ぱちぱち ツナ入りオムレツ
溶いた卵をフライパンの上に注ぎ、固まる寸前までかき回す。頃合いを見て手を止めて、油をきったツナ缶の中身を卵の上にぶちまけた。そして破けないよう気を付けながら、くるんくるんと巻いていき、ツナ入りオムレツの完成。
三人分作り終えると、それらをお盆に載せてダイニングに運ぶ。既に叔父さんも夕陽も席に座っていた。
食卓には既に、二人が手分けして用意してくれたご飯と味噌汁(フリーズドライのやつ)がある。オムレツを順に配り、箸を手に取れば、声を揃えていただきます。
「今日も美味しいー。卵ふわふわ、ツナやばい。にいちゃんありがとう」
「ああ。……なあ、夕陽」
「何ー?」
「明村さん、だっけか。そこのお嬢さん、昨日はどうだった?」
俺がそう訊ねると、夕陽は箸を止めて、普段から丸い目を、何故か、少し細めた。
「……真昼ちゃんのこと? 春巻き美味しいって言ってたよ」
「そうか。……保護者の方には会えたか?」
「うん、お母さんが帰ってくるまで話し込んじゃってさ、おれ達が玄関にいてすごいびっくりしててね、付き合わせてごめんなさいって言われたよ」
「……そうか」
ちゃんと帰ってきたなら、いいか。
そんな話を傍でしたもんだから、叔父さんも気になったらしく、お向かいのお嬢さんと何かあったのかと訊ねてきた。
夕陽がざっと説明すると、ほう……なんて言いながら、叔父さんは俺と夕陽を交互に見る。どことなく嬉しそうだ。
「二人とも、お向かいのお嬢さんの為に色々と動いたんだな、そうかそうか」
そう口にすると箸を置き、ぱちぱちと両手を叩き出す。
「明村さんの所、今大変らしいからな。何か困ってそうなことがあったら、力になってあげなさい」
「……迷惑になりませんか、叔父さん」
これまで全く交流がなかったのに。
「ならないよう気を付けながら、ね」
「……」
人と人の距離感。
あの時こうしていれば、なんて後悔しても、その時は大抵、色々考えて何もできないのが常だ。
距離感、限度、そういうことを考えるのは、気を遣う。
──ふいに、チャイムの音が室内に響く。
「……俺が出る」
返事も聞かずに席を立ち、玄関に向かうと、さてそこには、
「おはようございます」
明村真昼がいた。
リュックを背負った彼女の手には、英語のロゴが入った紙袋があり、それを俺に差し出してきた。
「お借りしたバスタオルです。助かりました、ありがとうございます」
「あ、いや」
「春巻きも美味しかったです」
「そうか」
紙袋を受け取ると、ふんわりと花みたいな香りが鼻に届く。うちとは使ってる洗剤も違うんだな。
「その、鍵は持ったのか?」
昨日は鍵を忘れたから中に入れなかったと聞いた。今日は大丈夫なんだろうか。
「大丈夫です。ちゃんと確認しました」
「それならいい」
「……あの」
俺の後ろを覗くような仕草をしながら、彼女は訊ねてくる。
「夕陽くん、まだいますか?」
「ああ、いるぞ。朝ご飯を食べている」
「……そうですか」
「何か用があるなら呼んでくるが」
変なことを訊いたつもりはないが、彼女は一瞬固まり、ぱちぱちと何度か瞬きをした後、
「だっ、大丈夫です!」
何故か顔を真っ赤にして、それでは失礼しますと言って走り去ってしまった。
何だったのか。
首を傾げながら、俺は家の中に戻った。
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