですか?」
「前は引き受けてくれたんだが、商会に断られてよ」
「そうですか。このホムンクルスだけ一晩預かることになります」
手順になれてきたアレシュは、一体を除いて手早く修理を済ませた。
「すみません……」
男たちが帰った後、アレシュは宿を騒がせたことを女将さんに詫びた。
「いいのよ。こっちも儲かったし。まあ、あのエルナがこんなに気転が利くようになるなんてびっくりだわね」
女将さんが笑って許してくれたので、アレシュはほっと胸をなで下ろした。
「さて、君は俺と一緒に部屋に行こう。分解して直す必要がある」
「はい……本当に直して貰えるんですか」
「うん。俺は実務の経験は少ないけど、ずっと一流の仕事を見てた。大丈夫」
アレシュは二十年動いていたホムンクルスを連れて自室に向かった。
まずは横になって貰って頭と手足を外す。
「そこで待っていてくれ」
「はい」
頭を机の上に置いて、アレシュは胴体に取りかかった。まずは腰の付け根のあたりにナイフを入れて、引き剥がす。そして内部の魔法陣に詰まった埃を取り除いた。
次は手足を全体にヤスリがけし、古い表皮を除去すると、金と赤幻鋼の合金をメッシュ状に編んだ布を貼り付けていく。その上から固めに溶いた魔素石膏を塗り、表面をなめらかにする。
「あとは乾いたら完成だ。体が入る錬金釜があればもっと早いんだけどね」
「ありがとうございます。最近力を入れたら取れてしまいそうで怖かったんです」
「よかった」
作業が一段落したアルシュは急に空腹を覚えた。そういえば朝から何も飲み食いしていない。
「ミレナ、ミレナ……わぁ」
アレシュが部屋を出ると、急にミレナが抱きついてきた。
「ど、どうしたの」
「そこで待ってろって言ってずっと呼んでくれなかったのはアレシュじゃない……!」
そうだった。作業が終わったら声かけるといってアレシュはそのことをずっと忘れていた。
ミレナはちゃんとご飯を食べるようにとアレシュを叱りながら食堂に引きずっていった。
ホムンクルスの修理は翌日も続いた。今度は街の人や船乗りたちにも噂が届いたようだ。アレシュは宿の食堂を占拠し続けることが申し訳なく、予約制にしてもらった。
「アレシュ、もう材料が足りないわ」
「そうか……買い足さないとだな」
「この街にも魔道具店があるはずよ。行ってみましょう」
女将さんに聞くと、通りを二本先に行ったところに店があるという。
「作業用ナイフもあったら欲しいな。ちょっとした作業なら要らないと思ってウェルシーの街では買わなかったんだけど」
「これでホムンクルスが作れる錬金術師がいるって評判になったから、工房を構えてもいいかもしれないわ」
「そうだなぁ。音や匂いが出るから少し街外れのいい場所があったら、それもいいかもしれない」
女将さんも漁場の人たちも、豪快だけどいい人ばかりだ。不良品のホムンクルスたちには手を焼いていたけれど。それは彼らのせいではない。
「着いた。ここかな?」
錬金釜の看板。魔道具の店だ。
「いらっしゃいませ」
中に入ると中年の男性がカウンターから顔を上げた。
「おや、見ない顔だね」
「旅の錬金術師です。足りない材料を買いにきました」
店の店主に頼んで、魔素石膏の他、こまごまとした物を買い足す。
「作業用ナイフはありますか」
「ありますよ。これなんか、木工職人が飾り彫りに使うやつでね。細かい作業にぴったりだ」
「ああ、いいですね」
小指の爪ほどの小さな刃に柄が付いている。使いやすそうだ、とアレシュはそれを買い求めた。
「早く使心地を試したいな」
「魔素石膏はウェルシーより安く買えましたし、良かったですね」
そう言いながら道を戻る。すると宿屋の外にエルナがいて、二人を見つけると大きく手を振り、駆け寄ってきた。
「お客様を尋ねて商会の方がいらっしゃいまして」
「……商会の?」
アレシュがこわごわ宿に入ると、窓辺の椅子に三十代くらいの男が座っていた。
「こんにちは。私はバルボーザ商会のゼノン・バルバローザ。商会の跡取りで副商会長をしている」
金髪で青い瞳で背が高く、はつらつとした印象の男だ。多分一流の仕立てのスーツは、瞳と同じブルーで派手な刺繍がしてあったが、彼の雰囲気にぴったり合って嫌みな印象は無かった。
「こんにちは。俺はアレシュ……フェレルです」
アレシュの姓は「フェレンツ」だったがとっさに隠した。その姓を名乗れば、エアハルトを殺した者に伝わるかもしれない、と思ってのことだった。相手の目的が何か分からないうちは明らかにしないほうがいい。
「君がホムンクルスの修理をしている錬金術師かい」
「ええ、そうです」
アレシュの緊張度が一気に高まった。あの不良品のホムンクルスを売った商会が何の用かだなんて聞かなくても分かる。
「すみません。すぐにこの街から出ていきますから」
戦争の影響を受けてはいるが、それなりに栄えていていい街だと思ったが、住むのは無理そうだ。
だが、ゼノンはそのアレシュの答えを聞いて笑い出した。
「違う違う、そうじゃないんだ。私は君をスカウトに来たんだよ」
「えっ……」
「いや、我が商会があのような半端な品を売って申し訳なかった。あの錬金術師と窓口の商会の職員はクビにした。造った錬金術師を問い詰めたところ、自分はホムンクルスなど造ったことがなかったと白状しましてな。親はなかなかの腕前だったのだが子はそうもいかないようだ」
「……えっと」
アレシュは狼狽えた。自分はかわいそうなホムンクルスを直してやりたかっただけで、造った錬金術師が罰せられればいいとは思っていなかった。魔法陣は直して欲しかったけれど。
「跡継ぎというものは、親の敷いた道を歩けばいいというものではない。引き継いだものをより大きく強くしなくてはならない。その覚悟がなくては。私は……」
ゼノンの顔から笑みが消えた。
「その覚悟のない者が嫌いなのでね」
「……」
この港街には他の地域や外国から沢山の品物が行き来する。商会はそれらの取引や港の商売を取り仕切っている。
「そんな訳で新しい錬金術師を雇いたい。ぜひ、君と仕事をさせて貰えないか? 工房探しや客との交渉、税金の手続きなんかもうちの商会に属したら面倒を見ようと思う」
「……そんな急に決められないです」
「はは、そうだな。では三日後にどうするか返事を聞きに来る。それまでに答えを決めておいて欲しい」
そう言い残してゼノンは宿屋を出て行った。
「どうしようかな……」
アレシュは戸惑いながら、窓際の揺り椅子に座り込んだ。
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