ヘッドフォン ツナチーズコッペパン

 ヘッドフォンが好き。

 イヤフォンよりも音が良く聴こえるし、音に集中できる気がするもん。見た目も可愛いしね。私は断然ヘッドフォン派!


「……っ」

「うん、確かにこの曲いいね」


 ヘッドフォン派、だったのに……!

 今日は図書館はお休み。本当なら家でゆっくりするつもりだったけれど、昨日別れる時に夕陽くんに、その、映画に誘われちゃった。いつも勉強頑張ってるし、たまには息抜きしないかって。

 断る理由なんてないよね。

 少し遠出して、映画館のあるショッピングモールまで来て、今は映画の上映時間までカフェでまったりしている。

 私はカフェモカ、夕陽くんはオレンジジュースを飲みながら、色々お喋りをしていたんだけど、話の流れで好きな音楽の話になって、私が好きな歌い手さんについて語ったら、夕陽くんはスマホとイヤフォンを取り出して聴きだしたの。動画サイトにアップされているやつ。

 マイクの前で、ヘッドフォンを押さえながら歌うその人を、夕陽くんは穏やかな顔で見つめていて、こっちも見てほしいなってじいっと見ていたら、私の視線に気付いた夕陽くんが、そっとイヤフォンの片方を差し出してきた。もちろん、傍にあったお店のナプキンで軽く拭いてからね。

 一緒に聴こうって。

 片っぽイヤフォンと夕陽くんを思わず見比べちゃった。え、そんなことしていいのっ!? みたいな。それが嫌そうにしているように見えたのか、ごめんねって言いながらイヤフォン引っ込めようとしたから、慌ててその手を掴んで、イヤフォンを借りたよ。

 耳に押し込めば、いつもより小さな音量で耳に届く聴き慣れた歌。そしてイヤフォンをしてない耳に届く夕陽くんの声。

 そっか、イヤフォンって分け合えるんだ。

 ヘッドフォン派だけど……イヤフォンもいいな……。

 動画は五分にも満たず、あっという間に映像が止まる。夕陽くんは、終わっちゃったねと言いながら、オレンジジュースと一緒に頼んだツナチーズコッペパンを一口食べた。本当にツナが好きだな。とろけたチーズとツナの美味しそうなにおいが鼻に届いて、うっかりお腹が鳴りそう。私も頼めば……いや、映画前にあんまり食べたくないからいっか。


「この人ね、他にも歌ってる曲があるの」

「聴きたい聴きたい」


 片っぽの耳に流れる優しい歌声。曲が終わるまで夕陽くんは静かに聴いて、止まったら感想を口にする。歌詞に対してだったり、歌い方だったり。ずっと褒めてくれている。私の好きな歌い手さんだから気を遣っているわけじゃなくて、本心から言ってくれているのが伝わるから、心の底から嬉しい。

 ずっとこうしていたいな……。

 映画を観終わった後も、時間の許す限りずっと話していたい。話さなくても、ただ横にいられるだけでいい。

 ……ほとんど毎日一緒にいる。それが当たり前みたいに。そんなのまるで、ねえ。

 でも私達はまだ、手を繋いだことしかなくって、いやもう何回も手に触れて、お互いそれが嫌じゃないんだったら、そろそろ……そろそろ、ね。


 好きって言ってもいいんじゃないかな?


「真昼ちゃん?」


 微動だにしなくなった私の顔を心配そうに覗き込む夕陽くん。大丈夫だよと手を振りながら答え、密かに決意する。


 夏はまだまだ終わらない。

 この休みの間に、どこかで、絶対に、夕陽くんに告白するんだ!


 今日はちょっと片っぽイヤフォンで胸がいっぱいだからやめとくけどね。

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