第5話 ふたりぼっち

 アレシュとミレナがまず向かったのは近くの村だった。


「どうしたんだ」


 突然に姿を現した二人にゲオルグは大層驚いた。だが、アレシュの深刻そうな顔を見ると、そっと家の中に導いた。


「片付いてなくてすまんな。ま、男やもめの家なんてこんなもんだ」


「いえ……」


「そこに座って。アレシュ、何があった」


 アレシュは震えながら先ほどあったこと、エアハルトを亡くしたこと、家が燃えたことをゲオルグに話した。どれもついさっきのことだ。アレシュはポツポツと口にする度に身を切られるような思いがした。いつまでも続く幸せだと思っていたのに、こんなにもあっさりと失われるのか。いつの間にかアレシュの目からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれていた。


「……なんてことだ」


 一方でゲオルグも、年若い親友の訃報に絶句していた。


 しゃくり上げ、肩を震わせるアレシュはまだ成長期でゲオルグよりも体が小さい。こんな頼りない子供に、なんて目を合わせるのだと怒りが湧く。


 だが、ゲオルグはさらに追い詰めるようなことを言わなくてはならない。


「アレシュ、この村からも出た方が良い」


「やっぱり……そう思いますか」


「相手の意図が分からん。ほとぼりが冷めるまでは居所を知られない方がいいだろう」


「……」


 アレシュは黙ってしまった。いっぺんに色々なことが起こりすぎて、頭が沸騰しそうだ。だけど、止まってしまったら崩れ落ちそうで、怖い。


「どこか身を隠すにしても……その……お金が」


 金銭関係はエアハルトしか把握していなかった為、館から持ち出すことは出来なかった。換金性の高そうな装飾品も、身なりに気を遣う者は居なかった為手元にない。


「安心しろ」


 ゲオルグはそう言い残して家の奥に消えていった。そうして戻ってきた時には手に袋を持っていた。


「これを持ってけ」


「これ……お金じゃないですか」


 袋の中には金貨が詰まっていた。


「こんなの貰えません」


「馬鹿、これはおまえん家の金だ。あいつ客から取った金を儂に受け取らせて、ろくに取りに来やしない。これだけじゃない。まだたんとある。持ってけ」


「……そうですか」


 アレシュは袋を握りしめた。


「それじゃ、行きます」


「一晩くらい泊めるぞ」


「いや……もしかしたら危ないかもしれないし。それに踏ん切りがつかなくなりそうで」


 アレシュはようやく微笑みを浮かべ、ゲオルグの手を握った。


「いつか必ず戻ってきます」


「……そうか。ではこっちへおいで」


 ゲオルグは二人を庭に連れ出した。


「こんなものしかないが」


 と、小さな神像をその片隅に置く。


「エアハルトの墓だ。あとで司祭をちゃんと呼ぶがな。祈ろう、あいつの冥福を」


「……はい」


 ゲオルグと共に手をあわせて祈る。エアハルトは、そしてその息子のアレシュも、決して信仰に厚い方ではなかったけれど、ただこの時はじっと祈りを捧げた。


「ありがとうゲオルグさん」


「館のことも始末をつけておく。行きなさい」


 こうして二人は村を後にした。街道の曲がり角を曲がるまで、ゲオルグはその後ろ姿を見送った。




「とはいえ、今日中に街までつけるかな」


 一番近くのウェルシーの街までは一日で往復できる距離だが、まもなく夕方だ。


「野宿になったら私が見張ってますよ。寝ませんし」


「はは。それもそうか」


 初めての外、初めての道。だがアレシュには堪能する暇などなかった。ひたすらに街を目指して歩き続ける。しかしかえって良かったのかもしれない。少なくとも何かしている間は、余計なことを考えなくて済む。


「ねぇアレシュ大丈夫?」


「うん」


「大丈夫じゃないでしょう。もう二時間も歩きっぱなしよ」


 一心不乱に歩くアレシュをミレナは引き留め、近くの倒れた木に座らせた。


「はい。水飲んで。それからこれ食べて」


 ミレナは持っていた手提げから林檎を取り出した。


「家から持って来たの?」


「そうよ。私はどんな時でもアレシュを腹ぺこにさせたりしないの」


「……うん」


 アレシュは林檎に歯を立てた。前歯が皮を突き破ると、じわっと甘酸っぱい果汁がしみ出す。その甘さが行き渡ると、アレシュはどっと疲労感を覚えた。随分無理をしたようだ。義足の継ぎ目が痛む。


「痛いのね」


 無意識にアレシュがそこをさすっているのを見て、ミレナが気づいた。


「ちょっと待ってね」


 ミレナは小さく呪文を唱える。そして生まれた光を指先に点し、アレシュの足を撫でた。すると痛みが引いていく。


「こっちの傷は後で魔素石膏を買って埋めましょう」


 アレシュの左腕にはナイフの攻撃で出来た傷が大きく出来ていた。義手だから痛むことはないが、ミレナはそこにハンカチを巻いてくれた。


「ありがとう。……ミレナが居て良かった」


 それはお世辞でもなんでもない。ミレナが居るからアレシュは完全なひとりぼっちではなかった。彼女が居なければ、アレシュはもう立っていることも出来なかったろう。


「私だって……もうマスターが居ないなんて信じられない。アレシュが居てくれて良かった」


 ミレナはそっとアレシュの手を握った。アレシュもその手の上から手のひらを重ねたが、あることに気づいた。


「あれ……? え、どうして父さんが死んだのにミレナは動いてるの……?」


 所有者が死亡すると、血の印の効力が無くなる。そうすると精霊を繋ぎ止めることが出来なくなってホムンクルスは活動を停止する。


「実は……アレシュの手術が終わった時に血の印の書き換えをしたの。今の私の所有者はアレシュよ」


「そんな……」


「もしかしたらマスターは、何か気づいていたのかも……今日みたいなことが起こるって」


(まさか。でも……急に魔導義肢を取り付ける話になったのも……)


 エアハルトなら痛みを完全に抑え込むまで完璧にしてからアレシュに施術するような気がする。不完全な状態で行ったのにもし理由があるなら。


「ミレナ。俺はなんとしても父さんの仇を討つよ」


「アレシュ……?」


「生き延びることが出来るようにしてくれたんだ。父さんが……」


 アレシュは再び立ち上がった。そして、街に向かってまた歩きだした。


 そうして街にたどりついたのは、すっかり夜になってからだった。


 二人は宿屋に頭を下げて部屋を開けてもらい、なんとか泊まることができた。


「アレシュ……おやすみ」


 ベッドに横たわると糸が切れたように眠ってしまったアレシュの顔をミレナはじっと覗き込んだ。


 アレシュの長くて辛い日が終わりを迎えた。


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