さやかな ツナご飯
小学生の時、こんなことがあった。
下級生は上級生と手を繋がないといけなくて、班長のお母さんがその組み合わせを適当に決め、一年生の私は、六年生の男子と手を繋ぐことになったんだけど、
『何でこんなブスと手なんか繋がなきゃいけねえんだよ! オレあっちがいい!』
そいつはそんなことを言って、二年生のとびきり可愛い女の子達の所に行った。さやちゃんとかなちゃんという双子の女の子で、二人合わせてさやかなと呼ばれているのを聞いたことがある。
話したこともない年上の男子にブス呼ばわりされる筋合いはないけれど、言い返せるような度胸なんて私にはなくて、悔しくて俯き、泣きそうになっていると──誰かがそっと私の手を握ってくれた。
『真昼ちゃんは可愛いよ! 酷いこと言うな!』
『あ……?』
『女の子の顔を貶すのは最悪のことなんだよ! おにいさんなのにそんなことも知らないの!』
『んだと!』
私の為に怒ってくれたその人の声は、他の何よりもくっきりと聴こえた。 顔を上げてその人を見ようとしたけれど、ちょうどその人は私を貶した男子に殴られていて、その際に繋いだ手は離れてしまった。
そこにいた大人が慌てて介入してその場はどうにかなり、翌日からは、私は私を庇ってくれた人と──夕陽くんと手を繋いで学校に行くことになった。
夕陽くんはよく私に話し掛けてくれた。
『今日の給食なんだろうね。デザートはプリンだといいな』
『忘れ物はしてない?』
『その髪型可愛いね。お人形さんみたい』
たまたま、暑いからとばっさり肩の辺りまで髪を切ったらそう褒められたから、それ以来私はこの髪型を維持している。
夕陽くん。
優しい優しい夕陽くん。
夕陽くんと手を繋ぐ朝は何よりも大事で、学年が上がるたび、手を繋ぐ人を変えようみたいな話題になると全力で抵抗して、大切な朝を守ってきた。
夕陽くん以外の人と手を繋ぐなんてありえない。
夕陽くんといつも一緒がいい。
だけど、時間は残酷にも過ぎていき、夕陽くんは小学校を卒業しちゃった。
中学生は小学生と一緒に登校してくれない。私も早く中学生になりたかったけれど、私達は三歳差、同じ学校には通えない。
夕陽くんとの接点が減っていく。
夕陽くん。
夕陽くん夕陽くん。
夕陽くん夕陽くん夕陽くん。
夕陽くんとすれ違える瞬間をたまの楽しみにして日々を過ごし、気付けば私は中学生となって、夕陽くんは高校生になった。
すれ違える瞬間はぐっと減る。
いっそ、突撃お宅訪問ができたなら。
もっと仲が良ければ、そんなこともできたのかな。人との距離ってどうやって詰めればいいんだろう。
そんなことを考えながらブランコをこいだ日々は、どうやら無駄じゃなかったらしい。
久しぶりに触れた夕陽くんの手は、少し固くて大きくて、でもあの頃と変わらず温かかった。
◆◆◆
朝ごはんのご飯がただのご飯じゃなかった。これ、ツナが混ざってる。
「ママ、これどうしたの?」
「まーちゃんが昨日、ツナのおにぎり一人で食べてたから、ママも食べたくなったの」
「……おにぎりになってないよ? いつものお茶碗によそってるけど」
「握るの面倒なんだもの。大丈夫、味は変わんないわよ」
「そう?」
まあ、何でもいいやって、一口目を口に運んだ瞬間、
「あ、まーちゃんは味変わっちゃうか。特製のスパイスが入ってないもんね」
なんてママが笑みを浮かべながら言う。
スパイス? 何のことだろう。
咀嚼するたびツナご飯の味が口内に広がる。優しい味わい。昨日一昨日と食べたおにぎりは、ちょっぴり塩気があったような。それのこと言っているのかな。
違った。
「──大好きな夕陽くんからもらったおにぎりだもん。とびきり美味しかっただろうね」
「ぐふっ!」
お米が変な所入った!
急いでお茶飲んだり胸叩いたりしてたらどうにかなったけど……突然何!
睨み付けると、ママはニヤニヤと嫌な笑顔をしている。
「まーちゃんは昔から、夕陽くん一筋だもんねー」
「ママ!」
ひっ……否定は、その……しないけど!
ママったらデリカシーないんじゃない?
お行儀悪いけど、ツナご飯を掻き込んで、空になった食器を流しに持っていく。
ママなんて知らない! もう!
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