7月29日~7月31日

焦がす ツナ炒飯

 玉ねぎは俺が切り刻み、ピーマンは夕陽が切った。俺はいつも通りに刻んだだけだが、何故か夕陽は速い速いって興奮している。そんなことよりピーマンを切ってほしい。こんな時の為に百円ショップで平べったいまな板をわざわざ買ったんだ、是非活用してくれ。

 ──今日の夕食は、夕陽と一緒に作ることになった。

 前に俺と一緒に料理を作りたいと言っていた夕陽。本日の勉強会が早めに終わったようで、四時くらいに帰ってきてすぐに、何か作ろうよと嬉しそうに言われ、断る理由もないから今に至る。ツナ炒飯を作るつもりだ。

 切り終わった野菜を夕陽が大きなフライパンで炒め、俺はボールに三人分の米と卵三個にツナ缶二個をぶちこんで混ぜていく。


「ピーマン、しんなりしてきたか?」

「うーん、まだかも」

「玉ねぎは色変わったか?」

「まーだー」


 しゃもじで執拗に混ぜていき、ある程度やった所でフライパンを覗く。ピーマンも玉ねぎも良い色合いになっていた。

 そろそろ入れてもいいなと言ったら、入れて入れてと夕陽に頼まれ、ボールの中身を丁寧に入れていく。


「菜箸より木べらの方がいいぞ」

「分かった」


 温もり残る菜箸を俺に渡し、目の前にぶら下がっていた木べらを手に取る夕陽。それで米を崩し野菜と混ぜ合わせていく。フライパンの中身を外に溢さないよう慎重に木べらを動かす様は、見ていて微笑ましかった。

 特に指示することもないので、今の内に洗い物を済ませていく。数が多くないからすぐに終わり、また横で夕陽の炒める様を眺めれば、一ヶ所、かき混ぜられていない所があった。


「そこも混ぜないと、焦げるぞ」

「あっ、ごめん」


 慌ててその箇所に木べらを差し込むが……言うのが遅かった。少し、焦げてしまっている。


「ああ……」

「少し火を弱めるか。被害は少ない、焦がした部分は捨てよう」


 横から火力を調整し、ゴミ箱を持ってきて、ここに入れるよう夕陽に伝えれば、彼はしょげた様子で、木べらに焦がした炒飯を乗せ、そのままゴミ箱に入れた。


「ごめんなさい……」

「そんな日もある。残り、炒めてくれ」

「うん」


 しばらくは元気のなかった夕陽だが、旨そうだぞ、いいにおいだ、これならまたキッチンに立ってほしいくらいだ、と声を掛け続けたら、彼は少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。

 そうして、頃合いを見て皿に盛り付けていき、完成。


「できたー!」

「お疲れ。さっそく食べるか? それとも……」

「それとも?」

「レンチンの餃子がある、それも一緒に食べるか?」


 フライパン用の餃子も、餃子の皮もあるが、さすがにそこから作るのは大変だろう。アツアツの内に炒飯も食べたいし。

 幸い、レンチンの餃子も食べたいと言ってくれたから、夕陽には炒飯を運んでもらったり箸や飲み物の準備を頼んで、その間に俺が餃子の用意をする。五分と掛からず餃子はでき、急いでダイニングに運んだ。

 席に着き、声を揃えて、いただきます。


「……あったかーい」

「出来立てだからな。旨いよ、夕陽」

「……ありがと、にいちゃん」


 弱々しく笑みを浮かべる夕陽に、無言で首を振った。お世辞じゃなく普通に旨いんだが。

 半分くらいまで食べた所で、夕陽が口を開く。


「あのね、にいちゃん。後でお願いがあるんだけど」

「何だ?」

「教科書とか読んだんだけど、宿題で分かんない所があって、そこを教えてほしいんだ。後、真昼ちゃんからの質問で、答えられない所があって、メモしてきたからそれについても話を聞きたい」

「もちろんだ。食べ終わったらさっそくやろう」

「やった! ありがとう!」


 ここで、休んでからにしようよって言わない所が夕陽だよな。真面目で、いつも頑張って、我が儘もそんなに言わない。まあ、落ち着きがない所があるが……。


「なあ、夕陽」

「何?」

「何でそんなに勉強頑張るんだ?」

「……勉強は学生の本分だし、せっかくにいちゃんが教えてくれてるから頑張りたいんだよ」


 真昼ちゃんだって頑張ってるしね、と箸を持っていない方の手で拳を握る夕陽。そうだよな、彼女も頑張ってるよな。……多分、彼女が頑張れるのは、夕陽の存在もあるんじゃないか。口にはしないけれど。

 早く食べなくちゃと、夕陽は慌てて炒飯を掻き込むから、ゆっくり食べろよと注意して、俺も残りを食べていく。

 あと何回、一緒に食べられるんだろうな。

 ふと、そんなことを思った。

 今は夕方になれば帰ってくるが、いつかは夕陽の帰りも遅くなるだろう。一人で食べる夕食なんて、この家に来てからはなかったな。想像すると少しだけ、炒飯の味がしょっぱくなった気がするが、気のせいだろう。

 それは良いことなのだから、祝ってやらないと。


「ごちそうさま」

「ごちそうさま。皿は俺が洗うから、勉強の準備してこいよ」

「はーい」


 二階の自室に向かう夕陽の背中を見届けると、自然と溜め息が溢れ、そういや今日の分のプリント、まだ印刷してなかったなと思いながら、空いた皿をキッチンに持っていった。

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