第11話 特別サービス
「しかし、ああいう適当な仕事をする錬金術師にはひとこと言ってやりたいね」
「そうですね。もし私が思うように言いつけをこなせなかったら、とても悲しいと思います」
ミレナは今回のことでかなり胸を痛めたようだ。
女将さんはこの街の商会を通じてホムンクルスを購入したのだと言う。エルナがあまりに不出来なので文句を言ったが、そんなものだと笑われたと言っていた。
「欠陥品のホムンクルスが出回っている可能性があるな」
ホムンクルスは高い買い物だ。眠らず疲れず食事もしない。見た目を美しくすることも出来るし、人間では耐えられない重労働をすることが出来る。そしてホムンクルスを作れる錬金術師の数も少ない。なので高価なのだ。
「街のホムンクルスの様子を見て回りましょうか」
「そうだね」
ホムンクルスは人ではないが、心はある。もし
翌日、ホムンクルスが多く働いているという港湾に行ってみることにした。
朝になると、二人は港に向かった。漁船たちは日の昇る頃に漁に出て、そろそろ帰ってくると言う。
早起きで力仕事の漁師はホムンクルスを買うことが多いそうだ。
「あら、また会ったわね」
港では前に会ったお婆さんが今日もベンチに座っていた。
「おはようございます」
「どうかしらこの街は? 住んでみる?」
「うーん。それはまだ決めかねてます。今日は少し気になることがあって」
「あら、なにかしら」
「港のホムンクルスの動きが悪いとかで漁師さんは怒ったりしていませんか?」
そうねぇ、とお婆さんは首をひねった。
「漁場の男たちなんて、いっつも怒鳴っているものよ。まあ命に関わるからね。真剣なのよ」
「そうですか……」
日常の光景過ぎてお婆さんには分からないらしい。
「だからそうじゃねぇって言っているだろうが!」
そこに、さっそく帰って来た漁船から怒鳴り声が聞こえてきた。見ると、網を手にした親方がホムンクルスを叱っている。
「分かってんのか! 返事くらいしろ」
だがホムンクルスの方はぼんやりと親方を見つめるばかりだ。それがますます親方の気に障ったらしく、どんどん声が大きくなる。
「親方、魚を市場に持っていきませんか?」
「このっ!」
ついに親方が手を挙げようとしたところで、アレシュは二人に声をかけた。
「すみません。ちょっといいですか」
「なんだお前」
「おたくのホムンクルスをちょっと見せて貰えませんか?」
「……はあ?」
親方は胡散臭そうな顔でアレシュを見ている。アレシュは彼からしたら小僧でしかないので仕方ないことではあるが。
「あっ……えっと俺はアレシュ。錬金術師です」
「随分若いようだが……?」
親方は疑いの目をアレシュに向けた。
「悪いがこいつは俺の財産だ。訳の分からねぇガキには触らせらんねぇ」
「ええ、気持ちはわかります……が……」
どうやったら警戒心を解いてくれるかな、とアレシュは考えた。こういう時の上手い躱し方など、アレシュは培ってきていない。
「アレシュ、ちょっと私に任せて」
そこにミレナが小声で囁いた。
「もしもし、アレシュという名に聞き覚えはありませんか……?」
「アレシュと言えばあれだろ、『人形師』の」
「そう。彼の名はその『人形師』から取った名なのです。なぜかと言うと、彼の父はかの『人形師』の弟子にあたるのです。つまり、彼は『人形師』の孫弟子なのです」
「ほうほう」
親方の顔色が少し変わった。ミレナは続けた。
「この度、彼は独り立ちしまして、今この街で仕事と家を探そうとしているんです。つまりお客さんが欲しいんですね」
「だが、そんなお金はないよ。最近、景気が悪くてな。魚を安く買いたたかれちまう。おんなんでも一応動くしな。子供の錬金術師にいじられて壊れたら嫌だし」
親方がそう言うと、ミレナは胸をドン! と叩いた。
「私を見て下さい! 料理に買い物、繕い物、、子守、護衛までなんだって出来ます」
「ほう……?」
アレシュはミレナを造ったのは自分じゃない、何を言い出すんだと彼女を見つめた。
「今なら特別サービスで無料の点検と格安メンテナンスを行っています。ちょっとした修理なら銀貨一枚で承ります!」
「ちょ……ちょっと」
アレシュはミレナの手を引いて、耳元で囁いた。
「俺、金は取らないよ」
「こういう時はちょっと取った方がいいです。全部タダなんてかえって怪しいですよ」
「そ、そっか……」
ミレナの方がよっぽど世慣れている、とアレシュは少し恥ずかしくなった。
「それくらいなら、ちっと見て貰おうかな」
「ぜひぜひ!」
アレシュは漁師のホムンクルスの首元を見た。
(やっぱりだ……魔法陣の間違え方が同じ)
「魔法陣に不具合があるようです。それと……少し手のひらの強度を上げた方がいいかもしれませんね。削れてます」
「こいつが簡単なことしかできないから網を引かせるか魚を運ばせるかしかしてなかったもんなぁ」
「細かい作業するなら柔らかくて細く造った方がいいんですけどね」
この辺の細かい要望や使用用途によるアレンジは作成前に聞き取りをするはずなんだけどな、とアレシュは呆れた。
アレシュはミレナに魔素石膏の仕込みをお願いして、ナイフでコリコリをそこを削りとった。そしてエルナにしたように、魔法陣の修正を行った。そして手のひらに魔素石膏を足して強化させる。これで荒っぽい作業でも耐えられるだろう。
「終わりました」
「親方……僕はどうしたんでしょう。頭が軽くなりました」
「おう……本当か。いやはや、ありがとう助かったよ」
「ホムンクルスの調子が良くなったら、お仲間にも俺のことを宣伝してください。俺は今、青いイルカ亭という宿にいます」
魔法陣を直されたホムンクルスは先ほどとは歩き方も違う。親方はきっと仲間たちにこのことを話してくれるだろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます