色相 ツナきゅうり

 月末になると母さんから連絡が来る。最近俺はどうしているのかとか、叔父さんや夕陽はどうだとか、そんな世間話を一時間くらい。毎月毎月代わり映えのしない日常話を、母さんは適当に聞くことはない。今日なんて、そろそろ夕陽くんにお赤飯炊いてあげなさい、作り方教えてあげるからと、真面目な調子で言ってきた。


「さすがに嫌がるんじゃないか? もしもの時は……ツナきゅうりサンドを作ってやるつもりだ」

『何よツナきゅうりサンドって。おめでたい感じがしないわ。こういうお祝い事はお赤飯って決まっているのに、もう』

「今は令和だぞ、母さん。占いでも何かしら書かれてないのか? お祝いにはこれを食べたらいいとか、敢えて構わずそっとしておくとか」

『……あった……ような……』

「うろ覚えかよ」


 母さんは占いが好きだ。専ら見て楽しむばかりだが、たまにタロットで自分や家族、友人を占うこともある。色んな占いに手を出しているから、結果なんていちいち覚えられないのだろう。


「最近はどんな占いにハマってんだ?」


 もう話を変えようかと、そんな風に訊ねてみる。


『まだやってないんだけどね、色相占いっていうのをお友達に教えてもらって、今度その方と一緒にお店で見てもらう予定なの!』

「色相占い?」

『色を直感で選んでその人の性質を調べたりとか、なんかそういうのよ』

「なんかふわっとしてんな、その説明」

『まだ私もよく分かってないからね。でも、色占いってなんだか響きが可愛いじゃない?』

「そうか?」

『そうよ! 今からとっても楽しみ!』


 母の声は心から嬉しそうで、そのまま人生を楽しんでくれればいいと息子としては思う。

 それからも色々と、どちらからともなく話していき、一時間経つかという所で母さんの方からそろそろ切るわねと言ってくる。俺もまだ家事とか残っているし、それじゃあまたと切ろうとすれば、でもちょっと待ってと母が言う。


『……眠れてる?』

「さっきも言っただろ? 眠れているし、飯も食えてる。俺は大丈夫だよ」

『遠出とかは、できそう?』

「……まだ、近場くらいしか」

『……そう。もしもの時は、母さんが車出してあげるから。夜の行きたい所に行きましょう』

「ありがたいけど、ないからいいよ」


 そのまま返事も聞かずに電話を切る。

 ──行きたい所なんてあるわけがない。

 この先ずっとそうだ。君がいないのに、どこに行けって言うんだ。

 スマホを床に置いて、腰掛けていたソファーにそのまま寝そべる。家事をやる気力が少しなくなった。夕陽が戻ってくるにはまだまだ時間もあるし、少し休むことにしよう。


「……」


 知っている。

 行きたい所はないかと訊ねながら、母さんには、どうしても俺を連れて行きたい場所があるのを、俺は知っている。だけど、俺はそこに行きたくない。絶対にだ。

 そんな所に行ったら、駄目になる。

 ようやく何とかなってきた、もう少しすれば一人暮らしもできるだろう。なのに、あそこに行けばまた、駄目になる。


 君に会いたくて堪らなくなる。


 今日の夕食の副菜はツナきゅうりにしよう夕陽が喜ぶだろうしそうすべきだ。きゅうり中途半端に数があるからサクサク片付けたい可能な限りスライスしよう。ツナ缶にも余裕があるし食パンもあるからたくさん作って明日の朝にサンドイッチにしてしまおう。夕陽が喜ぶし夕陽が喜べば叔父さんも喜ぶ皆が幸せだ。それでいい。これでいい。


 君がいない日常を、当たり前だと思わないといけないんだ。

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