定規 ツナのおにぎり
暑いな。
ママからもらった扇子でいくらあおいでも汗が止まらない。本当は携帯扇風機が欲しいけど、せっかくママがくれたから、この扇子を使わないといけない。
変な扇子。
定規がくっついてるの。
部位の名前が分からなくてネットで調べたんだけど、扇子の親骨って所が定規になっていて、実際に物を測ることもできるみたい。測りたいものがないからやったことはないけれど。
扇子も定規も同じく竹を使ってるから、一緒くたにしたらしい。だからなのかな、黒字に桃色の竹が生え散らかした柄なんだよね、この扇子。どんなセンスしてんの、ママ。
「キャッハハ!」
「ぼくのほうがたかいもん!」
今日のブランコは空いてない。土曜日の午後二時、二組の親子がブランコで遊んでいた。家から一番近いからこの公園に来ているけれど、今日は違う公園に行こうか、それともちゃんと図書館に行こうかな。
ママの仕事は今日はお休み、家で一日ゆっくりしたいって言ってたから、こんな暑い日でも私は外に出てる。
……春に、おばあちゃんが事故に遭って、ずっと入院してる。脚と腰の骨が折れちゃったみたいで、年齢のせいか治りが悪いそう。リハビリも辛いみたいで、会いに行くといつも泣きながら愚痴られる。ママはそんなおばあちゃんを情けないって叱り飛ばすけど、私にはそんなことできないから、背中を撫でてあげている。
さっきもおばあちゃんの所に行ってきた。洗濯物を取りに。それから洗濯したものを渡しに。病院のご飯はあまり美味しくないけれど、同じ病室の人が良い人で仲良くさせてもらってる、なんて話をしてくれた。私と同い年のお孫さんがいて、その話で盛り上がってるらしい。あんまり恥ずかしい話はしないでほしいな。
何もなければ真っ直ぐ帰るけれど、ママにはゆっくり休んでほしいから、病院の後は図書館で勉強してくるって伝えておいた。そのつもりで家を出た。でもこの暑さだもん、やる気なんて溶けて消えちゃった。
いつも通りブランコでもこぐかと思ったけど、いざ来てみれば子供達が遊んでいたから、ベンチでしばらく空くのを待っていたと。
生温い風しか送ってくれない変な扇子、絶え間なく流れる汗、そろそろここにいるのもキツい。飲み物も一応あるけれど、どんどん温くなっていく。体力がある内に……図書館行こうかな。きっと涼しい、だろうけど、坂道の上の上にあるから行くの大変なんだよね。
……うーん、それでもやっぱり、行こう。
「──ねえ、そこの君」
立ち上がった所で、声を掛けられた。
視線を向ければ、知らない小太りのおじさんがそこにいた。近所の人かな。近所付き合いはおばあちゃんやママに任せて、挨拶しかしていないから、知らない人もいるよね。
「何ですか?」
「よく、この公園にいるよね? どうかしたの?」
「……その……いたらダメですか?」
理由なんて言いたくない。
知られるのは恥ずかしい。
「ダメじゃないけど、危ないだろう? 日が暮れてもブランコで遊んでるじゃないか」
「……」
おじさんがゆっくり、私に近付いてくる。
「家に帰りたくないのかい? それなら……おじさんの家に来ないかい?」
「……っ!」
「大丈夫、何もしない、何もしないよ。……酷いことは、何にも」
「──真昼ちゃん!」
誰かが私の名前を呼ぶ。
ざざざと砂利を踏む音が聴こえる。
そして誰かが、私の手を掴んだ。
「彼女に何してるんですか! やめてください!」
「いや、何だ君は」
「行こう、真昼ちゃん!」
私の返事も聞かずに、誰かは──夕陽くんは走り出す。手を掴まれているから、私も。
「何あれ、あの人誰?」
「……知らない」
「なんか気持ち悪いね、変なことされなかった?」
「何も! 何も、されてないよ」
「良かった。とにかく帰ろう。家の中にいれば大丈夫だから」
「……ありがとう」
夕陽くんと手を繋いでいる。
夕陽くんと走ってる。
……夕陽くんと喋ってる。
やった。
ずっとこの時間が続けばいいのにって思うけれど、そう思うときほどすぐに時間は過ぎてしまう。
私の家に着いちゃった。
「お母さん、家にいる?」
「いると思う」
「今日は念の為にもう外に出ない方がいいかもしれない。明日以降も気を付けてね」
「うん」
「……その、普段も気を付けるんだよ。真昼ちゃん可愛いし、そうでなくてもやっぱり、女の子が一人で、その、遅くまで外にいるのは危ないから」
「……うん」
言えないよ。
私があの公園によくいるのは、夕陽くんが通り掛からないか待ってるからなんだよ、なんて。
「そうだ、これあげる」
夕陽くんは買い物帰りだったのかレジ袋を持っていて、中から何か手に取って私の前に出す。
「昨日と一緒でごめんね、お腹が空いたら食べて」
「……」
おにぎり。
昨日と一緒なら、ツナのおにぎりかな。
こないだはツナの春巻き、ツナサンド、そしてツナのおにぎり。
受け取りながら思わず笑っちゃった。
「夕陽くんとおにいさん、あんぱんヘッド先輩じゃなくて、ツナヘッド先輩だね」
「かっこいいの? その人」
「かっこいいよ」
おにぎりありがとうと言って、家の中に入る。夕陽くんは昨日みたいに、扉が閉まるまで見守っていてくれた。
……そういう所、優しくて、かっこよくて、私は……。
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