第8話 夢の始まり

 鳥ヶ浦高校は県大会決勝に駒を進めた。来週は夢を叶えるための最後一戦になる。

 

 そして、決戦前日。三人は決起集会と称してファミリーレストランで食事をしていた。


「俺、ハンバーグにするわ」


「いやいや高田、ここはステーキを食うところだぜ?」


「ちげーよ、何食べてもいいだろ。紗香は何にするんだ?」


「私?私は飲み物だけでいいかな」


 二人の視線が紗香に集まる。


「お母さんがもうご飯作ってるらしくて……」


「それなら仕方ないね。ドリンクバーだけ注文するぞ」

 

 そう言うと高田はタッチパネルで全員分の料理を注文した。


「それなら私飲み物入れてくるね。高田君と沢渡君何飲む?」


「コーラで」


「俺はメロンソーダ!」


「了解!少々お待ちを」


 紗香は飲み物を入れに行った。


「沢渡、明日の相手は、どんなチームか知ってる?」


「んー、春の甲子園には出場してないから、去年のデータしかないけど、打撃力が高いチームだな。明日は多分点の取り合いになると思う」


「打ち勝つしかないな」


「そうだなぁ、うちも打撃が売りのチームだしなぁ。得意分野で負けたくはないねぇ」


 紗香が飲み物を入れて戻ってきた。


「お待たせ。何の話してたの?」


「ありがと、明日の相手の話。打ち合いになるだろうなぁって話」


「厳しそうなの?」


「いや、打ち合いならこっちが有利だと思う。覚醒した主砲様もいるしなぁ。なぁ高田」


「うるせぇよ」


 高田は少し照れているみたいだ。そんなこんなで話していると、料理も到着し、食べたらすぐに解散となった。


「二人とも明日は頑張ってね!」



「任せろ紗香ちゃん!」


「おう!気をつけて帰れよ」


 解散し帰路につく。ようやく約束を果たせる。明日は持てる力のすべてを出し切ろう。高田はそう決意した。


 昨夜は眠れないかと思ったが、案外ぐっすり眠れた。沢渡はしっかり眠れたのだろうか。寝不足で力が出せないなど笑い話にもならない。朝ごはんをしっかり食べて、家を出る。


 沢渡は電車の中で爆睡していた。いつもと変わらぬ光景に少しだけ安心した。


「高田君しっかり眠れた?」


「いつもより眠れたと思うよ」


「じゃあ大丈夫だね! 頑張って!」


「おう!」


 沢渡を叩き起こし、電車を降りた。


 県大会の決勝戦ということもあり、スタンドには多くのお客さんが詰めかけていた。中には知り合いもたくさんいる。お客さんの期待のまなざしを受けながら、ウォーミングアップを開始したのだった。


「集合!」


 沢渡の号令で選手たちは集まる。


「今日は決勝戦だが、いつも通り、怪我無く終わるようにな」


 監督の声はいつもより優しかった。


「今日勝てば甲子園だ。絶対勝つぞ!」


「「「オー」」」


 円陣で気合を入れる。鳥ヶ浦の攻撃から試合は始まった。


 初回、ヒット、送りバント、沢渡の二塁打で一点を先制する。一アウト二塁のチャンスで高田の打席が回ってくる。気合を入れ打席に入った。しかし高田が打つことは無かった。敬遠である。初回にこれ以上の失点は許されないのか、相手チームは高田との勝負を避けた。


 二打席目も三打席目も敬遠だった。


 五回が終わって二対四で負けていた。勝負を一切させてもらえない。


「この腰抜け共……」


 敬遠のフォアボールで一塁に歩きながら呟いてしまった。約束が果たせなくなる焦りがあった。相手チームからしても今大会六ホームラン、準決勝でサヨナラホームランを打っている高田を何の対策なしに戦うのは愚策だった。


 徹底的に勝利を追い求めた結果の勝負をしないという選択だった。


 九回表二アウト。高田の打席が回ってきた。点差は三点、ランナーは無し。相手バッテリーは勝負するようだ。


「逃げ回るだけじゃないんだな」


 高田が小さい声で呟く。キャッチャーからの反応は無かった。


 最後の打席は怒りを込めて振り抜いた。ボールはスタンドに届き、高田は走り出す。


 こんなに虚しいホームランは無いだろう。走りながら、様々な感情がこみ上げてくる。怒り、悲しみ、後悔。野球は九回二アウトから。なんて言葉があるが、奇跡などそう簡単には起こらない。次の打者がアウトになり試合は終わった。


 鳥ヶ浦は敗北し甲子園出場は叶わなかった。


 夜になり、高田はいつも練習しているグラウンドのベンチに座っていた。負けた事実が実感となってのしかかる。


 「おつかれさんっ!」


 声が聞こえたとともに、頬がひんやりする。


「冷たっ」


「これあげる」


 紗香だった。オレンジジュースの缶を手渡された。


「ありがと」


「今日惜しかったね!」


「そうだね」


「悔しい?」


「とっても」


「負けちゃったけど、最後のホームラン、綺麗だったよ。今までで一番輝いてた。」


 高田の目から涙がこぼれていた。


「約束守れなくてごめん」


 高田は声を絞り出して言った。


「ねぇ、高田君。高田君には夢ってある?」


「え?」


 夢……甲子園出場はもう叶わない。


「これから叶えたい夢だよ。私にはある、高田君は?」


 高田は少し考えた。そして、


「プロになりたい」


「うんうん! いいね」


「紗香の夢は?」


「私は栄養士かな。誰かさんの夢を、支えてあげたいなーなんてね。だからもう一度約束をしよう」


「うん。次は叶える」


「じゃあ指切りね」


「うん」


 満点の星空の下。二人は新たな夢を追いかけ始めたのだった。


 こうしてひと夏の夢は終わった。そして、お互いの道を歩き出す。夢が叶う日はきっと来るだろう。


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バッテリーの約束 五十嵐 @igarashirai

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