摩天楼 ツナのおにぎり

『問、「摩天楼」という言葉を使って文章を作ってください』


 肩をとんとんされて、振り向けば、そんな一文が真っ先に目に入った。教科書、かな、そこに書かれた一文らしい。


「摩天楼って、何かな?」


 声をひそめて真昼ちゃんは訊ねてくる。ここは図書館、私語はあまり許されていない。ちょっと待っていてとおれも小さな声で返事をした後、手早くスマホで調べてみた。

 摩天楼、とは、天に届かんばかりの高い建物、とある。

 教科書を机に置いて、じっとおれを見つめる真昼ちゃんに検索結果を見せれば、可愛い顔をしかめて腕を組んだ。


「何て書けばいいんだろう」


 摩天楼、例文、と調べ直す。うーん、分かったような、分からないような。


「なんかね、摩天楼ひしめくってあるよ」

「摩天楼がひしめいてどうするの?」

「……分かんない」

「ごめんね夕陽くん、せっかく調べてくれたのに」


 ちょっと自分でも調べてみると言って、彼女は席を立った。図書館だから、辞書か何か持ってきて調べるのかな。

 ……にいちゃんだったら、余裕で答えられたりしたのかな。

 真昼ちゃんの質問に満足な解答ができなかった時、決まってにいちゃんの顔を思い浮かべる。にいちゃんは塾の先生をやってたくらい、それにおれの勉強を見てくれるくらい、頭がいい。

 きっとにいちゃんなら。そう思わずにはいられなかった。


「……夕陽くん」


 一冊の辞書を持って戻ってきた真昼ちゃんが、椅子に座りながら話し掛けてくる。


「そろそろね、お昼だから、外のベンチでお昼食べよう」

「……うん」


 おれがそう答えると、嬉しそうに真昼ちゃんは笑う。そんな顔を見ると少しだけ、気持ちが晴れた。落ち込んでる暇はない、おれも勉強頑張ろう。


◆◆◆


 一緒に勉強しようと誘うと、真昼ちゃんはおれの手を取って、跳ねながら喜んでくれた。え、そんなに? と戸惑うおれに気付いて、恥ずかしそうに謝る彼女は、その、とっても可愛かった。

 連絡先を交換して、行けそうな時に一緒に図書館で勉強することになった。

 お互いの家に行くのが一番楽だと思うんだけど、世間体とかあるからそれはやめた方がいいってにいちゃんに言われて、じゃあ図書館にしようかってなったんだ。

 坂道を登って登って、そうして辿り着くのはお菓子の家みたいにカラフルな外観の図書館。上から見るとバームクーヘンみたいな丸い形をしていて、真ん中の中庭にはクレープ屋さんやたこ焼き屋さん、珈琲ショップにお茶屋さんが営業していて、ちょっとした町の名物スポットになってたりする。

 お昼になり、真昼ちゃんと中庭に行く。疲れたね、と頭を揉みながら言う彼女はどこか気が抜けた感じがして、適当なベンチに座るまで、転ばないかちょっと心配だった。


「さっきはありがとう、夕陽くん。摩天楼の問題、どうにかなったよ」

「おれ、そんな役に立ったかな?」

「立ってたよ、立ってた! ありがとう夕陽くん!」


 素敵な笑顔でお礼を言われて、思わず顔が綻ぶ。優しい子だよな。

 早く食べて勉強に戻ろうと言って、バッグからお弁当を出していく。真昼ちゃんはオレンジ色の小さな弁当箱を出していたけれど、おれはラップにくるんだツナおにぎり三個。


「おにいさんが作ってくれたやつ?」

「そうそう。美味しいツナおにぎりだよ」

「本当にツナ大好きだね」

「うん! 一個食べる?」

「いいの? 私もなんかあげるね!」


 言いながら、彼女は弁当箱の蓋を開けておれに見せてくる。卵焼きにタコさんウインナー、きんぴらごぼうに鶏そぼろご飯が入っていた。

 どれでも好きなのを取っていいよと言われたから、ちょっと迷った末にタコさんウインナーに決める。一言断ってつまみ、口の中に運んだ。噛みごたえがある。美味しい。

 お礼におにぎりを一個渡すと、彼女はお弁当箱を置いてさっそく食べてくれた。


「……やっぱり美味しいね、おにいさんのおにぎり」

「にいちゃんのおにぎりは最高だよね!」

「うん」


 ウインナーを飲み込むと、おれもおにぎりを食べる。よく行くお店のも美味しいけれど、やっぱりにいちゃんが作ってくれた方が嬉しい。


「……あのさ、夕陽くん」


 にいちゃんのおにぎりに浸っていた所で、真昼ちゃんが話し掛けてくる。その声には何か探ってくるような感じがあった。


「夕陽くんのおにいさんってさ、どういう人なの?」

「どういう人? 優しくて、頼りになる人……」


 だったよ、とまでは言えなかった。

 いくら真昼ちゃんでも、話せないこともある。


「そういうことでもなくて……」

「ちょっと色々あってね、今は家のことをやってもらってるんだ。何から何までちゃんとやってくれるから、おれもお父さんもすごい助かってる」

「そうなんだ。……なんかね、ずっと夕陽くんの家は、夕陽くんとおじさんだけだったから、いつの間にかおにいさんがいて、ちょっとびっくりしたんだ。けっこう歳の離れた兄弟なんだね」

「あ、違うよ、違う違う。従兄弟だよ」

「そうなの?」


 うんと答えたら、よく似てるからてっきり、と言われて、ちょっと嬉しくなった。

 そっか、おれとにいちゃん、似てるんだ。


「仲の良い従兄弟っていいね。素敵」

「そうかな」

「そうだよ」


 お弁当を食べながら、話は続く。

 家族の話、勉強の話、学校の話。

 話は尽きないけれど、ここには勉強をしに来たんだ。


「……真昼ちゃん、そろそろ中に戻ろうか」

「ああ、そうだね」


 お互いに食べ終わった所で、そんな風に切り出す。荷物をまとめて立ち上がると、一緒に連れ立って中へ。


「そうだ、夕陽くん。図書館の近くにたい焼き屋さんがあってね、美味しいって評判なの。帰る時に食べない?」

「いいね、食べよう食べよう」


 馬へのにんじんよろしく、そんな約束を楽しみに、おれ達は勉強に戻った。

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