すま×じゅ
「主原、スマホに充電器が刺さってるのってやっぱりエッチだよな」
ある日の放課後、スマホをいじっていた俺を見ながら海老原が言う。これはいつものあれだ。海老原の好きな無生物のBLの話だ。
「充電器の先がスマホの下の部分に刺さってるからそう見えるって感じか?」
「そうだ。主原がそういうのをわかるようになってきて俺は嬉しいよ!」
「……それはどうも」
嬉しそうな海老原が肩を抱いてくるのに対して俺はため息をつくが、海老原に肩を抱かれて同時に嬉しさを感じる自分がいるのに気づいて俺は慌ててその嬉しさを追い払った。心地よいはずなのに、それがどこか嫌だったからだ。
「それで? すま君とじゅ君はどんな奴らなんだ? これまでの傾向的に呼び方はこれだと思うけど」
「ああ、合ってるぞ。まずすま君なんだけどさ、結構おしゃれさんだし歌も上手くて知識も深い、それでいて色々な特技を持ってるんだけど、ちょっと燃費が悪いんだ」
「燃費が悪い?」
「そうだ。朝は元気なんだけど、夜に近付くにつれて口数が減ったりぼんやりしてる時が多くなるんだ。一応、腹を満たせば多少はよくなるけど、それでもある物には敵わない。主原、わかるか?」
「なんとなく察したけど、じゅ君との一時には敵わないってことか?」
「そうだよ! 主原、俺は嬉しいよ! そういうのまでわかってくれるなんてさ!」
海老原は嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩く。
「いたたっ! 嬉しいのはいいけど、加減しろって」
「はは、ごめんごめん。それでじゅ君なんだけどさ、これまた変わった奴で、基本的にすま君としか話さない上にいつもすま君とくっついてたがるんだ。おまけにそんなにおしゃれには興味ない上にモノトーンでファッションを固めてる。そんな奴なんだ」
「まあ充電器だしな。スマホにいつもくっついてた方がいいだろ」
「そうなんだけど、さ……実はじゅ君とのふれあいで元気をもらえるのはすま君だけじゃないんだよ」
「え、どういう事だ?」
充電器だと言うなら、基本的にはスマホにくっつくもののはずだ。だけど、海老原はそれ以外にもいると言う。その意味がどうにもわからなかった。
「ほら、充電器ってA端子とかC端子ってあるじゃん。そういうのもあって、何だかんだでじゅ君にとって馬が合う奴もいるんだよ。すま君相手ほど話すわけじゃないけどな」
「たしかに、C端子のワイヤレスイヤホンとか扇風機もあるみたいだしな。それを考えると、じゅ君も他の奴と絡む機会なんていっぱいあるのか」
「そうだな。それでじゅ君からすれば、あくまでもそれは付き合いの一環でしかないし、じゅ君はすま君にぞっこんだ。ただ、すま君からすればじゅ君以外はあり得ないと思ってるし、付き合いだとしてもじゅ君が自分以外の奴と絡むのはあまりいい気がしない。だから、そういう時は言っておいでって表向きは言うけど、実のところ気が気じゃないし、じゅ君と絡む他の奴への恨み言を家でこっそり書いてたりするんだよ」
「無生物BLにまでSNSの闇を持ち込むなよ。その辺は色々厄介なんだからさ」
「まあたしかにな。それですま君はじゅ君をよく家に呼ぶし、じゅ君の好きなようにくっつかせるけど、正直気が気じゃないからじゅ君に対して他の奴の事をどう思ってるかつい聞いてしまう。それに対してじゅ君がポカンとする中で、すま君はやってしまったと思いながらも場をどうにか和ませるために慌てて自分の知識を披露したり自分の特技を見せたりするんだ」
「なるほどな。ただ、慌ててるわけだから、いつもよりずさんだろうし、その内にネタ切れにはなりそうだよな」
慌てている
「実際そうなる。そんな中、じゅ君はすま君の手を握りながら言うんだよ。色々な子と話はするし、関わりはする。けど、僕にとって一番なのは君だけで、君じゃないとやっぱり嫌なんだって」
「じゅ君は純正の充電器って感じか。それならたしかに自分に対応したスマホじゃないと充電も上手くはいかないか」
「それを聞いて、すま君もじゅ君の想いを改めて知って心から安心する上に自分にとってもじゅ君しかいないってなるんだ。そして想いを通じ合わせた二人はその愛を再び確かめ合う……はあ、やっぱり尊いなあ」
「それで最初の話に戻るわけか。それにしても、海老原の想像力ってなんかすごいよな。まあそれは茨島もではあるんだけどさ」
「茨島……」
その名前を呟いた海老原はボーッとし始める。その頬は軽く赤くなっていて、その姿は明らかに好意を持っている物であり、それを見ていた俺の胸はズキズキと痛んだ。
「あの、さ……この前も思ったんだけど、海老原って茨島の事が好きなのか?」
「え?」
「なんかさ、海老原って別に他の女子とも話すし、なんなら好かれてるところはあると思うんだけど、この女子のこういうところが好きみたいな話ってあまりしないじゃん。けど、海老原が茨島を見る目は何か違うなと思ってさ」
「茨島を見る目……まあたしかに違うかもな。正直、無生物BLとかを語ってる割に、俺はまだ恋っていうのがよくわかってない。でも、茨島を見てるだけで胸がいっぱいになるっていうか、もっと仲良くなりたいって感じがするんだ」
「そうか……」
胸の痛みがより強くなる。それで俺は気づいてしまった。俺が抱えるもの、そしてこの胸の痛みの正体に。
「BLとか語ってはいるけど、もしも同性から告白されたら海老原はどうするんだ?」
「え、同性から?」
「ああ。例えば……そう、海老原だって俺以外にも仲のいい男はいるけど、その中の一人から実は海老原の事が好きでとか言われたら、海老原はどうするのかって思ってさ」
「同性から、告白を……」
海老原は顎に手を当てながら考え始める。その姿を見る俺は二つの想いの間で揺れていた。この痛みの正体である想いとそれを否定する想いの間で。
「……まあ、BLは好きだけど、俺が好きなのは異性だから、相手を傷つけない形で断るかな」
「あ……」
「よく勘違いされる事なんだけど、腐男子だからといって、自分も男が好きってわけじゃなくて、あくまでも男同士の絡みが好きなだけなんだよ。中にはほんとに男が好きで、実際に付き合う腐男子もいるかもしれないけど、俺の恋愛対象はあくまでも異性だから、やんわりと断るかな」
「そ、そっか……」
胸が突き刺されているような痛みを訴える中、海老原は軽く体を上に伸ばしてから俺に笑いかけてきた。
「さて、話は済んだし、そろそろ帰ろうぜ。今日はお互いに部活がなかったからこうして話に付き合ってもらったけど、そろそろいい時間だしさ」
「そう、だな……」
相変わらず胸が強い痛みを訴える中で、俺はそれをごまかしながら頷く。そして海老原が帰る準備を整えるのを見ながら俺は静かに口を開いた。
「やっぱり、そうだよな……」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもない。ほら、早く帰ろうぜ」
「ああ」
いつもと変わらない優しい笑顔を向けながら海老原が言い、俺達は帰り始める。けれど、俺の心の中は正直穏やかではなかった。
「それでも、やっぱり俺は……」
海老原に対して生まれていた想いを抱きながら、俺は哀しみの中で海老原と並んで昇降口に向かって歩いていった。
【急募】無生物BLを語る友人の対処法 九戸政景 @2012712
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