第6話 はじめての街
翌朝、アレシュは目を覚ましてしばらくここがどこか分からなかった。生まれてからずっと同じ景色を見て目覚めていたのに、まるで違う光景だったからだ。
「おはようアレシュ」
ただ、ミレナの笑顔だけはいつもと同じだ。
「随分寝ちゃったな」
「夜遅かったし、疲れていたもの」
「……あ、そうだそうだ」
アレシュは鞄から箱と金貨の入った袋を取りだした。
「さすがに不用心だからね」
すぐ使う分の金貨を取り分けて、箱を手にする。いくつかの決められた順番でそれを開けると、袋をそこに納めた。この箱はエアハルトが誕生日にくれたもので、旅行鞄一つ分くらいの収納魔術と耐久力強化の魔法を付与されている。からくりを解かねば電撃が走って開けられないこの箱は、アレシュのお気に入りのものを入れる宝箱になっていた。
そこに、あの錬金ガラスの写し絵も入れる。
「ミレナ。外に出ようか」
「ええ。そうしましょう」
アレシュとミレナは宿の受付に声をかけて、街に出た。
「これが街かぁ。建物ばっかりだな。どれがどれだか」
来た時は薄暗いばっかりで、何があるのか分からなかったが、表通りに出ると、沢山の建物が並び、露天商や大道芸人の姿もあった。ウェルシーの街は国の中央からは外れているが、近くに大きな川が流れている為、水運が発達している。首都からの街道も通っていることから物流や商業が盛んなのだ。
「まずは魔道具店に行こう」
アレシュたちは通りがかりの人に道を聞いて、魔道具店を探した。そこは表通りから一歩奥に入ったところにあって、かなり大きな店だった。
「こんにちは~」
カランカランとドアベルが鳴る。その音に、カウンターに座った老人が顔を上げた。
「なんだい子供かい」
「え……っと」
どうしていいか分からず、アレシュは固まってしまう。こういった店での振る舞いをアレシュは知らない。
「あら~かわいいお客さん」
すると店の奥からエプロンをした二十代半ばくらいのお姉さんが顔を出した。
「ごめんね。何か欲しいものがあるの?」
「あ……とりあえず魔素石膏を……」
そう言うとお姉さんはチラリとアレシュの後ろに立つミレナを見た。
「そちらのお嬢さんの分かな。どれくらい要る?」
「ひ、ひと枡くらいあれば」
「はあい。他に何か居るものは?」
「ええと、旅をしながら錬金術のアイテムを売りたいんですけど。何が売れますかね」
めちゃくちゃ緊張しながら、アレシュはお姉さんに質問した。
「そうねぇ……回復ポーションとか毒消しに各種強化薬は鉄板でしょ。あと美容石けんなんかも人気よ」
「石けん……ですか」
「ええ。うちで材料買うなら基本レシピをプレゼントしちゃう。……ああ、そう。旅ならこれを買わなきゃね」
お姉さんは棚から球体のものを出してきた。
「携帯錬金釜。これがあればどこでも加熱や加圧や合成が出来るわ。小さいからって馬鹿にしちゃだめよ。通常の錬金釜の機能はほとんど網羅してる。これなら旅先で長々鍋で煮込む必要はないわ」
「えっと……おいくらで」
こわごわアレシュが聞くとお姉さんは耳元で「金貨二十枚」と応えた。
「高いですね……」
確かに旅先で錬金術を使うなら持っておきたいものだ。しかし、それはあまりに高い。
「欲しいですけど……他にもお金かかりそうなので」
「そうなの? それなら分割でもいいわ」
「でもここも長くはいられないんです」
アレシュがそう答えると、お姉さんは怪訝な顔をした。
「悪いけど……子供だけで旅をするの? お父さんお母さんは?」
「母は元からいません。父が死んでここを離れなきゃいけなくて……」
「あらあらそれは……もしかしてお父さんが錬金術師だったの?」
アレシュはこくりと頷いた。
「父さんがここで買い物してたっていつも聞いていたので」
エアハルトはウェルシーの街のこの魔道具店のことをよく褒めていた。首都のへたな店より品揃えがいいし、必要なものはなんでも取り寄せてくれると。
「もしかして、エアハルトのとこの坊主か?」
それまでずっと黙っていた老人がふいに口を開いた。
「お爺ちゃん。えっ、エアハルトさんって街道の蔦屋敷の?」
「そうなんだな」
アレシュは黙って頷いた。
「その手を見せてみろ」
老人はアレシュの手を取った。じっと見つめ、触れて、巻いてあるハンカチを取った。
「こりゃホムンクルスの素体だ。あんたはそんな感じはしないが……」
「手足だけホムンクルスのようなものです。俺、元々手足がなかったのを父さんが作ってくれたんです」
「そんなことができるのはエアハルトくらいだろうよ。そっか……あいつ死んだのか……」
老人は俯いた。彼が父の死を悲しんでくれているのが、伝わってくる。
「よし、錬金釜は持ってけ。それから素材も。お代はいらん」
「お爺ちゃん!」
「お前は黙っておれ。弔いだよ。あいつにどれだけ世話になったか」
「あ……ありがとうございます」
こうしてアレシュは両手にいっぱいに素材と錬金釜を持たされて店を出た。
「なんかすごいことになった」
アレシュは鞄の中から収納箱を取りだしてそれらを中に納めた。
「アレシュ、本屋はあっちだってよ」
「よし行こう」
アレシュは本が大好きだった。錬金術の本はもちろん、魔術や歴史の本も好きだ。それから戦記物などの物語も好きだった。
「どんな本を探してるの?」
「錬金術の新しい理論の本が欲しいんだ。あるかな?」
二人は本屋の中に入った。古いかびた匂いと革の匂いがあたりに漂っている。
「なにかお探しですか?」
気のよさそうな中年の男性が近づいて来た。
「錬金術の本を探してます」
「そうだねぇ。この辺かね」
アレシュは出してくれた本をいくつか開いてみたが、簡単な基礎の本ばかりだった。
「あの、最近の研究資料とかそういうのはありますか」
「これかい? ぼっちゃん読めるのかい?」
そう言われて手渡された本だったが、内容はエアハルトとの雑談で知っていることばかりのようだった。
「うーん」
「ちょっと探してみるよ」
おじさんはごそごそと棚を探して、本を積み上げる。と、そのうちの一冊が目に入った。
「『古代錬金術の秘技』……これにします」
「いいのかい? 古い本だよ」
「うん。これがいいです」
アレシュは青く染められた革表紙のその本を買った。
「思ったのと違うのを買ったのね」
ミレナに言われて、アレシュは頬を掻いた。
「本屋は魔物が住んでるって父さん言ってたな」
「そういうものなのね」
その本を鞄にしまうと、アレシュのお腹がぐーっと鳴った。
「あっ、そう言えば朝ご飯も食べてないよ」
「ご飯屋さんを探しましょう!」
「そうだ、この近くにあるはず」
アレシュは近くを見渡した。すると、なにやら良い匂いが鼻をくすぐった。
つられるようにして匂いに向かうと、料理店がある。中は満席みたいだ。
「繁盛してるね」
「並びましょうか」
アレシュとミレナが少し並んで待つと、すぐに席が空いた。
「こちらの席へどうぞ」
案内された席につく。だが、ミレナは立ったままだ。
「ミレナ。座りなよ」
「いえ。ここは料理店でしょう? 私は食事しないから」
「でも……」
落ち着かないなと思うが、ミレナの言うことも一理ある。アレシュが困った顔をしていると、店員がやってきた。
「そちらのホムンクルスのお嬢さんも座って」
「いえ。私はお客さんじゃないから」
「いいのいいの。今は席も空いているし」
店員さんはそう言って、ミレナの為に水を入れたカップを持って来てくれた。
「ありがとう」
ミレナは嬉しそうにそれを受け取って、アレシュに「いいお店ね」と囁いた。
「さて……何を食べようかな」
壁にあるメニューはシンプルだ。今日のシチューと今日のロースト。アレシュはシチューを選択した。すぐにサラダが出てきた。新鮮な葉野菜にドレッシングがかかっていて、これがなんとも美味い。
「美味しい」
「サラダですよね。そんなに美味しいですか?」
「何だろね。何が入ってるんだろう」
アレシュとミレナが顔をつきあわせていると、店員さんが笑いながらシチューを運んできた。
「お客さん。それは秘密ですよ。うちの人気の秘訣なんです」
「へへ……そうですよね。あっ」
アレシュはテーブルの上のシチューに目を見張った。今日はチキンのシチューらしい。にんじんや芋、タマネギがごろごろと入っている。香草が臭みを消して、骨付きのチキンのこくが良く出ていた。
「このチキン柔らかい。骨からすっと外れるよ」
アレシュはスプーンが止まらなくなった。美味しくて美味しくて食べるほどに幸せな気分になる。
「美味しいなぁ……」
アレシュはしみじみ呟いて、この幸せをエアハルトは自分と分かち合いたかったのか、と思った。そうすると、アレシュの頬に一筋涙が伝う。
「アレシュ……」
ミレナがアレシュにハンカチを差し出す。
「ごめん。父さんと来たかったなって……」
初めての外食は少し塩辛い味になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます