朝凪 ツナきゅうりサンド

 朝日を浴びながら、凪いだ海を見つめる女性がいた。俺に背中を向けているが、それが彼女であろうことは分かっていた。


「朝ちゃん」


 呼び掛けると、ゆっくり彼女は振り返る。いつも笑っている彼女にしては珍しく、能面のような無表情だった。

 胸が、ざわつく。


「朝ちゃん」


 もう一度声を掛けると、彼女の口が開いた。何か、言葉を紡いだようだが、まるで耳に届かない。そこまで離れているわけではないのに。


「何て言ったんだ、朝ちゃん」

「■■■」


 三文字、だと思う。

 俺に何かを告げると、彼女はやっといつものように笑ってくれた。その顔を見ているだけで妙に安堵した。

 朝ちゃん。

 彼女の元へ歩み寄る。──そこで俺は目を覚ました。


「……」


 呆然と天井を眺めていると、アラームが鳴り出す。夕陽は夏休みでも叔父さんは仕事があり、俺がこの時間に起きて朝食と弁当の用意をしないと、叔父さんが飯に困る。

 二度寝はできない。


「……ちくしょう」


 潔くベッドから出て、手早く服を着替えると、顔を洗うべく部屋を出た。今朝はアレを作ろう。そんなことを考え、気持ちを切り替え、朝の支度を終えていき、キッチンに向かうと──珍しく人がいた。


「早起きだな、夕陽」

「ちょっとねー」


 いつもならこの時間、まだベッドの中だろうに。

 夢の中の彼女と同じく、俺に背を向ける夕陽。調理台の上にまな板を置いて、何かやっているようだ。


「……育ち盛りだもんな、俺が朝食作るの待てなかったのか」

「そういうわけじゃないよー。おれが食べたいから、ついでに二人の分も作ってるだけー」

「へえ」


 彼の隣に立って、覗き込む。まな板の上には耳の切られた食パンが数枚あり、スライスしたきゅうりとツナが満遍なく食パンの上に乗っかっていた。

 ツナきゅうりサンドか。俺が作ってやろうと思ったのに。

 端に避けられていた耳を一本手に取り、噛る。そのままでも普通に旨い。止まらずもう一本。そんな風に俺がつまみ食いしていても夕陽は気にならないようで、黙々と作業を続けていた。


「皿、持ってくるわ」

「ありがとう、にいちゃん」


 食器棚から皿を三人分持っていき、夕陽の傍に置くと、具を乗せた食パンの上に別の食パンを乗せ、四等分に切り、皿に盛りつけていく。それを俺はダイニングテーブルまで持っていた。


「お父さんのお弁当もさ、これにしようと思うんだ」

「それだけで足りるか?」

「うーん……もっと作る」

「了解、先に食べてるな」


 一言断ってから、いただきますと言ってサンドイッチを口に運ぶ。正方形の小さなサンドイッチは、一口で半分もなくなった。

 ドレッシングや調味料は混ぜてないのか、しゃきしゃきとしたきゅうりの食感とツナの柔らかさをダイレクトに楽しめる。

 旨い。


「旨いぞー」

「ありがとー」


 手の中のサンドイッチを口へ放り込み、次のサンドイッチに手を伸ばしていく。こないだのツナトマトも美味しかったし、たまには作ってもらうのも……いやいや、俺は居候、家事は俺がやらないと。

 そんなに量はなかったからあっという間に食べ終わり、そのタイミングで夕陽がこちらにやってくる。席に着いた彼は、嬉しそうにサンドイッチへ手を伸ばした。


「はほへ、ひひはん」

「食べてから言え」

「……んっ。あのね、にいちゃん。たまにはご飯作るのも楽しいね」

「そうか」

「もし良かったらさ、どのタイミングでもいいから、その、一緒にご飯作ったりしない?」

「……そんな楽しかったか」

「うん」


 ちらりとキッチンに目を向ける。パッと見、激しく汚された感じはなく、さっきまで調理台の上にあったまな板はない。流しにあるのか、もう片付けたのか。

 ……これなら、別にいいか。


「いいぞ」

「やった!」


 テンションが上がりすぎたあまり、脚をテーブルにぶつけたらしく、痛そうにする夕陽。落ち着いて食えよと言って、彼が食べ終わるのを待った。皿洗いくらいはさせてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る