窓越しの ツナ炒飯

 間もなく、夕陽が帰ってくる。

 冷房を入れる為に一階の窓を順に回り、最後の窓を閉めた時、その光景をたまたま目にした。

 まさに家に入ろうとする明村真昼と、そんな彼女の元へ駆けていき、にこやかに話し掛ける夕陽。パッと花が咲いたように笑う彼女の様子は、何というか、分かりやすい。

 夕陽は気付いているんだろうか。

 窓越しの青春を眺めていると、胸焼けがするというか……思い出したらまずいことを思い出しそうで、俺はそっと窓から離れ、冷房をつけて二階の窓を閉めにいく。


 ──学校帰りに並んで歩いた放課後。

 ──クレープを何度か買い食いした。

 ──誰もいない公園のブランコに揃って乗り、時間ギリギリまで話し込んだな。


「……」


 彼女は、明村真昼のものとは違って、白いセーラー服に赤いスカーフを巻いていた。長い黒髪を二つ縛りにしていたのもその頃からだった。

 ……遅かったみたいだ。

 やめよう。──さて、今晩は何にするか。

 決める前からツナ缶の蓋を開ける。香るツナのにおいに腹が鳴る。もうこのままでもいいんじゃないかと一瞬考えてしまうが、叔父と従弟にそんなものは出せない。

 ツナ炒飯でいいか。

 ボールにツナ、刻んだネギとピーマン、卵三個、三人分の米をぶちこみ混ぜていく。十分混ざったと思ったら大きめのフライパンの中へ。

 炒めている最中に玄関のドアが開き、間もなく夕陽がやってくる。


「ただいま! にいちゃんあのね!」

「おかえり、何だ?」

「──真昼ちゃんの勉強も見てあげてほしいの!」

「……」


 火を止めて、夕陽に向き合う。

 彼の丸い目は期待に輝き、俺が断わるかもしれないなど、微塵も考えていないようだった。


「どうして、そんな話になったんだ?」

「さっき道で真昼ちゃんと会って、今日も公園にいたの? って訊いたら、今日は図書館に行って勉強してたんだって! しばらくは公園行きたくないからそこで勉強頑張るみたい。高校受験に向けて今から頑張るんだってさ。まだ一年生なのにすごいよね!」

「よっぽど行きたい高校があるんだな。それで?」

「にいちゃん、元は塾の先生だし、確か中学生にも教えてあげてたんだよね?」

「そうだな」

「だったら、真昼ちゃんの勉強も見てあげてくれない?」

「……」


 頭を掻きむしり、料理中だったことを思い出す。手を洗っていると、焦れたように夕陽が俺を呼ぶ。

 にいちゃんどうなの、と。いや、どうなのって……。


「あのな、夕陽。彼女や彼女の母親に、了承は取っているのか?」

「……え? まだだけど」

「せめて一言訊いてからにしろ。余計なお節介だぞ、それ」

「……そう、かな」

「だと思う。……結局、向かいに住んでるだけの他人なんだよ、俺と彼女。学生で昔からの付き合いがあるお前が、彼女の勉強見る分には何の問題もないけれど、俺が見るってなったら、やっぱり、親御さんは色々考えると思うぞ」

「色々って?」


 その曇りなき眼やめろ。

 俺としては復職の目処もなく、別に一人が二人に増えても構わないが……。


「金のこととか、それに、俺は無職の男でお嬢さんは女学生。そんな二人が何分何十分も顔を付き合わせるのは、世間体とかあってだな」

「……そうなんだ。そこまで考えてなかった」

「……ただな」


 何か、してやりたいんだろうな。

 昨日の夕陽の表情を思い出しながら、口を開く。


「夕陽がお嬢さんの勉強を見て、分からない所を俺に訊く、とかならいいんじゃないか?」

「え?」

「それならいつもと変わらないし」

「……大丈夫かな、おれ」

「俺の出した問題、だいたい解けてるから大丈夫だろう」


 それに、その方が明村真昼も喜びそうだし。


「そうかな? ……うーん……取り敢えず彼女に訊いてみて、おれでもいいって言ってくれたらそうするよ。ごめんね、にいちゃん! 着替えてくる!」


 夕陽の姿はあっという間に消えた。本当に落ち着きのない奴だ。


「……」


 止めていた火をつけ、再度炒める。

 塩コショウを掛け、混ぜながら、頭の中にいつぞやの記憶が流れた。


『私は、夜くんほど頭良くないんだよ』

『でも、夜くんが教えてくれたら、分かんないことも分かった気になって、問題解けたりする』

『──先生、やりなよ』

『きっと天職だよ、夜くん』


「……っ」

「にいちゃん、今日のプリントこれー?」


 ダイニングからそんな声が聞こえてくる。そちらは見ずに、ああそうだよと返して、皿の用意をした。

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