散った ツナサンド

 観てみたい映画があった。

 一作目、二作目と楽しんできた映画の三作目。まさか作られるとは思わなかった、二作目の終わり方は綺麗だったから。どんな風に続くのか楽しみにしていたが……ダメだった。

 朝、夕陽や叔父さんを見送った後に準備をしている最中に、呼吸が上手くできなくなって、落ち着かせるのに時間が掛かった。

 ソファーに行くのも無理で、床に直接寝転がりながら、今日はもう行けそうにないと諦める。

 映画館もダメなのかと、ほんの少し落ち込んだ。そういえば一作目も二作目も、彼女に誘われて行ったんだ。彼女は映画が好きな女性だったから。一緒に色んな映画を観たもんだ。

 ハンカチを口にあて、天井を眺めること一時間。だいぶ落ち着いてきたから立ち上がり、キッチンに向かい水を飲む。


「……」


 間もなく、午後一時。

 皿洗いは済んだ、洗濯も終わっている、掃除も軽くやった。やることといえば夕陽用のプリント作りがあるが、まだ時間に余裕があるし後にしたい。

 ……取り敢えず、折り紙でもするか。

 そう思い、折り紙を仕舞っている引き出しを開けてみたら、見るからに中身が薄い。数を確認したら残り二枚。これではすぐに終わってしまう。

 仕方ないと、スーパーに向かうことにした。

 ほとんど毎日通っている近所のスーパー。今度は特に何の問題もなく準備も終わり、道中も何もなかった。

 そのスーパーは百円ショップも併設している所で、折り紙を買うついでに夕食の材料を買うつもりだったが、スーパー内のパン屋に旨そうなツナサンドがあったものだから、つい、それも買ってしまう。

 よっぽど美味しいのか、たまたまなのか、ツナサンドは残り最後の一個。叔父さんはもちろんとして、夕陽が帰ってくるまでにまだ時間がある。

 一人でこっそり食べよう。

 気持ち足早に家へと向かう。その途中、近道になるからと公園を通り掛かった時、


「あっ」

「……ああ」


 明村真昼と遭遇した。

 ちょうど子供達もその保護者も、散歩中のご老人もいないその場所で、明村真昼は一人ブランコで戯れていた。


「こ、こんにちわ」

「……こんにちわ」


 彼女からの挨拶に返事をしながら、ちらりと公園にある時計に視線を向ける。早いものでいつの間にか二時を過ぎていたらしい。

 下校時刻には、ちょっと早いんじゃないか?


「学校はどうしたんだ?」


 訊ねてみると、彼女は困ったように笑いながら、早退しましたと答える。


「ちょっと頭痛いな、気持ち悪いなと思って、早退させてもらったんですけど、学校出たら痛いのも気持ち悪いのも消えちゃって、どうしようかなって」

「どうしよう?」

「……あんまり早く帰るのもなって。お母さん、今日休みなんですよ。今帰ったら何か言われるかもしれないから、ここで時間を潰してるんです」

「……鍵は、持ってるんだな」

「持っているから帰れません」


 そういうこともあるのか。……なら、何と言ったら良いものか。

 それでも帰れと言うほどには親しくないし、日もまだ暮れていない。公園内に人はいないが、障害物もなく見晴らしがいいから、通行人に園内の様子はよく見える。

 俺が黙っていると、明村真昼はブランコをこぎだした。浮かべていた笑みは消え、あまり楽しそうには見えない。


「──気にしないでください、私は大丈夫です」

「……」

「お忙しい所を引き留めて、ごめんなさい」

「いや、話し掛けたのは俺だから」

「そうですかね」

「そうだ。……えっと、お嬢さん」


 俺が明村真昼をそう呼ぶと、彼女は途端におかしそうに笑ってブランコを止める。


「お嬢さんって。……あ」


 再び浮かべられた笑みは、一瞬で消えた。

 どうしたのかと思えば、彼女は足元をじっと見ている。視線の先を辿れば、そこには──小さな花があった。

 白い花びらは散り散りになり、潰れて無惨な姿になっている。うっかり踏んでしまったんだろうか。


「……こんな所で咲いてたから、散ることになるんだよ」


 ──ふいに、明村真昼の額から、一筋の汗が流れる。その様はどこか、泣いているようにも見えた。

 明村真昼はブランコから降りてしゃがみこみ、散った花を丁寧に集めて両手で掬い取ると、花壇の傍まで寄った。そこに、手の中の花をそっと置く。


「そこならもう、踏まれないな」

「だと、いいのですが」


 ぱんぱんと両手をはたき、明村真昼は俺がまだいるブランコまで戻ってきて、再びそこに座った。彼女がこぎだす前に、あのさ、と声を掛け、持っていた袋の中からツナサンドを取り出す。


「これ、良かったら」

「え?」

「この気温だし、本当はアイスの方がいいかもしれないけれど、持ってないから。これ、良かったら食べて」

「……悪いです、こないだも春巻きもらったのに」


 両手を振りながら拒む彼女に、余計なお節介だったかと若干発言を後悔してきたが、最後にこれだけ。


「あんまり、子供がお腹空かしてるの見るの、好きじゃないんだ」

「……」


 講師時代、頻繁に腹を鳴らしている生徒がいて、どうも気になったから一度パンをあげたら上司に注意された。講師が一人の生徒に何か与えるのは良くないと。そう言われてはもう何もできず、その生徒が受験を終えて塾を辞めるまで、俺はその生徒が気になって仕方なかった。

 ……その生徒と明村真昼がダブって見えてんのか、もしかして。全然似てないし、そもそも、性別も違うのにな。

 明村真昼はじっと俺を見つめた後──おかしそうに声を上げて笑った。


「なんだか、あんぱんヘッド先輩みたいですね」


 そんなキャラクターいたな。子供向け番組の主人公で、やたらめったら他人にあんぱん分け与える、頭部があんぱんのおにいさん。


「あんなかっこよくないよ」

「……かっこいい、ですかね」


 くふふと笑いが止まらぬ彼女に、ツナサンドを近付ける。明村真昼は頭を軽く下げながら、受け取ってくれた。


「美味しくいただきます」

「そうしてくれると嬉しい」


 熱中症にならないよう気を付けて、と言って、俺は明村真昼と別れた。

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